「俺を撃ち殺さなくてよかったな」


 どうやら少女と子供たちは寿司屋での勝手を知らなかったらしく、自然と注文は男の役割になった。

 埃が付着してくすんだ端末画面を幾度かタップし、とりあえず間違いないだろうと思われる品目を注文する。あとはのんびり待つだけだ。


「これだけでいいのか?」


 初対面で銃を向けたばつの悪さもあってか、少女がおずおずと問うてくる。


「ああ。ここじゃほとんどが自動だからな。旧時代の食い道楽さまさまだ」


 ほお、と感嘆の声を漏らす少女の脇を、いくつかの皿が流れてきた。わあわあと歓声を上げる子供たちに代わり、男はそれらを卓上に移し、倉庫から調達した醤油を垂らした。

 すぐさま、子供の一人がサーモンに食らいつく。空腹も限界だったのだろう。微笑ましく思う男の対面で、呆れ顔の少女がたしなめた。


「まずは――いただきます、だろ?」


 言われて、子供たちと少女は揃って両手を合わせた。男もまたその手を真似る。この風習はキリストとブッダのどちらだったろうか。


「「「「いただきます」」」」


 男はまず、脳機能を向上させるというイワシをいくつか頬張った。荒れた口内を油分が潤し、生き返ったかのような充実感が全身に染み渡る。

 子供たちはサーモンを気に入ったらしい。早くも注文端末の使い方を覚えたのか、トロやチーズといったさまざまなバリエーションを頼んでは互いに分け合い、おいしいねとうなずき合っている。


 サーモンは男からしても理に適った注文だ。脂肪分が豊富で、チーズやタマネギといったトッピングと合わせることで多くの栄養分を摂取できる。おそらく戦争前の国民食だったのだろう。


 さて、少女の方も腹を満たしているだろうか。ふと目をやってみると、しかし彼女はマグロを一皿食べ終えただけで、何を注文する気配もなさそうだ。


「しかし、ずいぶん寿司に慣れているんだな」


 一枚だけの皿に注がれていた視線が急にこちらを向き、男はたじろいだ。


「あ、ああ。一応、これが仕事みたいなもんだし……」


 云うと、こちらを臨む瞳が急に敬うような色を帯びて、


「……そうか。やはり、食糧解放者テーブルクロスか! 本物に逢うのははじめてだ」


 などと、感動の視線を向けられた。


「ああ、まあ、そんな感じ……」


 荒れた世界に散在する生存者のキャンプから依頼を受けて堅固な飲食店へのハッキングに挑み、生存者たちに食糧と調味料、機械と技術を還元する者。

 そういったハッカーたちのことを、この世界ではいつからかテーブルクロスと呼ぶようになった。

 望んだ食物を無限に出現させるテーブルかけの伝説になぞらえたらしいが、実際のテーブルクロスはそんなに格好のいいものでも、便利なものでもない。ここにいる男がいい例だ。


「よかったのか? キャンプの依頼なら、私たちが手をつけるとまずいのでは……」


 申し訳なさげにそうのたまう少女に、男はようやく得心がいく。だからマグロを一皿だけで我慢をしていたのか。


「いいさ。俺たちが食ったくらいじゃなくならない」


 別にキャンプの依頼を受けていたわけではなく、ただ餓死寸前で仕方なく立ち寄ったというだけなのだが、それは墓場まで持っていくことにしよう。男は誓った。

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