全国大学入学セントラル試験 前編

 高校のものより広い、見知らぬ教室で着席していた。

 前にも後ろにも人が座っていて、左右はひとつ空けた席に、やはり誰かが座っている。

 ああそうか、試験なんだ。

 手元を見れば、既に裏返しになったB4サイズの試験用紙が配られている。


『試験開始です』


 開始のアナウンスと共に、試験用紙を表に返す。まずは名前を書かなきゃ。

 筆記用具を手に取って名前の欄に記入していたら、ベキっと嫌な手応えがあり、鉛筆の芯が折れてしまった。

 いけない。書き直さなきゃ 慌てて芯の折れカスで擦れてしまった名前を一旦消して、別の鉛筆で書き直した。

 さて。肝心の問題は…… えっ、なにこの設問? 最初がこれ?


 問1.以下の《》内の文章を英訳せよ。


 星結ぶ男君には可愛い彼女が何人もいます。週末のデート向けて、心はウキウキ。自信満々のデートプランをバッチリ準備済みです。


「これで彼女たちも大喜びさ。僕にかかればラブラブデートなんて朝飯前だよ」


 得意気な星結ぶ男君を見かねて、父親の星降る男さんが忠告しました。


「お手軽デートで満足しているようじゃ、僕みたいなハーレム帝王になるなんて夢のまた夢だよ。結ぶ男は、まだまだ精進が足りない。女性が心から喜んで尽くしてくれる。そうなるためには、もっとよく考えて、かつ自分自身を磨かなきゃ」

「父さん、俺はハーレム帝王になるつもりはないよ。ただ、俺のことを好きだって言ってくれる女の子たちと過ごす時間を大切にしたいだけなんだ」

「青いな。まだ収穫には程遠い未熟なバニラの鞘のような青々しさだ」


 結ぶ男君は自分なりに頑張っていたので、父親の言葉に反発する気持ちが湧きました。しかし、それと同時に、人生の先駆者である父親の意見を聞いてみたいとも思ったのです。


「俺の何がダメだって言うの?」

「女性は今が全てというような単純な生き物じゃない。君はその自分本位な考え方を直さなきゃ。《彼女たちは、俺たちよりも遥か遠い未来を見据えている。君が目先の行動にばかりかまけていたら、愛は指の間から溢れてしまうよ。自分が恋愛関係においてすべきだと思いついたことをやって、それでよしとしているようでは、愛など気まぐれに燃えるだけ燃えて、気づけば消し炭のように崩れてしまうだろう。男女間の愛なんて、それほどに不確実で脆いものなんだ》」


 恋が始まったばかりの結ぶ男君には、少し難しい話でした。でも少なくとも、刹那的に恋愛を楽しむだけでは足りないのだということだけは理解したのです。


 ええっ、今日って第1日目だよね? これって本当に文理共通基礎学力試験の問題? 応用学力試験の間違いじゃあ。

 そう思いつつも、なんとか解答を捻り出して書き始める。でも、なぜか書いても書いても終わらない。

 そして、ようやく書き終わって文章を見直そうとしたら、解答欄が真っ白だ。書き込んだ文字が全て消えてしまっていた。

 なんで? 俺、ちゃんと書いたよね?

 どうしよう、他にも設問があるのに。こんなんじゃ時間が足りない。他の設問もこれくらいの難易度ならマズいかも。慌てて他の設問を確認する。


 問2.次の原理について説明せよ。


「恋愛法則に関してすべての感性系は対等である。すなわち、あらゆる感性系において恋愛法則を記述する求愛方程式は、その形式が不変である」


 へっ、こんなの習った? 高校の履修範囲にはなかったよね、どうなってるの? つ、次のは……また英訳だ。


 問3.次の文章を英語に訳しなさい。


 日本人同士の求愛モーションにおいては、相手の「萌え」を捉えられるか否かが、結果を左右すると言われている。「いやよいやよも好きのうち」とはいえ、「萌え」を乱すような斜め上の発言や、相手の許容範囲を越える強引な振る舞いをする人間が、「独りよがり」という色眼鏡で見られてしまうのは、火を見るより明らかだ。

 だからといって、そのような事態を懸念するあまり、率直な恋情表明が肝心とされる局面、例えば本命の異性へのガチ告白の場でさえ、自分の恋心を口にするのに二の足を踏むのはいただけない。しかし、そういった消極的過ぎる傾向が日本人に見られがちなのも事実である。


 も、萌え?

 萌えって英語でどう訳すの? 確か英語にはない概念だって聞いたことがある。だったら、そのまま「moe」でいいのかな? 他にも「斜め上」とか、言い換えるのが難しい言葉がチラホラ。

「いやよいやよも好きのうち」は、本当は好きなのに、嫌いだって繰り返すって意味だから、「いいえ」は必ずしも否定を意味しないみたいな……『時間です』えっ、もう終了?


 そんなの困ると思ったところで、暴力的なまでの爆音に叩き起こされた。『スーパーバズーカ爆音超覚醒』——愛用の目覚まし時計が鳴る音が。


「もう朝か。夢で良かった。こんな夢を見るなんて、やっぱり不安なのかな? 気持ちを切り替えなきゃ。顔を洗ってくるか」


 今日はセントラル試験初日。もう大学から入学許可証は届いていて、試験結果は参考でしかないとはいえ、これまでにない大きな試験には違いない。日頃ぽやんと生きているけど、自分が案外小心者であることを再発見してしまった。


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