◇SNS プリンスメーカー

「じゃじゃーん! お兄ちゃん、見て見て。こんなアプリを買っちゃった」


 ウキウキとした掛け声と共に、結衣がゲームのパッケージを差し出してきた。


 先日、西急フィートに出かけた際に「いいこと思いついちゃった!」と言って予約していたアプリが、今日届いたらしい。


「プリンスメーカー?」


「そう! いわゆる着せ替えアプリなの。それもVR用のパーソナルデータを取り込めるんだよ」


「でもVRでコスプレって、当たり前というか、珍しくないんじゃないの?」


 俺もバトフラで鎧武者の格好なんかをしている。プリンスということは、王子様的衣装が沢山あるのかもしれないけど、今更な感じがしなくもない。


「このアプリが大人気なのは、ちゃんと理由があるんだよ。男性用の衣装が数えきれないくらい揃っていて、コーディネートも自由自在。シチュエーション背景もいろいろ。さらに完成画像をアウトプットできちゃう!」


「ふーん」


 女の子が喜びそうだなとは思った。でも着せ替えと言われても、男の俺にはあまりピンとこない。それに男が少ない世界で、男性用の衣装のコスプレゲームが、なんで人気なの? と、そこは不思議に思った。


「ふーんって、もう! 分かってない。格好いいお姉さんが着れば男装の麗人になる。じゃあ、お兄ちゃんが着れば?」


「えーっと。普通にコスプレ?」


「ぶっぶーっ! そうなんだけど、そうじゃないの」


 なんか結衣がジタバタしてる。えっと。でも、いったいどこがどう違うわけ?



 結衣から話を詳しく聞いてみると、女性自身が男装する目的で利用するのは少なくて、通常はCGの男性データを使用して、理想の王子様や理想の魔王様みたいなのを作って遊ぶものらしい。


 このゲーム限定で使用できる人気乙女ゲームや3DアニメのキャラクターCGが続々とオプションとして販売されていて、推しキャラをコスプレさせて萌えとやらを楽しむんだそうだ。


 男性保護法施行下では、生身の男性のVRデータなんて、そうそう手に入らない。だからそういったフィクションデータを用いた利用法がメインになっているんだって。


 でも、うちには俺がいる。


「じゃあ早速、王子様を作成開始!」


 結衣がやけに勢い込んで、キャッキャしながら俺のコスプレ写真を次々に作り始めた。でも、そんなに作って、いったい何に使うつもりなんだろう?



ユー子:フリフリ王子……素敵。素敵過ぎる。おフリルが似合い過ぎるーーーっ!


キョーコ: 私的には海賊王子が一推し。もうめっちゃワイルド! ドキドキしちゃう!


シズ:やっぱり魔王よ。結星くんに、こんなに悪役キャラがハマるなんて意外。美形だけに凄みがあるし、このダークな感じがギャップ萌えなんですけど


ミカ:おいおーい。いったいなんの話?


ひな:王子組が変になってる。暑さと勉強のし過ぎで脳が煮えた?


ユー子:うふふふふっ。次はどんなシチュエーションをリクエストしちゃおうかな


シズ:寝顔……とか、よくない? お花畑で埋もれながら、お姫様の目覚めのキッスを待つ王子様なんて


キョーコ: いいっ! それめっちゃいい! 早速結衣ちゃんにメッセージを送っておく


ユー子:キ、キッス。想像したら鼻血が……ティ、ティッシュどこ?


ひな: ユー子ったら。そう書いている間に鼻栓しなよ。で、さっきから何を盛り上がってるの?


ラン:フリフリ? 海賊? 魔王? いったいなに!


キョーコ: それがね。結衣ちゃんが、プリンスメーカーを買ったんだよ。どうやら私たちのために


チカ:なぬ? 


ラン:あれ今人気なんだよね。うちにもあるけど……まさか、王子の生データで着せ替えをやったわけ?


シズ:ピンポーン! 結衣ちゃんが、結星くんをいろんな衣装にお着替えさせて、できた画像を送ってくれるの。これを見て。受験を頑張って下さいって、こんなに沢山


ミカ:な、なんて羨ましい。そしてなんて良い子!


ユー子:もうね、鼻血が止まらない。まるっきり本人みたいで、写真集のよう


ラン:そりゃあVRのパーソナルデータなら、ほぼほぼ本人でしょ。王子が王子様の格好をして、海賊になって、魔王にもなっちゃう? ヤバッ、それ私も見たい!


サキ:生データか。それだと結城くんは、どう考えても無理だね


ミカ:だよね。お姉さんたちに頼めるほどまだ親しくないし、なにより本人が絶対に嫌がる。見たいけど無理。あーあ


チカ:そうだ。その手があるじゃん!


ラン:その手って?


チカ:上杉くんは押しに弱い。だから、あの三人組を誘えば何とかなるかも? 


ラン:なるほど、パーソナルデータは厳しいかもしれないけど、ダメ元で聞いてみるか。あの三人と親交を深めるきっかけになるかもしれないしね


ひな:うーん。男性保護法があるから生データ使用は頼みにくいよね。どうしようかな。コスプレ写真を見たいけど迷う


ミカ:仕方ない。私たちは結城くんの二次元写真の加工でもするか


サキ:だね。それは暇そうな早苗にやらせよう。この間の詫びも兼ねて



ユー子:途中入塾のカトリーヌの美人が、なんだかやけに親しげな件


キョーコ:なにそれ?


ユー子:いい人なの。美人で賢いのにフレンドリーで。誘われて、お昼を一緒に食べたり雑談したりしてる


シズ:誰にでもそうじゃなくて、ユー子がロックオンされてるってこと?


ユー子:ううん、そういうわけじゃない。人数が少ないクラスで、今までは他人は他人、自分は自分って感じでバラバラだったんだけど、一気にそれをまとめ上げて、受験頑張ろうねってなんだかクラスがいい雰囲気になりつつある


ひな:なるほど。そういうところは、さすがにカトリーヌか。女心の掌握が上手い。ちなみになんて人? カトリーヌ生の従姉妹に確認してみる


サキ:えっ? もしかして憧れのお姉様ってやつですか? きゃっ♡


ユー子:うん。そんな感じかも。百合百合の世界でめっちゃモテそうなタイプの子だよ。名前は苗字が山県で、下は麻耶さん


シズ:そんな優秀かつ目を引くカリスマ美人が、外部受験? うーむ。


キョーコ:外に目を向けたきっかけってなんだろう?


ラン:交流会! カトリーヌなら交流会で、うちの男子が学校訪問をしてるよ


ミカ:あり得る。なにしろうちの男子生徒はレベルが高いから


ラン:その山県さんは、ユー子が栄華秀英の生徒だって気づいてるの?


ユー子:どうだろう? 夏休み中は私服で予備校に行っているから、分かってないかも


ミカ:お互いの学校の話題は出ない?


ユー子:うん。今のところ出てないよ


ミカ:ふーむ。ユー子が王子の彼女だっていうのは、とりあえず内緒にしておいた方がいいかもね


ユー子:か、彼女。彼女かぁ。結星くんの彼女……また鼻血が出ちゃう


ひな:まだそれで鼻血出るの? そろそろ慣れようね


チカ:まあ、その初々しさがユー子のいいところでもあるけど。でもいつまでも鼻血はないか


ユー子:なるべく出さないように気をつける


ミカ:頑張れ。せっかく大学に受かってキャンパスデート中に流血じゃあロマンスも吹っ飛ぶからね


ユー子:ガーン! 吹っ飛ぶ? 私の恋が飛んじゃう? それはイヤーーッ!


シズ:どうどうっ! 落ち着いて。結星くんは優しいから大丈夫だよ。ちょっとずつ鍛えていこう


キョーコ:そうそう。結衣ちゃんがくれた写真を眺めて訓練しな


ユー子:そうする。でも結星くんに見られているみたいで、余計にドキドキしちゃいそう


ひな:返信きた。山県麻耶さんは、元生徒会メンバーで副会長。白薔薇様の親友でみんなの憧れのお姉様です……だって


ラン:うわぁ。あそこの生徒会役員って確か人気投票で決まるんだよね。実は凄い有名人なんじゃないの?


ミカ:カリスマも納得か。そういうハイスペック女子が共学に来ると困る。競争率がめっちゃ上がるじゃん


サキ:高校で男子から確定をもらってない身としては焦るよね


キョーコ:凄い美人なんでしょ? もらっていても焦るかも


ひな:どうかそういう人とは志望校が別でありますように!


ラン:強力なライバルが増えるのは困るよね


チカ:さて。そろそろ雑談は切り上げて勉強するか。もう秋は目の前!


シズ:プレッシャー半端ない。あっという間に時間が経つね。じゃあ、気持ちを切り替えて、みんなで頑張ろう!

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