第12話 花村悦子の日記。

 パーティルームの先にテラスがあって、ここもカギが掛かっていなかった。日に焼けた履物がいくつか並べられており、入り込む隙間の無かった玄関と比べパーティルームには微かな生活の動線があったので屋敷へはここから出入りしていたのかもしれなかいと推測をした。陶器のプランターがいくつかあったが全て枯れていた。


 玄関から左は和室だった。洋館に畳の部屋とは意外であったが、ここは日本。まあそういう金持ちもいると言われれば納得しないでもなかった。和室にはこれまでとは打って変わって生活感の溢れたゴミが多かった。あまり整理もされていないように思う。

 雑然としていて、空いたカップ麺の容器に使用済みの割り箸、大量のペットボトル。ポットの中からは何故かコンビニで貰えるフォークが数本出てきた。ゴミの下から出てきた座卓の下には食材らしきものがあった。ほとんどがカビだらけ。三角の物があったのでパッケージを見るとサンドイッチ、期限は五年前のものだった。


 やっとゴミ屋敷らしくなってきたと優馬は意気込んだが、他の者たちは幾分萎えているようだった。ここが踏ん張りどころと優馬はゴミに真摯に向き合う。さらに片付けていくとゴミの下から綿の布団一式が出てきた。どうやら悦子はここで就寝していたらしい。屋敷に入れていたうちはおそらくこの部屋を生活の拠点にしていたのだろう。だから、生活ごみで溢れている。

 布団の端を少し捲ってみると畳は蒸れてわずかにたわんでいるが色は良かった。


 寝ていた部屋だからか荒れているもののゴミの量は比較的少ない。空間もある程度は確保されているように感じる。それにはもう1つの理由があった。


「ぶつ……だん」


 部屋の隅のゴミをどかすと小さな仏壇が出てきた。見つけた橋本が青ざめている。


「ゴミの中から仏壇とか超怖えんすけど」


 仏前には写真が飾られていた。優馬は見つめる。


「花村悦子……」

「じゃねえだろ。どうして自分の写真飾るんだよ」


 仙道が写真を手に取る。


「ちょっ、仙道さん。呪われますよ」


 怖じ気づいた橋本の言葉を仙道がなんでだよ、と笑う。


「多分お母さんじゃねえのか? 美人さんだったんだな」

「でも罰当たりですよね。仏壇の間までゴミ部屋にするなんて」


 優馬の言葉に仙道が笑う。


「そうだな」


 そう言って写真をもとの位置に戻す。後ろを振り向くと橋本がしきりに布団を踏みしめていた。


「どうしたんですか、橋本さん」

「何かこの布団デコボコしてね?」


 優馬も一緒に布団を踏んで確認する。確かに少し感触がある。どうも何か下にあるらしい。汚い物を触るように敷布団を摘まんで大胆に捲る。敷布団の下のほぼ中央に1冊の大学ノートがあった。さきほどチラと捲った時はこんなこと気付かなかった。表には震えた老人特有の文字で『日記』とだけ。好奇心がくすぐられた優馬は開きたくなる。が、すかさず仙道が取り上げようとする。


「プライバシーの侵害」


 元の場所に戻せと目で訴えている。


「ちょっとだけ、ちょっとだけです」

「ダーメ」

「ちょっとだけ」


 優馬の目を見て仙道はため息を吐く。


「ったく、読んだら元の所に戻しとけよ」


 仙道が諦めたようにノートを離す。


「はい」


 気持ちよく返事して優馬は期待とともにノートをめくった。中にはビッシリ、……神について書かれていた。神の声が聞こえただとか、ゴミを神が集めろと言っただとか。何月何日までにゴミをかき集めろ、出ないと天罰が下る。猫は大切にしろ、神の使いだ。と言ったこと。それはある意味日記ではなかった。見なければよかった。一気に寒気が押し寄せて身震いする。見えぬ恐怖を感じて声が自由に出てこない。


「たぶん統合失調症だったんだな」


 ノートを捲りながら橋本が呟く。


「なん……ですかそれ?」


 橋本の声を聞いてほっとしてようやく声が出て来る。


「精神疾患の一種さ。まあ、幻聴幻覚が見えたり聞こえたりする病気だな」

「詳しいんですね」

「親戚のおじさんが罹ってたんだ」


 橋本があまり触れてほしくなさそうなのでそれ以上は問わない。ノートを捲っていると気になる記述を見つけた。それは指輪についての記述だった。



――指輪は2つ揃ってないと意味がない。同時に管理しなさい。誰にも見つからぬよう大切にしなくてはならない。桐ダンスがいい。桐ダンスを買いなさい。湿気が来ぬように猫の砂で埋めなさい。誰にも誰にも見つからないように――



 なんのことだかさっぱり意味不明だったが部屋には偶然にも桐ダンスがあった。

優馬はノートを置くと桐ダンスの引き出しを開けた。上から1段目と2段目には何もなくて、3段目の引き出しいっぱいにネコの砂のようなものが入っていた。ノートの記述が事実であればそこに老女の言う指輪が隠されているかもしれない。


「これに手突っ込むのか」


 橋本が嫌そうな顔を浮かべている。


「探ってみましょうか」


 優馬は引き出しに近寄る。


「猫の糞とか入ってたらどうするんだよ」

「軍手だから大丈夫ですよ」

「いやいや」


 優馬は臆さず手を差し入れた。腕の関節が埋まるくらいまで突っ込む。右に左に掻き分けて感じるのはいびつな砂の感触だけ。指先で隅々を調べるようにしつこくかき回すが何も見つからない。


 あまりに何も見つからないので焦れた橋本も手伝い出し、2人でザッザッとかき混ぜていると仙道がお前ら遊んでないで仕事だぞ仕事、と顔をしかめた。優馬は気に留めず夢中で探す。しばらくして橋本が声を上げる。


「あった」


 橋本が掴んでいたのはダイヤの指輪だった。大きなダイヤの付いた立派な指輪。状態はいいように思う。そしてすぐ優馬の手にも感触がある。引き上げるとこちらもダイヤの指輪だった。デザインは違うがどちらも豪奢な指輪。


「なんで2つ?」


 橋本も優馬も頭が追い付かなくて混乱した。1つは以前結婚していた悦子の婚約指輪だろうが、もう1つは一体……

 2人で話し合った結果、悦子が自分で購入したものか母の形見と言う話に落ち着いた。資産価値のある物は清掃資金の回収に充てる決まりだ。だが仙道に相談すると元に戻しとけ、と言う。要は見て見ぬ振りをしろということだ。指輪のことなど役所は知らない、と。確かに悦子がどういう思いでかは知らないが、隠していたものを引っ張り出して蔑ろにするのは申し訳ないように感じた。


 2人で適当な深さに埋め戻すと引き出しを元に戻し、ノートも元の布団の下に隠した。見つかると悦子の異常性が露見するから捨てたほうがいいのではと問うたが仙道が余計なことするな、というのでそれも従った。


 明日、花を持ってきて仏壇に供えよう。優馬は仏壇を真心を込めて拝み、明日も来ますと伝えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る