第3話

 佐野圭一を乗せた車が炎に飲み込まれ消えてゆくのを京一は無言で眺めていた。


「人間以外も消せるようになったか……」


 寺内京一の胸に憎しみの炎が灯ってから1ヶ月、その炎で何人もの人間を飲み込み、そして消した。最初は身体の一部しか出来なかったものが1人、3人、そして、車ごと……

 角聖は京一の憎しみの炎が強くなっているのを確信した。


 我らの願いが達成される日も近いぞ


「角聖、さすがに行方不明者が日に日に増えているのは皆気付いているだろう。俺も消費者金融に追われてる身だ、動きにくくなるぞ」

 京一の憎しみの炎は強くなっているが、思考は冷静だった。


 人を消す力は手に入れた。しかし、このまま町の人間全てを消すことは可能か?


「どうするつもりだ?」

「案ずるな、計画は極めて順調だ。」


 計画、それはこの町の人間を消し、森を取り戻す計画だ。

 森といっても今や木はなぎ倒され、道が舗装されている。世間一般的には自然を残した田舎町だが、角聖ら神の遣いだった者達にとっては怒りの根源なのだ。


 まあ、そんなことはどうでもいい、今日は偽善者も消せた。それだけで俺は十分だ。


 静寂に紛れ2人は夜の闇へと消えていった。


 *


 佐野明美は消えた夫、圭一の帰りを待っていた。圭一が自宅の車ごと消えて3日、他の行方不明者同様何も手がかりは掴めていない。


 警察は一体何をやっているの?


 明美はあの朝を悔やんだ。

 あの時、引き止めておけば……

 圭一どこへ行ったの?生きてるの?


 自分で動こうにも、この町の住民は1人での外出を控えるよう警察から言われている。日常生活を送るのでさえ気を使わなければならないのに行方不明者の捜索など誰も協力しようとはしなかった。


 呪われた町

 神隠しの町


 連日テレビではそう報道され、すでに近所の家も何軒かこの町を出た。しかし、いつ圭一が帰ってくるかも分からないのにそんなことは明美には出来なかった。


 必ず圭一は帰ってくる。そう信じて今日も明美は圭一の帰りを待つ。


 そうだ、今晩はあの人の好物のコロッケにしよう。きっとお腹を空かせて帰ってくるわ。


 明美は近所のスーパーに材料を買いに行くことにした。


 きっと、また一緒に買い物に行けるはず、あの日常は戻ってくる。そんなことを考えながら玄関のドアを開けると、鹿が立っていた。


「あら、鹿さん珍しいわね。こんなとこに降りてきちゃったの?でも、早く森に帰んないとね。」


 ふと気付くと鹿の背後に人影が見えた。


 その男は黒く冷たい瞳で明美を見つめていた。ほおは痩せこけ、服装はボロボロだ。


 誰?何この人、不気味。


「あのー、何か?」

「圭一はいいやつだったよでも、俺にその優しさはもう届かなかった。遅すぎたんだよ、もうあいつは帰ってこない。」

「何言ってるのあなた!?いい加減なこと言わないで!」


 そう言った直後、明美は青ざめる。


 この男、圭一を知っている。まさか、この男が犯人?


「あなた、圭一の行方を知ってるの?」

「分からない、あの先に何があるのかは俺も知らないんだ。角聖は全然話そうとしないんだよ。」

「誰よそれ?あなたさっきから言ってることめちゃくちゃよ!」


 可哀想な女だ、子供もいないし、このまま生かしておけば孤独な人生を送るだろう。


「もういい、どっか消えて!」

「消えるのはあなたですよ。」


 一瞬の戸惑いの後、明美は背後から現れた炎に飲み込まれてゆく、圭一と同じ苦しみの中、その悲痛な叫びは誰にも届かない。

 炎は轟音と共に家を包み、燃え上がる。

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