第18話 下山レース

 オリエンテーション。


 最終日。


 女湯を覗いた罰として、銭湯の掃除をすることになった俺は、デッキブラシでタイルを磨いていく。


露璃村ろりむらくん、頑張ってる。

 女湯の方の掃除はもう終わったわよ」  


 真っ白なエプロンにワンピースタイプの紺水着を身に着けた姫川さんが男湯に入ってきた。


「もう、終わったのか。

 俺の方はまだまだかかりそうだな。

 ヒマなら手伝ってくれないか」


「ええ、いいわよぉ。

 最初からそのつもりだったし。

 助っ人も呼んであるわ。

 みちるさん、入ってきてもいいわよ」


「はい」


 姫川さんの呼びかけに答えて。


 セパレートタイプの青い水着に、体操服の上だけを着たみちるちゃんが浴室に入ってきた。


「三人でやればすぐに終わりますよ。

 主さま」


「そうね。

 ちゃっちゃっと終わらせちゃいましょうか」


「ああ」


 俺は力強く頷き。


 デッキブラシを使用した水洗いに精を出す。


 ちなみに今、姫川さんが身に着けているエプロンと水着は、みちるちゃんから借りたモノみたいだな。


「理沙さま。

 冷たいですよ」


「でも掃除で火照った身体には気持ちいでしょう、みちるさん。

 それに濡れてもいいような格好してるんだからねぇ」


「ええ、まあ……って、そういうことじゃなくて。

 もういいです。

 あたしにも考えありますから」


「きゃあっ、冷たい」


「お返しです、理沙さま」


 姫川さんとみちるちゃんがホースでの水の掛け合いをしていた。


「二人とも遊んでないで、掃除しろよな」


「「はい」」


 二人の濡れ姿に欲情していたのは秘密だ。




++++++++++++++++++++++




 旅館のロビーに集まり準備体操を行っていた。


 最初は手首から、そしてひじ、肩、背中といった順に俺は伸ばしていく。


「いち、にぃ、さん、しぃ……」


 ストレッチを続けながら俺は、ブルマ姿で柔軟をしている殺妹ちゃんを目撃した。


「エロい目で見るな、ド変態」


 無口で無表情で、一見大人しそうに見える彼女だが、その実かなりの毒舌家だった。


 新体操をやっているだけあって、殺妹ちゃんのカラダは驚くほど柔らかいな。


 そして姫川さんはシュシュで髪をまとめ、ありさちゃんの方はリボンで髪をまとめ、二人ともポニーテールにして体操着姿で、やけに念入りなストレッチを行っているな。


 二人の間に火花が散っていなければ、微笑ましい光景なんだけどな。


 その姿を見ただけで、胃がキリキリと痛み、悪寒が走った。


 他の生徒たちは気楽にだべっているのに、あの二人だけは鬼のように真剣だ。


「次はペアになって、『パートナーストレッチ』を行ってもらいます」


 1人1人身長順にペアを組まされていた。


 男も女もともにイヤそうな顔をしているな。


「はい。

 全員ペアを組めましたね。

 各自準備体操を始めてください」


 女教師の声が響き。


 俺は殺妹ちゃんとペアを組むことになった。


「では、背中から伸ばしますか」


 そう言って、殺妹ちゃんは背中をくっつけて、腕も握ってきた。


「は、はい」


 姫川さんのナイフのような鋭い視線を感じて俺は『しどろもどろ』に答えた。


「じゃあ、いきますよ」


 一方、殺妹ちゃんはまったく気にしたそぶりも見せずに俺のカラダを背負った。


 女の背中は、無骨な男の背中と違って柔らかいな。


「次はダイスケくんのばんですよ」


 今度は俺が殺妹ちゃんを背負う。


 筋肉質のカラダが背中にのしかかる。


 決して軽くはない。


 けれど、ムキムキな男と組まされるよりは、嬉しい重さだった。


「背中はこのくらいでいいでしょう。

 次はストレッチのド・定番である『長足前屈』をやりたいと思います」


 殺妹ちゃんは長座の姿勢をとり、両手を伸ばして、ゆっくりとカラダを伸ばしにかかる。


「はぁ~~~ふぅ~~~うんしょっ、と……」


 カラダを前に倒すたびに、そのたわわなオッパイが太ももにやんわりと押しつけられている。


 豊満なふくらみが、太ももに当たって、ゆっくりとたわみながらつぶれていくのだ。


 見惚れてしまうほど、上品な、きめ細かな白い肌だった。


「後ろから押してくださる」


「えっ……あ、はい」


 俺は白い半袖の体操に覆われた殺妹ちゃんの背中に手を触れた。

 

 背中で感じたときもそうだったが、やわらかい手触りだった。


「もっと、思いっきり押しちゃっても大丈夫ですよ」


 俺はさらに体重をかけた。


 殺妹ちゃんの背中が下がっていく。


 隣では姫川さんが開脚前屈を行っていた。


 ありさちゃんが補助についている。


 姫川さんは無言のまま俺に鋭い視線を向けながら、さらに股を広げてストレッチを行う。


 足の筋を伸ばそうと前屈みになるたび、豊満なバストがプルンと揺れる。

 

 大きいからといって、だらしなく垂れているわけではない。


 姫川さんの胸は張りがあって、形が崩れない。


「理沙さまって、カラダ柔らかいですよね。

 全体的に筋肉質なのに、まるで軟体生物みたいですよね。

 触ってみてもいいですか」


「ええ、いいわよ」


「ありがとうございます。

 わぁ~~~。なにコレ? プニプニしてキモチいいわぁ。

 こんな心地のいい太ももは初めて触りました。

 ふむふむ。

股関節が柔らかいと、お尻がキュート引き締まるだけじゃなく、太ももにも効果があるんですね」


 姫川さんのスラリと伸びた太ももに、スポーツ用の分厚いハイソックスがピチッと食い込むふくらはぎ。


 むっちりと脂肪の載った絶妙な腰回りのラインは、ハツラツした女性らしさを十分にアピールしていた。


 二人ともアスリートらしい引き締まった肉体との絶妙なバランスが、なんとも魅力的だな。


「きゃあぁっ!? そこは……ダメっ!? くすぐったいってばぁ……きゃはははっ……」


 百合だ。百合展開だ。


「お姉ちゃんのことをエロい目で見ないでください」


「み、見てないよぉ」


「ほんとうですか?」


「ああ。

 俺が見ていたのは殺妹ちゃんのキレイな背中だけだよ」


「ありがとうございました。

 では、次はわたしのばんですね」


 殺妹ちゃんは話を切り上げるように立ち上がり、迫ってきた。


「ちょ、ちょっと、目がコワいよ」


「そんなに怖がらなくても、大丈夫、ですよ、うふふ」


「ぎゃぁぁああああっ!?」


 旅館中に俺の悲鳴が響き渡った。


 ちなみに『みちるちゃん』は、昨日の疲れがでたのか。


 体調を崩し、医務室で休んでいるみたいだな。


 病弱キャラのクセに無理するからだ。




++++++++++++++++++++++




 引率の先生の笛を合図で、みんなはスタートラインにつく。


「今日こそお姉ちゃんに勝って。

 わたしがナンバーワンだと証明して見せるわ」


「私の全力をもって、完膚無きまでに叩きのめしてあげるわぁ」


 二人の背中からは、有無を言わさない強い決意が漂っていた。


 どうやら下山競争が始まるらしい。


 着順で、帰りのバスの『座席』を決めるという、本当にしょうもないイベントである。


 しかも最下位の人は、空気椅子の刑が待っているのだ。


 今時!? 空気椅子ってなんだよぉ。


 時代錯誤にもほどがあるだろう。 


 ピーッ、という引率の先生の笛の音で、戦いの火ぶたが切られた。


 一〇〇メートル走のスタートダッシュみたいに、姫川さんと殺妹ちゃんはいきなり飛び出した。


 集団から大きく離れ、早々と独走状態だ。 


 獣道を物凄いスピードで駆けおりていく。


 山道を歩き慣れている殺妹ちゃんが先頭を疾走した。


 すぐ後ろにピタリと、姫川さんがつけている。


 二人とも真剣そのものだ。


 そのあまりの速さに、男子生徒たちから感嘆の声が上がった。


 登山部員でさえも、あいやつらには勝てるかどうかわからない。


 引率の先生も唖然として彼女を見つめるなか、俺も負けずと速度を上げようとして、木の根につまずき、ずっこけ。


 慌てて起き上がろうとして、足を滑らせて転げ落ちていく。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 全身擦り傷だらけになってしまったが、2人に追いつくことには成功したのも、つかの間。


 そのことに気付いた彼女たちも負けていなかった。


 すがさず全速力をもって対抗し、みるみるうちに引き離されていく。


 ひたすら苦悶の表情を浮かべながらも、一向にスピードを緩める気配がない。


 女の子にとって大切な髪や服に砂埃がつくことよりも、勝負に『勝つ』ことの方がずっと大事なことなんだよな。


 2人とも本当に負けず嫌いだもんな。


 だが俺も男としての矜持がある。


 バスの座席とか? 本当にどうでもいいんだが、後でネチネチ言われるのは、腹立たしい。


 しかも最近、俺の立ち位置がどんどん悪くなってるし、ここらへんでカッコイイところを見せておかないと、色々とマズいんだよな。


 そしてゴール地点の駐輪場への最短距離は、パンフレットを開いて確認する。


 現在地がどこなのか? さっぱりわからないぞ。


 見渡す限り、木しかない。


 ほとんど手つかずの原生林しかない。


 まるでヒトの気配が感じられなかった。


 そこでようやく『正規ルート』から外れていることに気づき、慌てて携帯電話を取り出すものの『圏外』になっていた。


 だが幸いなことに、小枝や落ち葉などを踏みつけた足跡が残っていたし、風にのって微かな甘いにおいが漂ってきた。


 その匂いをたどっていくと奇跡的に、姫川さんたちに追いつくことができたが、俺の体力は限界に達し、カラダは鉛のように重たい。


 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。


 それでも俺は爪先に力を入れ、地面を強く蹴り。


 大きく腕を振って息を止め、ラストスパートをかけたところまではハッキリと覚えているが、その後どうなったのかは、わからない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る