第五話 デンセツのユーシャ

「勇者、ですか?」


 てきぱきと始末をし、出発の準備を整えるエメの言葉にゆりはオウム返しにそう問うた。


「……そ。ナオトは、伝説の、勇者。神剣に、認められたから」

「デンセツのユーシャ……」


 随分仰々しい肩書きだなぁと、ゆりは先程ドーミオに投げ飛ばされ、説教されている猫獣人ナオトを見た。



 ――伝説の勇者。


 ロールプレイングゲームやファンタジー小説好きならば胸躍るところかもしれなかったが、生憎ゆりはそういった知識に乏しかった。



 確かにナオトは、美しい。群衆の中にいても飛び抜けて目立ち、異彩を放つだろう存在だった。

 革製の半鎧を身につけ帯剣するその出で立ちは確かに戦士の格好それだし、身のこなしは豹のようにすらりとして、肩まで捲り上げたインナーの袖から伸びる腕には程よく筋肉がついている。

 が。見た目だけなら大男のドーミオの方が、人を寄せ付けない雰囲気オーラならエメの方が、余程強そうだとゆりは思った。



 ともかく、ナオトは伝説の勇者と呼ばれる存在で、最近この森で脅威となっている魔物を討伐するためにここまでやって来た。

 ドーミオはギルド、エメは教会というそれぞれ別の組織から、ナオトの護衛兼目付役として派遣されている、とのことだった。



 友達、ではないんだ……。



 これまでの三人のやり取りを見て、その気安い様子から彼らは仲の良い友人、あるいは気心の知れた仲間だと思っていたのだが、長い付き合いはあるにしろあくまでビジネスと聞かされて、ゆりは複雑な気持ちになった。



「付き合わせてすまねぇんだが、ここから街に戻るにもそこそこの日数――嬢ちゃんの足だと更に数日はかかるだろう。それから出直すとなると余計に日がかかる。あまり、時間をかけるわけにはいかねえ案件でよ」


「つまり、これから向かうマモノ討伐? に私を連れていくってことですよね……?」


 ゆりは少し戸惑いがちに考える様子をみせたが、すぐにドーミオを見て頷いた。


「もちろん、従います。保護してもらって街まで連れていって下さるのに、差し出口を挟むようなことはしません」


「悪いな。……なあに、巣穴はおおよそわかってるんだ。近くまで来たら、あんたはエメに任せて俺とナオトで片付けてくる。絶対に危険な目には合わせねえ」


「それはあの、信用してます。伝説の勇者さんとその仲間だから、きっと強いんでしょう?」


「まあな」


 謙遜もせずさらりと肯定した短い言葉の中に、ゆりはドーミオの自信と誇りを見た。


「その……。ちなみに魔物って、どんな生き物なんですか? 私の世界には魔物がいないので、見たことないんです」


「は? そりゃあオメー、……」


 魔物を見たことがない、というゆりの言葉に驚いた表情を見せたドーミオだったが、やがてふーむと考え込むように口許に手を当てると、ぼそりと答えた。


「――トカゲだな」

「え?」

「トカゲだねー」

「トカゲじゃ、ない。火炎蜥蜴ファイヤサラマンダ


 ドーミオの答えにナオトが頷き、ムッとしたようにエメがそれを訂正する。


「ま、とにかくあともう四、五日で奴らの巣穴だ。あいつらは今の繁殖期にはほとんど外に出てこねえし、こちらが出向いて叩くだけだ」

「は~あ。オレも早く帰ってふかふかのベッドで繁殖行動したい」

「あのな……」


「あの! ドーミオさん、エメさん、ナオトさん」

「あん?」


 名前を呼ばれた三人がゆりを見ると、ゆりは背筋を伸ばし、凛とした姿勢で深々と頭を下げた。



「助けてくれて、ありがとうございます。足手まといにならないようにするので、よろしくお願いします」



 ゆりの生殺与奪は、この男達の手の中にあると言っても過言ではない。きちんと礼を尽くすべきだとゆりは思った。ゆりは学校のマナーの授業で覚えさせられた日本式の礼を思い出しながら、足の爪先までピンと糸を張り巡らせ、頭を下げた。

 ナオト達三人は何か思うところがあったのか、しばらく互いに顔を見合わせている。


「……別に、平気。教会は召し人、保護してる、から」

「言いたいことが済んだなら行くぞ」


 ドーミオがゆりの背中をどん、と叩き、歩き出す。

  ナオトは「抱きまくらだから、抱えて運んでこうかな?」などと言いながら本当にゆりを膝から抱え上げようとしたので、ゆりはそれはそれは丁重に、辞退した。



 夜営地を出発するにあたり、日本で着ていたゆりの服(正確には服の残骸)は処分せざるを得なかった。もう着られない上に、余計な荷物になる。更に、その匂いで魔物が寄ってくるかもしれないと言われたので諦めて地面を掘って埋めた。

 ゆりにとって、日本を思い出すことのできる唯一の「自分の持ち物」だったが、ドーミオ達に迷惑をかけるわけにはいかない。


  代わりに、エプロンのポケットに入っていたボールペンとハンドタオルだけポケットに収めると、ゆりは振り返ることなく三人を追った。

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