第4話 新生活は不安と期待に満ちている


『殺妹視点』


「……め……ヤメ……アヤメ……」


 深いまどろみの中から、声が聞こえてきた気がしました。


 カーテンが開けられているのか、春の差しが、ほんのりとカラダに染みこんできて暖かい。


 それにどこか安心するような、ホッとするような匂いまで漂ってきて、眠気を誘う。


 だが、心なしか? 


 そんな安眠を妨害するようにカラダを揺さぶられ。


 それに身を任せていると、徐々に頭が覚醒していく。


「アヤメ。

 約束通り、露璃村ろりむらを連れてきたわよ」


 その所為で、先ほどから耳に入ってくる声がはっきりと聞こえるようになってきた。


 どうやら、口うるさい姉が起こしに来たみたいね……。


++++++++++++++++++++++


『大助視点』


「なんだ、この汚い部屋は……」


「またこんなにも部屋を散らかして」


 床には衣類が足の踏み場もないほど散乱していたのだ。


 よく見ると、それは制服だとわかった。


 その他にも、春物の私服が無造作に脱ぎ捨てられていた。


 そしてブラジャーやショーツなど、カラフルな下着がばらまかれた床は、デートに着ていく服で悩んでいる年頃の女の子の部屋よりも散らかっているように見えた。


 身をよじりながら殺妹が目を開ける。


 寝起き特有の、どこか色っぽいトロンとした眼つきで姫川さんを見上げて


「もう、うるさいなわねぇ。

 今日は休日なんだから、もう少し寝かせてよね」

 

「また、そんなはしたない恰好で」


「だって、暑いんだもん。

 それに胸がしめつけられて苦しいんだもん」


「いやらしい目で妹を見るな。

 汚らわしい」


 シルク独特の光沢のあるパジャマが、ふくよかなカラダを覆っていた。


 ボタンの開いた胸元からは、豊かな胸の谷間が覗いている。


 峡谷きょうこくだった。


 顔をうずめたら窒息しそうなほど、たわわで窮屈な谷間だ。


「見てねえよ。

 だいたいこの部屋……散らかり過ぎじゃないか。

 その、なんだ……。

 目のやり場に困るんだけど」


「今、大助くんの声がしなかった?」


「アナタが呼んだんでしょう。

 私は反対したんだけど……ぜんぜん聞き入れてくれなかったじゃない。

 それから言いにくいんですけど、もう12時をすぎているわよ」


「えっ!? 嘘……もうそんな時間。

 どうしてもっと早く起こしてくれなかったのよ。

 お姉ちゃんのバカっ」


「だって、お約束イベントって大切でしょう」


「お姉ちゃんのそういうところが嫌いなのよ。

 あと、わたし着替えるから出っていきなさい」


 部屋から追い出された俺たちは、屋敷の二階にある当主の部屋を訪れていた。


 これからお世話になるので、その挨拶をするためだ。


 接客用のソファ一に俺と姫川さんは座り、当主は大きな事務机に腰を下ろしていた。


 当主と言っても、ちょびひげ生やした剛胆な男ではなく、鮮やかな赤い髪をしたとても可愛らしい女の子だ。


 髪に似た色のネクタイが付いたセーラー服に、真っ赤な小さめのヒールを履いた脚をゆらゆらと振り子のように揺らしながら真昼間から仕事もしないで、一升瓶をぐびぐびと飲んでいた。


「幼女が事務机に腰を下ろして、日本酒を飲んでいる……なんだこの異様な光景は」


「ちょっと、露璃村ろりむら君。

 思っていることが、そのまま口から出ているわよ」


 俺は慌てて口を押える。


「あんな見た目をしているけど。

 とうに100歳を過ぎたババアだから、騙されちゃダメだよ」


「マジかよ。冗談とかじゃなくて……」


「ええ、冗談でも嘘でもないわ。

 現当主である『ルリエール・ド・ビクトエール』の異能である『惰眠』は、とても恐ろしい能力よ。

 怠ければ怠けるほど、欲しているモノを引き寄せる力があるよ」


「まさか? その力で……あの美貌も手に入れたというのか?

 それが本当なら、確かに恐ろしい力だな」


 などと話していると、ルリちゃんのカラダが黄金色に光り輝き。


 今度は高級赤ワインとグラス。


 さらに高級チーズが事務机の上に出現した。


「まるで奇跡のみわざだな。

 後光すら見えてくるぜえ」


「なんど見ても驚きの光景よね。

ちなみに『ルリエール・ド・ビクトエール』は純血種の吸血鬼で、私と殺妹はその眷属よ。

それから悪魔の木の実は『彼女』の血を養分にして育った木の実よ。

 あの養分の乏しい死の大地で、木の実がなっていることを、不思議に思ったことはないかしら」


「言われてみれば……」


「でしょう。

 彼女の血は―――」


「うるさい。

 ルリたんは、ねぇ……ひっく……。

 源ちゃんから~~~この屋敷を……ひっく……任される、くらい……と~ても~~~とても~~~偉いのよ」


 源ちゃんとは、おそらく姫川 源三郎のことだろうな。


「もう、酒臭いな。近寄らないでくださいよ」


「相変わらずリサたんは口がわ……~~~スヤスヤ……」


「おい、話の途中で寝やがったぞ。

 どうすんだよ。コレ!?」


「もう仕方ないわね」


 姫川さんは慣れた手つきで、当主??? を二人掛け用のソファに寝かせるとタオルケットまでかけてあげるという気遣い上手な女子だった。


「さあ、行きましょう。

 挨拶は終わったわ。

 もうここに用はないわ」


「仮にも現当主なんだろう。

 雑に扱い過ぎじゃないか」


「いいのよ。

 私は次期当主だから」


 俺の話もまったく聞かず、姫川さんは部屋を出ていってしまう。


++++++++++++++++++++++


「最後に1階の右奥の部屋だけは、絶対に入っちゃダメだからね。

 ふりじゃないからね。

 説明は以上。

 わからないことがあったら、近くにいるメイドにでも聞きなさい」 


 一通り館内を見て回ったところだ。


 姫川さんの案内はとてもわかりやすかったけど。


 聞いておきたいことが一つだけあった。


「一つ質問もいいかな」


「まだ、何かあるの?」


 自分の部屋に戻ろうとしていた姫川さんは、うっとうしそうな声を上げて、こちらを振り向いた。


「私はいろいろと忙しいだけど。

 用件があるなら、手短に言いなさい」


「お風呂の時間とかって決まってるのかな。

 ほら、ばったり鉢合わせになったら大変じゃない」


「そうね。

 みんなが寝静まった夜10時以降かしらね」


「わかった。

 夜の10時以降だな」


「あら、意外と素直じゃない。

 まさか、お風呂の残り湯を飲むつもりじゃない……」


「飲まねえよ。

 普通そんな心配しないだろう」


「だって、神村君って、救いようのない変態じゃない」


「これ以上、姫川さんに嫌われたくないから、確認しただけだよ。

 あと『フラグ回避』の意味もあるかな」


「まあ、いちよう信じてあげるわ」


 姫川さんと別れて俺は自室に向かった。



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