第6部 桜が咲くその時は 編

冬から春へ

RE:初夢


 むにゃむにゃ……はふっ……眠い。


《あなたの番です。ルーレットを回して下さい》


 微睡を引き割くように、急に入り込んできた無機質な声。それが合図であったかのか、暗かった視界がパッと明るくなった。


 ……うぉっ、眩しっ! えっと、いったい何が起こった?


 伏せていた頭を上げて、最初に視界に入ったのは、白く大きな輪っかだった。どうやら、その輪っかにもたれかかるようにして寝ていたらしい。


 そこから更に目線を上げる。すると、すぐ目の前に、仕切りのような大きく透明な板が見える。


 これって、フロントガラスか?


 再び視線を下に下ろすと、白い輪っかは車のハンドルを模しているように見えた。思わず足元を覗き込んだ。


「アクセルとブレーキだ」


そして、左側にはオートマチック車のギアまであった。なぜか自分は、車の運転席にいるらしい。


 俺、運転免許なんて持ってないよ? ナチュラルな疑問が頭に浮かんだ。


《公道ではないので問題ありません》


 ならいいか……じゃ、なくて。さっきから話してるの誰? 俺が今、絶賛運転席にいる理由って? いや、そもそもここどこよ?


 この訳の分からなさは夢っぽい。でも、夢なりに現状把握をしたくなった。


 ふむ。乗っている車は、黄色いボディのオープンカーだ。フロントガラスを通して、優美なラインに湾曲したボンネットが見えている。


 ダッシュボードやシートは、艶々したキャラメルブラウン。なんか、凄く甘ったるい配色だ。お菓子の家ならぬ、お菓子の車みたいな。


 全くリアルな感じはしない。見た目と質感がオモチャみたいで、やけに美味しそうな匂いもしている。


 で、ここにいるのは俺だけ? 


 ボッチ夢なんて寂しくね? と後ろを振り返ると、奥行きのある後部座席が目に入った。1、2、3……4列シート。随分と車体が長いな。


 その最前列には、可愛らしいパステルカラーのヒヨコの縫いぐるみ——じゃない、よく見たら砂糖菓子だこれ。デコレーションケーキの上にちょこんと載っていそうなやつ。


ただやたらデカい。あれの巨大バージョン。それが3つもある。なぜここでヒヨコ? 


 丸っこいダルマみたいな体型の、愛嬌があるヒヨコたち。サイズはバスケットボールよりひと回り大きいくらいだ。それぞれ頭に色違いのリボンをつけている。赤・青・緑。食紅カラーなのかな? これもパステルカラーっぽい色調になってるけど。


《あなたの番です。ルーレットを回して下さい》


 また催促かよ。そんなに俺にルーレットを回させたいの? やけにこれみよがしだから、やっぱりこれがルーレットなのだろう。他にはそれっぽいのが見当たらないしね。


 無意識にニギニギしている内に、ちょっとベタついてきた白いハンドルには、リムの部分に1から10までのカラフルな数字が振ってある。


 うん、めっちゃ既視感湧くわ。


 子供の頃にやった人気ボードゲーム「リアルライフドライブ」。ルーレットを回して、出た目の数だけ車型の駒を先に進める、いわゆる双六的なゲームだ。その付属品のルーレット。勢いよく回すとカラカラ鳴るやつ。あれによく似ている。


 改めて車の進行方向をよく見ると、黄色い石畳が伸びている。起伏のある緑豊かな風景を貫く、緩やかに蛇行した一車線の車道。

 そんな風景も、まるで旧いファンタジー映画のセットやアミューズメントパークのアトラクションみたいで、とても現実とは思えない。


 テーマパークだとしたら「お菓子の国」かな、ここは。


 道路標識からして普通じゃないしね。柄は標識っぽくしてあるけど、よく見ると渦巻き模様のペロペロキャンディだし。

 空に浮かぶ雲もポップな色をした綿菓子みたいで、触ったら溶けちゃいそうだ。


 夢は深層心理を隠しているなんてよく言われる。なら、こんな砂糖の塊みたいな高カロリーの夢を見ている俺の心理は? 腹空かせて寝ているとか?


《あなたの番です。ルーレットを回して下さい》


 三度目の催促。よく分からないけど、指示通りに回してみることにする。どうせ夢だ。中央にある筒状の回転軸を思い切って捻ると、覚えのあるカラカラとした軽い回転音と共に、勢いよくルーレットが回った。


出た目は「7」。


1、2、3、4……と、車なのに一歩一歩、おそらく、ひとコマひとコマ車は進んでいく。


「7! 到着っと。これがあのゲームなら、何かするべき指示があるはずなんだけど……」


《全国大学入学セントラル試験のため、1回休み》


「えっっ?」


 そんな妙に現実的リアルなアナウンスで目が覚めた。

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