第十四話 バイバイ

  ゆりとマニフに丁重に詫びたアラスターは、団長権限でマニフ達の隊商がスムーズに検問を通れるよう融通してくれた。



「いやあ、かの神獣人の英雄アーチボルト卿にお目にかかれるなんて身が震えますな! このマニフ、親戚に自慢できますよ!」



  ――と、ご機嫌なマニフと別れ、ついにモルリッツに足を踏み入れた一行はそのまま街の公的機関が多く集まる中央地区を目指すことにした。


 ドーミオは、冒険者ギルドに魔物の討伐とナオトの護衛を終えた報告へ。エメは、ゆりを連れ神殿へ。女神教の教義には「女神の客人たる召し人を遇せよ」とあるので、過去に発見された召し人も、教会の庇護の下暮らすことが多かったという。ナオトは立場上ゆりと同じく教会の庇護下にあるが、いつもフラフラしているのでその居場所はあまり定まっていないようだ。




「しっかし嬢ちゃん、また随分大物に懐かれちまったなあ」


 ナオトと黒狼騎士団団長のゆりを巡るやり取りを、マニフから(一部脚色されて)聞いたドーミオはガハハと豪快に笑った。


「……アラスターさん、でしたっけ。有名な方なんですか?」

「そりゃまあ一騎当千の狼将軍サマだからな」

「真面目そうな良い方でしたよ。最初はびっくりしましたけど……」

「堅物だが紳士で、腕っぷしも強くて、爵位もあるしあの見栄えだろ? しかも独身ときたもんだ。……おいゆり、背後には気を付けろよ? 女の嫉妬ほどおっかねえもんはねえ」


 脅さないで下さいよ……という情けないゆりの言葉に、ドーミオは再び豪快に笑った。


「お前も女の嫉妬は散々買ってるからな。刺されんなよ、ナオト」

「うるさい」


 ナオトはアラスターとの邂逅からずっと不機嫌丸出しで黙り込んでいた。

 まさに犬猿の仲。いや、こういう場合、狼猫の仲と言えばいいのかな……?

 ゆりは真面目にそんなことを考えていた。



 モルリッツは、ブリアー自由諸国連合の中心都市。

 街道は広く、美しく整備され、様々な露店が並び活気に溢れている。日本にはない不思議な髪と瞳の色を持つ人々が、様々な動物の特徴を持つ獣人達が、露店に並ぶ見たこともない商品が。全てがゆりの五感を刺激して、不思議と心が躍る。


 ――神殿に着いて今後の身の振り方が決まったら、街を歩いてみたいな。


 これまで不安ばかりで先のことは何も考えられずにいたゆりだったが、初めてこの異世界での今後に明るい展望が持てた気がした。


 そんな自然と笑顔が零れたゆりを、ナオトは黙って横目で見ていた。




「さて、俺はこの辺でお別れだ。ギルドと評議会に報告が必要だからな」


 ややあって、砦のような石造りの建物の前でドーミオは立ち止まり、別れを告げた。


「ドーミオさん……」


 この半月近い旅の間、いつも先頭に立ち、ゆりを気遣ってくれたドーミオ。その大きな背中から離れる不安で、一瞬浮上していたゆりの心はまた陰った。


「おいおい、そんな目で見るなよ。別に今生の別れじゃねえだろ? 俺もこの街を拠点にしてるんだ、会おうと思えばいつでも会えるさ。……大抵この辺の酒場にいるしな」



 いつでも会える。

 ドーミオの言葉に、ゆりは心底救われた。



「はい……。ドーミオさん、本当にありがとうございました。また、会いに来てもいいですか?」

「お? なんだ惚れたか?」

「うん」

「ハッハッハ。そんならまず、もっと食って、でかくなれよ」


 本当はゆりを小柄な見た目に似合わず芯の強い大人の女性だと理解しているドーミオだったが、敢えてそれは心の奥に仕舞うと、がしがし、と乱暴にその頭を撫でた。



 そうやってゆりがドーミオとの別れを惜しんでいると、いきなりナオトの無機質な声が降ってきた。



「じゃあ、ついでだからオレもここで抜けるわ」

「え……?」

 

 教会まで一緒じゃないの? とゆりは思った。


「ナオト、どこに、行く」


 それまで無言を貫いていたエメが、刺々しい声でナオトを咎めた。


「野暮用」

「教会への報告より、大事な、用か?」

「別に~。イロ買うだけ」


 明け透けに答えたナオトに、ドーミオが「俺の忠告を聞いてなかったのか?」と呆れたように嘆息する。

 ゆりは、ドーミオだけでなくナオトまで自分の元から離れていってしまう不安で胸が真っ黒に塗り潰されるような心地がした。



「イロって何? ナオト、一緒に来てくれないの?」



 右も左もわからず不安だったゆりに、オレのところにいればいいと言ってくれたのはナオト自身だったはずなのに。

 同じ神殿にいられるならば広義の意味では約束通りかもしれないが、まだそれだって確定されたわけではない。これまで心の支えにしていた約束を一方的に反故にするなんて、あまりにひどいじゃないか。

 ゆりは悲しくなって、でもそれを上手く言葉に出来ず、口を引き結んだ。


 涙を堪えてナオトの顔を見上げると――それまで飄々としていたナオトが急に真顔になり、周囲の空気がすっと冷えるのがわかった。


 ゆりが驚きに反射的に身を引くと、ナオトは無表情のままゆりの右手首を掴んだ。それをそのまま自身の顔まで引き寄せると頬擦りする。そして、ギラギラと輝く妖艶な瞳でゆりを見た。



「代わりにゆりがしてくれるなら、行ってあげてもいいよ」

「え……?」


 雰囲気は明らかに怒っているのに優しい声音で囁かれたので、ゆりは言葉の意味を理解することができず固まってしまった。


 ――シュカッ!!


 急に視界の端が煌めいたかと思うと、ナオトがゆりの手を払って後ろに飛び退いた。

 いつの間にか、ナオトとゆりの間の地面に銀色のナイフが突き刺さっている。ナオトの睨み付けるような視線で、ゆりはそれをエメが放ったのだと理解した。

 エメの白いローブがゆりをナオトから遠ざけるようにはためく。


「勝手に、しろ。だが、召集には、応じろ」



「……ハァ。


 ――またオレの気が向いたら、抱きまくらになってよね。ゆり、バイバイ」



 “ゆり、バイバイ。”



 ナオトはあっという間に、雑踏の中に消えてしまった。

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