第8話
どうやら、白い袴の子供達は、俺とその少女を視認することができないらしかった。ひょっとすると、祭司のくれた神事服のおかげなのかもしれない。しかしだからといって、血と悲鳴と笑い声で満たされていく地下鉄車両を後にする時には、出来るだけ静かに、目立たないように気をつけた。ビリビリッ! と裂け剥がれる生の皮膚の音や、呼吸器を塞がれて窒息した乗客の「なぜお前らだけ」という恨めしく突き刺さる視線が、たまらなく痛かった。
けれど駅を出る間際、電車の中で胸糞悪いヒソヒソ話をしていた男たちが階段の脇で、元気よく階段を駆け上ってきた白い子供達に捕まり、きゃっきゃっと笑う子供達にもみくちゃにされながら「なんでだよぉ」と女々しく泣き喚いていたのには、ほんの少しだけだが、胸が空いた。
「ハァ……ハァ……」
地上を走り続けていた俺は頑丈そうな建物を見つけると、陰に隠れて少女を肩から下ろし、スマホを取り出して位置情報を確認した。「かみさま」は、すぐ向こうのビルの中にいる。少女が俺の服の裾をまた引いた。
「何を見ているの?」
「ああ……あのね。俺はこれから、少し……寄り道をしていかなきゃいけないんだ。君も申し訳ないけど、ついてきてくれる?」
少女はコクリと頷いた。泣きそうなのを必死に堪えているのが表情からわかる。あのおばあさんもきっとあの地下鉄で死んでしまったに違いないのに、感情のままに泣き喚いたり、他人に怒りをぶつけたりしないところが、どこか昔の自分に似ていて心が痛んだ。手にはまだあのペーパークラフトの花束を握りしめている。よほど大切なものなのだろう。
「よし、そろそろ行こう」
少女をおんぶして再び走り出そうとした時、辺りにまたあの声が響き渡った。
「私はプロパ!」
「私はガンダ! ……嘘だけど」
「「『宣伝の巫女』の時間だよ♪」」
見上げると、ビル壁面の大型デジタルサイネージに、あの赤と青の双子が映っていた。前回の映像と違うのは、彼女らのいる場所が、崩壊したテレビ局であるということだった。平然とタピオカドリンクを飲みながらにこやかに話す彼女たちの後ろでは、例によって白い袴の子供達が、倒れてピクリとも動かない人間にひっついて遊んでいる。
「今回はテレビ局からお送りしています」
「マスコミ連中は『稚児』が美味しくいただきました」
「お祭りはまだまだ続きます」
「飲めや歌えや」
ウフフ、と双子は声を合わせて笑う。
「逃げ惑うあなたたちの姿はとても素敵だよ!」
「虫みたいで超キュート」
「私たちはあなたたちが呪殺されるのを見ている。もっと早く逃げるべきだったのにね」
「私たちが世界を呪う前に逃げていればよかった」
「誰かを世界を呪うほど追い詰められた気持ちにさせる前に」
「あなたたちの思考は全部お見通し」
「馬鹿の一つ覚え」
「どこへ逃げようが同じ」
「皆死ぬ」
「皆死ぬ」
「「皆 死 ぬ」」
ブツン。
ディスプレイはまた真っ黒になった。
「……行こう」
俺は今度こそ、もう一度走り出した。目的地は、もうすぐそこだ。
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