第四話 博愛主義者

 ゆりが何とか泣き止んでドーミオ特性干し肉入りスープを啜ると、そのシンプルな味はじんわりとゆりの身体を温めた。

 ナオトは「ゆり=抱きまくら」宣言が本人に拒否されなかったのを免罪符に、スープを啜るゆりを堂々と後ろから抱き締めると、嬉しそうにゆりの首筋の匂いをスンスンと嗅いでいる。


 出会ったばかりの男に抱きまくらにされて匂いを嗅がれているという異常事態。普段のゆりであれば悲鳴をあげていてもおかしくなかったが、既に今日一日で異常なことを体験しすぎて疲れきったゆりにはそれらを気にする心の余裕はもうなかった。むしろその温もりは異世界への不安に強張る身体に心地良く、ゆりの心は次第に元の柔軟さを取り戻していった。

 白金に黒の斑模様の豹のようなナオトの尻尾は、上機嫌にぴょこぴょこ揺れている。



 やがて食欲が満たされたゆりがナオトの腕の中でうつらうつらと微睡み始めると、ドーミオがナオトに毛布を差し出した。


「変なことすんじゃねーぞ?」

「しないしない。あ、でも、今夜の夜番はパスね」

「しょーがねーな……」


 革鎧の下に着たナオトの服の裾を握りしめ、頭をこてん、とナオトの胸元に預けて眠るゆりを見たドーミオは、ばつが悪そうに頭を掻いた。

 当のナオトは相変わらずニヤニヤしながらゆりの香りを堪能している。



「でもホント、こんなカワイイ子どこから来たんだろーね?」

「ニホン……とか言ってたが……。良いとこの嬢ちゃんなのは間違いねえな」

「へ? なんでわかるの?」

「なんでってそりゃあな」


 ナオトのきょとんとした様子に、ドーミオは明後日の方向を見ながら答えた。

 ゆりは元からの服装で露出していた腕はそれなりに日に焼けていたが、獣のナオトに食い破られて、ちら、と見えた胸元は恐ろしく白かったし、顔にはそばかすひとつない。肩の下まで伸びた黒髪はきちんと手入れがされ美しく艶がある。

  ブリアーここらの基準で言えば、どう見ても市井の娘ではなかった。


 それに……と、一旦視線を外したドーミオは改めてゆりを見る。


 初対面の他人の厚意に対し、自身を卑下することなく受け入れ、きちんと礼を言うことのできる素直さ。理不尽な出来事に巻き込まれても、状況を整理し理解しようと努める頭の回転。ナオトに絆された様子は今のところなかったものの、この危険極まりない猫男を邪険にせず、かといって媚びるでもなくそのまま受け入れてしまう無用心さ。

  良くも悪くも、世間ずれした並の女とは異なるとドーミオは思った。



「ジブンも……その娘は高度な教育を受けてる、と思う」

「ほお……。まあ、お前さんが言うなら、そうなんだろうな」



 ドーミオは、普段は無口なエメが珍しく会話に加わったことも、他人に興味が無さそうなこの蜥蜴族が人物評を披露することにも驚いた。


 ゆりの家庭は所得的には中上位層アッパーミドルでありふれていたが、通っていた学校は女子最難関として知られるカトリック系の中高一貫校で、エメの予測は当たらずも遠からずといったところだった。

 

「ふうーん。ま、オレはそーいうのわかんないし。女の子はみんなカワイイしね」

「てめえみたいなのは節操がないって言うんだ」

「博愛主義者って言って」

「娼婦同士に掴み合いの喧嘩をさせるようなスケコマシの勇者サマが博愛主義者なわけあるかよ……」

「あはは、あれはウケたよね」



 ……サイテー下衆野郎。


 ケラケラと無邪気に笑う、顔だけは最高に美しい目の前の男を呆れた目で睨み付けたドーミオは、この道中でナオトがゆりに無体を働かないよう、しっかり監視しようと心に誓うのだった。




 そして翌朝。


「ゆり、おはよ」


 目覚めたゆりの目の前にあるのは、端正な顔と黄金色の宝石のような瞳。

 絶世の美男子は、ぽかんとするゆりにキラキラの笑顔で応えると、おっぱい揉んでても全然起きなかったね~! と、呑気な声で笑った。


「ぎ、ぎゃあーーーーーっっ!!!!?」


 すぐさまナオトは大男によって引き剥がされ、そのまま思いっきり遠くへ投げつけられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る