第3話

 その日から、ビャクが工房に入り浸ることが増えた。

 職人の手の動きを真似たり、そこらのただの石を拾ってきて試したり。僕は何も言ってあげられなかったけれど、職人はエリジアが見えないビャクに対しても親身に技術を教え分けた。

 この国の、延いては世界の宝石を扱う仕事だ。職人になるためには厳しい試験がある。それは一次試験で知識と基礎技術を問い、最終試験では実際の加工を行うという。前者について、ビャクのそれは十分に合格水準にあった。けれど、加工はそうはいかない。試験会場で初めて会うエリジアに、その子の求める加工をする。僕らを見ることが叶わない彼女にとって非常に困難になることは言うまでもなかった。


 職人から試験を受けるに足るという推薦状を得て、ビャクは見事に一次試験に合格した。最終試験が行われるのは王城だ。彼女が試験を受ける日、僕は職人に頼み込んでほんの少しだけ僕の石を削って貰った。アドバイスも手助けもしてやれないけれど、傍にいたかった。それが、ほんの少しでも君の助けになれたらうれしいと思った。

 小さな皮袋に粉状の欠片を詰め込んで、「いってきます」と彼女は笑った。なにもできない僕は、身を削ったことにより短くなった髪を思わず触りながら「いってらっしゃい」と聞こえない声で背を押した。

 試験の日から、ビャクが工房に姿を現さなくなった。うまくいかなかったのだろうか、そうだとしても僕に何がしてやれるだろう。同じ人であったらそっと慰めることもできように、僕は日々の仕事の中で彼女を思い続けることしかできない。

 合格した。と涙でぐちゃぐちゃの顔をした君が僕に報告してくれたのはそれからひと月後のことだった。


 もとはビャクの祖父が作り上げた工房であること、彼女の生家が近いことから、この工房の主がビャクに変わった。

 そのまま僕も残って、彼女と仕事をすることになる。

 ビャクの瞳に相変わらず僕らは映らない。どうやって試験を潜り抜けたのか、祝いつつも疑問であったがその謎はすぐに解かれることになった。

「こんにちは、初めまして」

 まるで僕らが見えているように、そうっと石に触れて話しかける。その手付きは嫉妬してしまいそうに優しかった。その石に住む子はきょとりと首を傾けてビャクを見て、次いで僕を見る。

「ねえ、この職人。見えてない、よね?」と。

 僕はそれに頷いて、仕事として彼らに希望を問いかける。それが職人に伝わることがないのを知っているから、とても不思議そうにされるけれど。問いかけたあとは出来ることもなく、ビャクとの思い出を語らうことが多い。彼女には僕らが見えてはいないけれど、どうか信頼してくれとお願いする。


 天性の才能だ、と言ったらもしかしたら彼女は悲しむのかもしれない。けれどそれはそうとしか表現できなかった。

 知識も、技術も、新人の職人らしいものだ。それなのに、僕らの希望を汲めないはずの彼女は僕らの希望以上の加工をしてみせる。それはエリジア本人が考えているイメージの更に上を行った。

 こんなことをされたら試験に使われた石も合格点を与える他ないだろう。可能な限り原石を美しく保ち、大切な人に欠片を贈る余地さえも残す加工。言葉を交わせぬまま体を弄られて、いい気はしていないはずなのに、それでも全てが終わったあとにエリジアらはうっとりと息を吐き出して持ち主の元に旅立ってゆく。祖父の手を見て育ったからか、誰よりも僕らを見ようと焦がれて、様々な石と触れ合ったからか。

 こうして、僕の手なんて全く借りることなく、職人としてのビャクの評判は高くなっていった。

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こはくいろの人 詠弥つく @yomiyatuku

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