第5話



 外に出た俺は、地下鉄に向かって走った。


 なぜ「地下鉄」なのか……その理由は二つある。一つは、外は既に、人の歩ける状態ではなくなっていたからだ。大破した車が通りという通りを塞ぎ、通り沿いの建物は破壊されていた。道には人が無数に倒れていて、アスファルトは血に染まっている。そんな中、場違いに威勢のいい声が響いていた。地下鉄に逃げ込む前に、俺は何体もの人間に似た形をした影……腕であるはずの部位が足だったり、その逆だったり、四肢の本数が四以外だったりする影の群れが、通りかかる車両という車両(俺が最初に見たのは救急車だった)を担ぎ上げ、勢い良く振り回しているのを横目で見た。彼らは「Share! Share!」と力強く叫んでいて、振り回した車両を遠心力に任せて投げ飛ばしては、また新たな車両を求めてどこかへ走って行った。彼らは俺には見向きもしなかった。担ぎ上げられる物以外にはてんで興味がないようだった。

 理由のもう一つは、SNSからの情報だった。世界中の街を襲っている影たちは、車やバス等は襲うが、、という情報が流れてきたのだ。情報提供者曰く、彼らは闇を極端に嫌う性質なので、狭くて暗い場所には入ってこないらしい。中には「夜になれば奴らは活動を辞めるだろう」という意見もあった。とにかく、なんとか駅に辿り着けた俺は、地下鉄に乗り込んだ。


 車内は予想に反して、あまり人がいなかった。


 ガラガラ……というほどではなかったが、全員が座れるくらいの余裕があった。皆、どこかに怪我があり、スマホで安否確認や情報収集をしていて、静かだった。報道機関が被害状況を伝えるニュースを繰り返すのだけが、辺りに響いている。

 俺は隣の男性に話しかけた。

「あの……この電車、どこへ向かっているんでしょう?」

「郊外に向かってるらしいですよ。なんかそこに大きな避難所があるとかで」

「あ、そうなんですか、どうも……」

 男がスマホに目を戻したので、俺も手元のスマホを見た。地図には「かみさま」のいる場所の他に、自分の現在地が青い点で表示されている。距離的に近付いてはいるが、見たところ「かみさま」は地上にいる。上は危険だが、やはりどこかで降りなければならないだろう。

 その時、静まり返った車内に、突然ポップな音楽が鳴り出した。皆が一斉に顔を上げる。音楽は車内ディスプレイから出ていた。画面には、二人の少女の上半身が映っている。


「こんにちは、みなさん!」

「ご機嫌麗しゅう、クソ人類!」


 高校生くらいの少女たちは左右に並び、それぞれ片手を高く上げ、にっこりと笑顔を見せていた。髪色は黒だが、顔立ちが少し独特で、西洋の血が入っていることがわかる。その顔は二人とも生き写しのようにそっくりで、声もほとんど同じだった。双子の姉妹なのだろう。セーラー服の上に、深紅と群青の……それはまるで血管の動脈と静脈のような色の、色違いのカーディガンを羽織っている。

 彼女たちはBGMの流れる中、片方は元気に、片方は無気力に、代わる代わる言葉を並べる。


「私達は巫女!」

「宣伝の巫女!」

「私達は気づきました」

「ある日ふと気づきました」

「リアルの世界は馬鹿ばかり」

「帰国子女の私達を、陰湿にいじめる馬鹿共ばかり」

「表ではキラキラ、裏では陰口大会」

「あの子とその子、何がそんなに違うというのでしょう」

「ああ、わからない!」

「ああ、わからない!」

「だから、こんな世界滅ぼすことにしたのです」

「リセットしてやり直すことにしたのです」


 それだけ言うと、ブツンとディスプレイは黒くなり、また静寂が満ちた。画面がニュースに切り替わると、報道陣は「只今映像が乱れまして……」などと言っているが、その顔はさっきよりも青ざめて、引きつっていた。

「ねえ、さっきのはなに?」

 か細い少女の声が聞こえた。見れば、優先席に座っている少女とお婆さんが会話をしていた。

「これは呪いさ」

 お婆さんが悲しそうに答える。

「人間があまりにも身勝手を働いたから、神様が怒って、罰が当たったのかもしれないね」

 俺はふと、その少女が寒そうに震えているのに気がついた。逃げる時にかいた汗で、冷えてしまったのかもしれない。俺は席から立ち、スーツの上着を脱ぐと、お婆さんに差し出した。

「あの、もしよかったら、これ着せてあげてください」

「ああ……ありがとうございます」

 お婆さんは少女に上着を着せた。少女はこちらを見てぺこりと礼をした。その手には、ペーパークラフトの花束が握られている。

「学校で作ったんだってね?」

 お婆さんが優しく聞くと、少女は頷いた。

「ママに会ったら、これあげるの」

 ママ。

 その単語に、少しだけ胸が痛んだ。

「そう……ですか。じゃあ、俺はこれで」

 席に戻る途中、老年の男達の近くを通った。その時、周りには聞こえないような小声で、こう囁くのが耳に入った。

「俺らはまだましだよ。どうせもうじき死ぬんだから。それに引き換え、若者は大変だね。ろくにいい思いできないまま死んでいくか、こんな腐った世界でまだ生きていくか、それっきゃないんだからさ」

「……」

 きっとあの部長も、同じことを言うのだろうな。

 俺はそう思いながら、静かに席に座った。


 

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