第9話


 道の向こうに渡るだけでも、一苦労だった。

 街は文字通り、お祭り騒ぎだった。警備員や交通整理の人がいないこと以外は、まるで普通の祭りと変わらないように思えた。暴れ回って車を投げ飛ばす黒いモンスターたちも、不気味ではあるが、俺にしてみれば普通の人間とどこも変わらないとも言えた。考えてみれば俺は昔から「はしゃぎたがる気持ち」みたいなものが理解できなかった。

 俺にとって他人はずっと、他人の痛みなど無視で、でも自分の痛みはやたらとわかってもらいたがり、そしてある日いきなりはしゃいで、暴れ出す。そんなものだった。

 そうだ、冷静に考えれば、初めから化け物とどこも変わりない。


 目的のビルは、まだかろうじて原型を留めていた。普通のマンションだ。オートロックの自動ドアのエントランスを瓦礫で割り、中に入った。エレベーターは電源が落ちていた。が、パネルに触れてもいないのに、なぜか明かりが灯り、カゴが上から降りてきた。

「え……?」

 一階です、というアナウンスの代わりに、またあの双子の声がする。


「知識を共有しましょうと言って先生は死んだ」

「感情を共有しましょうと言って友達は死んだ」

「誰かが拡散ボタンを押すたびに心は死んだ」

「私たちだけのものなどどこにもなかった」


 ポーンと音がして、扉が開く。

「……」

 俺は少し迷った後、少女をおぶったまま、エレベーターに乗った。

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