節分スペシャル

「受験お疲れ様。早速だけど、次の仕事の概要を説明します。資料はこれね。スタジオとロケと二段構えなのは前回と一緒。スタジオは撮影は段取りを把握してくれればOK。コンディションは良さそうだし、当日は身ひとつで来てくれたらいいから」


 はい、お仕事です。


 セントラル試験が終わるまでは、スケジュールを入れないように頼んでおいた。そして試験明けの今週、もう時間がないとのことで、明後日収録だというスタジオ撮影の打ち合わせに来ている。


 新年初の仕事は、エグザキッチンの特番への出演だ。放送が2月頭になるそうで、テーマは「節分」なのだとか。


「節分は誰もが知ってるし、日本人なら誰もが体験する行事だけど、どういった目的で行われているか知ってる?」


「えっと、厄除けですか?」


「正解! 節分は季節の変わり目、正確には新しい季節が始まる前の日にあたります。だから、実は節分と呼ばれる日は、春・夏・秋・冬と、年に四回あるのよね」


「そうなんですか? じゃあ2月の節分だけが、大衆的な行事として残ったんですね」


「そうね。春の節分は、旧暦では新年の始まりである立春の前日なので、大晦日的な日でもあるの。だから、新しい年の幸せを願って厄を払うという意味で、節分の中でもちょっと特別なのかな」


 今の暦の大晦日には、除夜の鐘を撞いて煩悩を払う。あれも元々は邪気払いだったらしいから、似たような意味合いの行事ってことだ。


「スタジオ撮影では、節分にちなんだ料理を作ってもらって、ロケでは子供向けのショーに参加して豆まきも行います」


 豆まきと聞いて、ふと結城からのメッセージを思い出した。


『節分の日に、当神社で豆まきイベントを行います。今年は派手にいっちゃうよ。参加ゲストは人気アイドルグループ「戦乙女 華可憐フラワーキューティ」! ミニライブもあるから、みんな来てね!』


 普段はツンな結城も、こと神社の集客になると熱心だ。以前、結城の家の神社で行ったボランティア清掃。あの時に、メッセージアプリに下級生たちと交流するルームを作ったんだけど、そこにちゃっかり参加して営業活動をしている。


「豆まき行事というと、神社かどこかで大勢に向かってまく感じですか?」


「ううん。そういう企画もあったんだけど、前回のロケの反響が大きかったのと、新製品の宣伝も兼ねて、今回も同じ路線で、しかしより派手に、花火なんかもドドーンと打ち上げて、極めて華やかに行きます!」


 花火? エグザキッチンって料理番組だよね? なんか脱線しているような気もするけど、新製品の宣伝かつ特番なら、そんなのもありなのかな?


 *


「本番行きまーす!」


 ロケ会場は、遊園地『金丹狗玉きんにくたまランド』

 絶叫マシンを始めとしたアトラクションはもちろん、3Dシアター、アーケードゲームゾーン、VR遊戯施設、水族館にプール、温泉、ゴルフコースまで備えた、大人も子供も楽しめる郊外型複合アミューズメントパークだ。


 マスコットキャラクターだと紹介された『玉ラン』は、その可愛らしい名前とは裏腹に、狼人間ウェアウルフを模したワイルドでマッチョな人狼ならぬ人狼犬の着ぐるみだった。

 筋肉+モフモフの合わせ技で、かつ変身能力まで持っている。俺様ダークヒーロー的なキャラ設定らしくて、3Dシアターで上映されている『満月の夜にハートを狙う』シリーズは、全年齢向けのデイシアター、大人向け(肌色成分が多くなる)のナイトシアター共に、大人気のコンテンツなのだとか。


 今回のロケは、遊園地内の『月の広場』で開催されている子供向けのキャラクターショーに、予告なしのゲリラ出演するという形で行われる。


 花火ドーン! っていうのは、どうやらこのショー内での演出らしい。


 キャラクターショーのシナリオは、『満月の夜にハートを狙う』の着ぐるみ版で、遊園地に遊びにきた少女たちを、玉ラン率いる人狼犬軍団が襲い、『無垢なる乙女の初心な心臓メイデンピュアハート』と呼ばれるサイコエネルギーを奪いにくる。危機一髪な場面で、人狼犬軍団の掠奪を防ごうと登場するのは、狼狗狩戦隊ウルワンハンターと呼ばれる正義の味方の少女たち——というアクションヒーロー設定だ。


 台詞は全て吹き替えで、予め録音した音声を使うため、細かく覚える必要はない。

 出演者に挨拶して、ショーの流れを現地で確認したら、もう衣装に着替える時間になっていて、あっという間に本番を迎えていた。録音常にカメラが回っているので、ちょっと落ち着かない。


 ——玉ラン、貴様の思い通りになんかさせない。今すぐ子供たちを解放しろ! 『無垢なる乙女の初心な心臓』は私たちが守ってみせる。


 ——お断りだ。邪魔者は返り討ちにしてくれる!


 ここで荒ぶる着ぐるみマッチョ軍団と狼狗狩戦隊のアクションシーンが繰り広げられ、正義の味方が劣勢になるハラハラ展開となる。


 ——ダメ! このままじゃ、負けてしまう。必殺技を出すしかないわ。

 ——でも、必殺技のサンシャインプリズムビームを使うには、太陽の光が弱すぎる。私たちだけじゃ無理よ。

 ——会場のみんな、お願い、力を貸して! みんなの声が、悪い奴らを倒す力になるの。

 ——いい? 私に続いて、声を合わせて『サンシャインプリズムビーム』って大きな声で叫んで。今だ! いくよ! 太陽の裁き、サンシャインプリズムビ——ム! 


「「「さんしゃいん、ぷりずむびーむ!」」」


 幼女たちの高い声が響くと同時に、七色の照明が舞台を次々と照らす派手な演出がなされて、本来のシナリオでは玉ランたちは、ここで捨て台詞を残して撤退するはずだった。


 しかし、今日のシナリオはイレギュラーな特別版。そろそろ俺の出番がやって来る。


 ——うわぁぁぁぁ! やめろ——っ! 太陽の光は苦手なんだ。悪いことはもうしない。だから、この光を止めろ!

 ——やったか!? ……なにぃ!?

 ——なぁんてね。ふぁあっはっは! 確かに太陽の光は俺様の弱点だが、いつまでもやられっぱなしなんて思うなよ。この『日蝕の盾』がある限り、お前らの攻撃はもはや通用しない。

 ——えっ、どうして? サンシャインプリズムビームが防がれた?

 ——日蝕の盾だと! 貴様、いったいどこでそれを手に入れた?

 ——さぁてね。野郎ども! 行け、蹂躙だ!


「あれ? いつもと展開が違うね」

「ニューバージョンかな?」


 会場を映す進行モニターと集音マイクが、一部のリピーターっぽい大きなお友達たちが首を傾げる姿と、疑問を呈する声を拾ってくる。そう。本日限定のニューバージョンです。参加しているみんなが楽しんでくれるといいな。


 —— 者ども。そこに沢山いる無垢な子供たちを攫ってこい!


 狼狗狩戦隊をなぎ倒し、観客席になだれ込む人狼犬軍団。子供向けのショーなので、観客の大半は母娘連れだ。子供の中には、結構マジで怖がっている子もいて、そういった子供はもちろん避け、抱っこしてと目をキラキラさせて待ち構えているような子供を抱えて舞台上に連れて来る。


 ちなみに、玉ランを首領とする人狼犬軍団は、マッチョな人型狼犬のスーツを身につけた女性の役者さんが扮している。みなさん、女性にしては体格がよくて力持ち。危なげなく子供たちを運んできた。


 ——大漁だ! これだけ沢山の『無垢なる乙女の初心な心臓』を手に入れたら、俺様は闇の世界の帝王にもなれるに違いない。

 ——やめて! 子供たちを犠牲になんてさせないわ。

 ——そのざまで、何ができるっていうんだ。笑わせてくれるぜ。この場に俺様に敵う者なんて一人もいないさ。


 ——それはどうかな?


「出番です!」


 ここで舞台前面から垂直に花火がドーン! と打ち上がる。煙幕に霞む舞台に颯爽と登場する、新たなダークヒーロー。


 —— そこにいる小さなレディたちは、私の永遠の花嫁の大事な候補生だ。貴様の思い通りにはさせやしない。


 ——お前は誰だ?


 ——おっと失礼。自己紹介がまだだったね。永い時を生きてきたけれど、人は私のことをこう呼ぶ。華麗なる闇の支配者『吸血王子ルスヴィン』とね。


 ——吸血王子だぁ? 吸血鬼。つまり同じ闇の眷属かよ。でも、俺様の邪魔をするなら容赦しねえ。


「えっ、ルスヴィン? ちょっと煙幕邪魔! 顔がよく見えないじゃない」

「どうせ着ぐるみ……じゃない?! 生? だ、誰? 誰がルスヴィン役なの?」


 ——会場のレディたち。遅くなってごめんね。君たちを傷つける悪い狼と狼犬を退治しに来たよ。


「ゔぁんぷ・るすゔぃんさまーーーっ!」

「あっ、まえにテレビでみたのとおなじ! ほんもののきゅーけつおうじさまだ!」

「おうじが、おうじさまが、えいえんのハナヨメをたすけにきたのねーーーっ!」


 小さなお友達が母親の手を振り切り、その場ですくっと立ち上がる。興奮してこちらに駆け出してきそうな勢いだったが、俺がもの問いたげな視線を向けると、ハッとしたように動きが止まり、スカートの裾を摘んで一斉に可愛らしいお辞儀をした。


 ——小さなレディたち。素敵なカーテシーだね。まさに私の未来の花嫁に相応しい。そこでお行儀よく狼退治を見ていて。上手にできた子には、後でご褒美をあげるよ。


 で、ここでニッコリ笑顔だったか。


「きゃーーっ!」

「すてきすてきすてき!」

「るすゔぃんーーーっ! いますぐわたしをつれてって!」


 で、ここからは、人狼犬軍団との格闘シーンなわけだけど、事前に練習した通り、手に持った月光剣で右・左・右と大振りに切ったふりをすると、役者さんたちがバタバタと倒れてくれる。


 ——クソっ、なんだこいつは。強過ぎる。

 ——月光剣では闇の眷属の命までは奪えない。でも、弱らせることはできる。弱体化してしまったら、太陽の光には耐えられないはずだ。傷が軽い内に逃げた方がいいよ。

 ——チッ、撤退するしかないか。だが、最後に一矢報いてやる。俺様の捨て身アタックを喰らいやがれ!


 台本では、突進して来る玉ランをギリギリで躱しながら、切り捨てるふりをするはずだった。が、玉ラン役の人がなぜか走る方向を修正して、正面衝突——ではなく、正面から抱きつかれてしまった。


 玉ラン役の人は、女性にしては背が高いけど、さすがに俺よりは10センチくらい低いので、胸に飛び込まれた形だ。なんか息がハァハァしているみたいだけど、具合でも悪いのかな?


「……もう、死んでもいい。首切り上等。一生の思い出」


 えっ? 玉ラン役の人が何か言ったけど、狼犬の被り物をしているせいか、声がくぐもっていてよく分からない。


「だめぇぇぇ! るすゔぃんさまをはなして!」

「このままじゃ、たまランがえいえんのはなよめになっちゃう!」

「るすゔぃん、にげてぇ——っ!」


 舞台上に連れて来られていた幼女たちが、俺と玉ランを引き離そうと群がってきて、見事な団子状態になった。このままではショーの収拾がつかなくなるのではと焦ってしまう。


 しかし、この台本外の出来事に、機転を効かせた音声スタッフが再度あの台詞を流した。それに合わせて、玉ラン以外の役者さんたちも即座に対応して動き始める。


 ——会場のみんな、お願い、力を貸して! みんなの声が、悪い奴らを倒す力になるの。

 ——いい? 私に続いて、声を合わせて『サンシャインプリズムビーム』って大きな声で叫んで。今だ! いくよ! 太陽の裁き、サンシャインプリズムビ——ム! 


「「「さんしゃいん、ぷりずむびーむ!」」」


 本気顔の幼女たちが心をひとつにして叫ぶ「サンシャインプリズムビーム」の声に合わせて、七色の照明が先程の倍増しで舞台を次々と照らす中、玉ランは人狼犬軍団に引きずられるようにして舞台から降ろされた。


 ——良い子のみんな。今日は会えて嬉しかった。君たちがいつか本物のレディになった時に、永遠の花嫁として迎えに来るよ。それまで待ってて。


 その後は、なんとか元通りの進行に戻して、俺も舞台上から引き上げることに成功した。


《ご来場の皆様にお知らせ致します。キャラクターショー『満月の夜にハートを狙う』及び、ゲリライベント「吸血王子ルスヴィン襲来!」は、ただ今を持ちまして終了致しました。お出口で、ゲリライベントの参加賞として、当施設のアーケードゾーンで使用できるトレーディングカード付きのお菓子の配布を行います。無料配布は、お一人様一点限りとなりますのでご了承下さい》


「参加賞だって。さっき言ってたご褒美ってやつかな?」

「遠くからだったけど、リアル生王子を見ちゃったね。それも貴重な吸血王子バージョンの。みんなに自慢しちゃおうっと」

「さっき掲示板に情報をぶち込んだ。たぶん今頃、阿鼻叫喚」


《ご来場の皆様にお知らせ致します。本日午後1時より、「月の広場」にて、当園の人気キャラクターが大集合する豆まきイベントを行います。本日は特別ゲストとして、吸血王子ルスヴィンに扮する、CMタレントの武田結星さんをお迎えしています。ご参加にあたっては、イベント専用チケットが必要です。当日券をお求めの際は、最寄りのチケットブースにお立ち寄り下さい》


「い、急げ!」

「豆まきの当日券? まだ買える?」

「分からないけど、チケットブースまで全力ダッシュ!」

「分かった! 二枚以上買えるなら、先に着いた方が買うってことで、よろしく——っ!」

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