全国大学入学セントラル試験 後編
夢から覚めた結星は、特にこれといったトラブルにも遭わず、男子専用の小規模試験会場に到着しようとしていた。
それと時を同じくして、某私鉄大手の駅では。
——ザッザッザッ。
舗装された道を整然と歩む、数多の足音が響いていた。
スタイリッシュな真新しさを纏う駅舎から、次から次に吐き出される大勢の少女たち。彼女たちのほとんどが高校の制服を着用している。
皆が思い詰めたような真剣な顔をしていて、私語を交わす者は驚くほど少ない。
駅前のロータリーには、試験会場に向かう循環バスがピストン輸送で発着し、定員いっぱいまで飲み込まれては、順次目的地へと送り出されていた。
粛々と列をなし、バスに乗り込む女子女子女子。その姿はまさに、合戦に赴く
「このバスは、1600系統 天川卦目薬化大学行きです。途中駅では停車致しませんのでご注意下さい。定員になり次第、発車致します。出発までしばらくお待ち下さい」
大学受験の口火を切る全国大学入学セントラル試験、略してセントラル試験。その会場のひとつである天川卦目薬化大学は、旧来の薬科大学と理科系大学の化学部を複数統合・再編成された、国立薬化研究機関附属の国立大学である。
日本最大級の規模と質を誇る薬草園、美しい煉瓦造りのキャンパスと、林立する近代的な実験棟の数々。セントラル試験実施のために、今月一杯は受験生及び関係者以外の立ち入りは禁止になっていた。
セントラル試験は三日間に渡って行われるが、第一日目の今日は、文理共通基礎学力試験が行われる。試験会場は概ね学校単位で割り振られているため、私立栄華秀英学園高校三年A組のいつもの顔ぶれが、この会場に勢揃いしていた。
「だ、大丈夫、大丈夫ったら大丈夫ぶぶぶぶ。あ、あれだけやったもの。だ、だから、だだ大丈夫ぶぶぉぉおおおお落ち着け餅つけぇ降臨せよ、いつもの私ィィィ!」
「ユー子、小声とはいえ怖いよ。それに身体がカチカチじゃない」
「き、緊張して頭真っ白とか嫌、嫌なの。絶対に、絶対に結星君と同じ大学に行かなきゃ。なのに、ど、どうしよう」
「まずは、座ったまま手を前に突き出して。そこでグーパーグーパー。そのまま、手を頭の上に、はい、伸びーる伸びーる」
「それいいね。私も軽くストレッチしておこう」
試験本番を目前にして、高まる緊張を少しでも解消しようとする面々。そんな彼女たちに近づいてくる、他校の女子生徒のグループがいた。
「あなたたち、ここは体育館じゃないのよ。試験前の集中が乱れるから、準備運動なら外でやってちょうだい」
「ご、ごめんなさい」
「すみません」
騒がしくしたつもりはないが、簡易なストレッチをしていたのは事実で、目障りだったのならと素直に謝った。にもかかわらず、他校の生徒はなぜか直ぐには立ち去らない。グループのリーダー的な子が、誰かを探すように目線を彷徨わせていたが、その目がある人物の上で止まった。
「やっぱりいた。久しぶりね、高橋さん! こんなところで再会するとは思わなかったわ」
「シズ、知り合い?」
「うん、中学の同級生の……伊東さん。お久しぶり。同じ会場になるなんて、凄い偶然だね」
「私たちにとっては、とても残念なことにね。この大事な場面で、不純な動機で進路を選ぶような人たちと一緒になるなんて、ツイてないわ」
「あら。随分と言ってくれるじゃない。喧嘩売ってるの?」
「そんなつもりはないわ。ただ、雷霆女子を蹴ってまで行った高校がこれなのかと思って。日常的に男の尻を追いかけていると、こうも浮わついた空気になっちゃうのね」
シズが会ったのは、かつて雷霆女子を目指して切磋琢磨したライバルだった。当時から仲がよかったわけではないが、それにしても、久しぶりに会う同級生とは思えないほど、互いに険のある雰囲気で言葉を交わす二人。試験会場には相応しくない不穏な空気が漂い始めた。
「高橋……シズ? 全国公開模試の成績優秀者常連の高橋?」
「へぇ。この人が、男に走って人生を棒に振ったっていう、あの高橋さんか」
「男性優遇措置校に行ったのは、やっぱり奨学金と男目当て?」
「大人しそうな顔して男好きなんだね」
雷霆女子たちの言いたい放題に対して、言われてる当人のシズは冷静だったものの、他の栄華秀英メンバーが堪らず言い返した。
「ちょっと。今の聞き捨てならないんだけど」
「は? 男好き? シズは真面目な子だよ。理想がめっちゃ高くて、男なら誰でもいいってわけじゃない」
「ちょっとちゃっかりしてるけど、割と乙女性格でいい子だもん!」
「それに、男性優遇措置校だからって、ラッキーエロなんてそうそう転がってないんだからね!」
「そうよ。男に走ったのは確かだけど、超健全なの。お尻はちょっとしか触ってないし、棒だってまだ振ってない」
「「「えっっっ!」」」
「誰の尻?」
「ついに妄想?」
「いつ? 直にお触りしたわけじゃないよね?」
「きゃっ、エッチ!」
「そんなチャンスあった?」
「スト—— ップ! みんな試験前だよ。それ以上は、お口にチャックだから」
「……そうでした。脱線してごめん」
「クールダウンクールダウン」
栄華秀英メンバーのポンポン飛ぶ明け透けな会話(小声)に、顔を赤くしてワナワナ震える雷霆女子たち。
「な、なんて破廉恥なの! 信じられない」
「きっとわざとよ。私たちを動揺させて、蹴落とそうとしてるに違いないわ」
「そ、そうね。イケナイ。私としたことが、狡い罠にハマるところだった」
「こんな人たちと三日も同じ会場なんて困る」
「あら二日でしょ。まさか三日目はいないわよね?」
明日の第二日目は科目選択制応用学力試験が、明後日の第三日目は国立大学受験者用の研究者養成校選抜発展試験が実施予定だ。
「何がまさかか知らないけど、私も含めてウチからも何人かは三日目を受けるわよ」
「ふぅん、あなたも受けるの。雷霆女子にいなかった時点で、とっくに進路変更したと思ってたのに。大学は共学じゃなくていいのかしら? 国立雷霆医科大学には男はいないわよ」
「雷霆女子は雷霆医科大の附属校じゃないでしょ。受験に際して推薦や加点があるわけでもないから、他の高校からでも条件は同じよ」
「そうかしら? セントラルの足切りをクリアして、かつ二次試験に通るのは非常に狭き門よ。男性優遇措置校如きに、理系特化の雷霆女子のような手厚い二次試験対策ができるはずがないわ」
「そうよ。成功すれば、幾らだって男は手に入るのに。高校なんかで血迷ったことを後悔しないといいわね」
捨て台詞を吐いて気が済んだのか、雷霆女子たちはそそくさと離れていった。
「なにあの人たち」
「言わせておけばいいのよ。今は試験に集中しましょう」
「うんっ! 今のですっかり緊張がとれた。何だか闘志も湧いてきちゃったよ」
「自分たちだけが切磋琢磨してるとでも思ってるんでしょうけど、大間違いなんだから」
「三年間、イケメンオーラを浴びてきた私たちの底力を見せてやりましょう!」
「いざ参る! みんな、決戦の時間よ」
『間もなく試験の開始時刻です。指定の席に着席して、係員の指示に従って下さい』
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