第4話

 この町は呪われている。

 消えた住民達、そして先日の大規模火災。

 地区全体が炎に包まれ、燃えた家と巻き込まれた人々は跡形もなく消えたという。


 寺内小百合は先月まで住んでいた町のニュースを見ると、町に置いて行った夫、京一のことを考えていた。


 彼のことは愛していた、でもそれだけでは幸せにはなれない。優しくて、静かな彼が好きだったがその性格は生きていく上では不要なものだった。誰も責めることなく、感情を殺し、いつも苦しそうだった。


「俺がやらなきゃ」


 彼はいつもそう言っていた。

 あなたのそれは優しさなの?

 どうして、そんなに苦しむの?


 分からなかった。なんで彼は不幸になりたがるんだろう、どうしていつも溜息を吐いているのだろう。


 なんで私は幸せじゃないんだろう。


 京一から逃げるのに迷いは無かった。だが今になると彼のことが心配で堪らない。

 行方不明者に京一の名前が無いのは借金返済から逃げているためだとも考えたがきっと彼もどこかへ行ってしまったんだ。

 最後に何か言っておけば良かった。でも何を言っても彼には届かないだろう。


 私はどうすればいいんだろう。


 そんなことを考えていると、臨時ニュースが流れ、小百合は言葉を失った。


 また、あの町で火災が発生した。中継の映像には信じられない速さで燃え広がる炎、逃げ惑う人々、地獄のような光景が写っていた。


 私は彼をここに置いてきてしまった。

「ごめんなさい、京一。」

 ふいに小百合の口から飛び出た言葉。


 神様、私を許してください。


 *


 町から逃げ果せた住民が振り返るとそこはまさに地獄だった。炎は生き物のように全てを飲み込み、人々の叫び声だけが嫌にはっきりと聞こえてくる。


「誰か助けて!」


 皆口々にそう叫び、神の救済を求める住民達は炎に包まれ消えていった。


 人智を超えたものの存在を皆、信じていた。


 悪魔の仕業だの、神の裁きだのとのたまう人々は炎に包まれる町を静かに見下ろす森に向かい祈りを捧げていた。


 *


「あぁ、感じるぞ!神の光が今ここに蘇るのだ!」


 角聖は長年の願いが叶うことを森の皆に伝えた。

 鹿だけでなく、猪、猿、鳥、そして木々、森の全ての生命が神の帰還に魂を震わせた。


「京一、よくやったぞ。この土地は今や人間のものではない。そして奴らは神に祈りを捧げている、神が我らの元に還ってくるのだ。」


 そうか、この森に信仰が戻ったのか。


「角聖、俺は一体……」

「胸の炎は燃え尽きたようだな。京一、お前はもう全て燃やしたのだよ。」


 全て消した。ならばもうここにいる必要はない。俺も消えるだけだな。


「角聖、俺も炎に飛び込めば消えるのか?」

「あれはお前の憎しみだ、己の憎しみで身を滅ぼすとはいかにも人間らしいな。」

「じゃあな角聖、俺は森の神とやらが蘇るのを眺めて消えるよ。」


 京一は町へ向かい歩みを進めた。





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