夏 番外編

5ー16 タコパの後は

 田原早希が予備校の夏期講習から帰宅すると、なぜか玄関に妹の早苗が待っていた。それもおかしな格好で。


「早苗、あんたなんでこんなところで土下座してるの?」


 あまりの不審さにそう尋ねると。


「申し訳ございませんでしたぁぁぁーーーっ!」


 いきなりの早苗の謝罪。


「なにそれ。私に謝ってるの? それも土下座で。何に対してか知らないけど、やめてよ。それじゃあ私が鬼姉みたいじゃない」


 早希と早苗は、日頃決して仲が悪いわけではない。二つ年上の姉の早希がちょっとばかり強いだけで、せいぜい軽めの口喧嘩をする程度だった。それも早苗がすぐに折れるので、喧嘩が長引いたこともない。


 なのに土下座。いったいこの妹は何をしたのだろう? そう思いつつも、ここまでされたら、たいていのことは許す気でいた。


「さ、先に誠意を込めて謝っておこうかな、なんて。とにかく本当にゴメンナサイ! ゴメンナサイったらゴメンナサイ!」


 姉の様子をチラッと伺いながら、早苗がもう一度、謝罪の言葉を口にする。でも未だ立ち上がる気配は全くなく、体勢は土下座のままだ。その尋常ではない怯えよう。


 そこでようやく早希は気づいた。妹が自分の地雷をピンポイントで踏み抜くような、とんでもないことをしでしかしたのではないかと。


「とりあえず立ちなさい。私は凄く疲れてるの。玄関で話を聞くなんて真っ平御免よ。リビングで、あんたの土下座のわけを聞こうじゃないの」


 *


「えっと。順を追って話すと、お姉ちゃんが朝出かけてから、結衣ちゃんからメッセージが入ったの」


「ふーん、なんて?」


「家でタコパをするから、お昼に来ませんかって」


 早苗が王子の妹である結衣と仲がいいことは知っていた。朝の登校でよく一緒に行っていることも。


 自分が勉強しているときにタコパ? そう思わなくもなかったが、そこを羨んでも仕方がない。なにしろ学年が違うのだから。でも一応状況は聞いておこう。この時はそんな気持ちでいた。


「タコパ? 楽しそうね。よかったじゃない。夏休みなのに、家で暇していたわけだし。でも結衣ちゃんの家ってことは、王子もそこにいたってこと?」


「う、うん。武田先輩もいるって話だったの。最初は、結衣ちゃんと、武田先輩と、私と陽花ちゃんの四人だって言われて、喜んで遊びに行ったの。最初は本当に本当に本当に本当に四人だけのはずだったの」


 くどいほど念を押す早苗の様子に、早希もさすがにピンとくるものがあった。


「最初はってことは、蓋を開けたら他の誰かがいたってわけ?」


「……うん」


「それが、早苗が玄関で土下座していた理由?」


「………うん」


「つまり、私の逆鱗に触れるような人が参加していたわけだ」


「…………うん」


 ほぼ答えの予想は付いていた。だから、落ち着いて話を聞き出すこともできたはずだった。でも、脳内で湧き上がるイメージがそれを許さない。思わず拳をテーブルに打ち付け、叫ばないではいられない。そんな衝動が早希を襲った。


〈ドンッ!!〉


「吐け! 吐きなさい。王子の家で、いったい何をしてきたのか、誰に会ってきたのか。それと、どんな楽しい出来事があったのか。今ここで全部吐きなさい!」


「ごめんなさーーーいっ!」


 *


「えっとね。結衣ちゃんの家に着いたら、参加者がもう一人増えたよって言われて……それが、ゅぅ……だったの」


「聞こえない」


「ゆ、結城……先輩がいました」


「なんで? なんで結城くんがそこにいるの? その理由は?」


「買い出しの途中で、公園でばったり会ったそうです」


 結衣から聞いた偶然の出会いを簡潔に話す早苗。本当に偶然であったことを強調して。


「なるほど。呼ばれたわけじゃないのね」


「そうなの! ちょうどお昼時だったから、誘ったら参加することになったって……」


 事情を聞いてみれば、早苗が悪いわけじゃないことは明らかだった。まだもやもやっとするのは、単に羨ましいだけだ。


 ここまで謝られて許さないのも姉として狭量な気がするので、この辺りでもういいかと、早希は思った。


「……じゃあ仕方ないわね。あーあ。いいなぁタコ焼き。食べたかったなぁ、タコ焼き。きっとすっごく美味しいかったんだろうなぁ」


「食べる? お姉ちゃんにお土産があるの! 結城先輩お手製のタコ焼き」


「マジ? お手製? 結城くんが焼いたの?」


「うん! 結城先輩はタコ焼きを作るのがとっても上手で、沢山焼いてくれたの。食べきれないくらい。だからお土産にどうぞって2パックもらってきました」


「早苗、よくやった! 褒めてつかわす!」


「えへへ。お姉ちゃん、夕飯まだでしょ? 今すぐ食べるなら温め直すけど、どうする?」


「食べる。もちろん、食べるから!」


 気がついたときには、2パック全て8×2=16個を一人で完食していた。もうお腹いっぱいである。


「ちょっと食べ過ぎたかも。でも美味しかった。結城くんのタコ焼き。凄く凄く美味しかった」


 恋する相手の手作りタコ焼き。余り物のお土産とはいえ、特別なスパイスがかかったタコ焼きは、やはり特別な味がした。


「屋台で買うタコ焼きみたいだよね。結城先輩がタコ焼きをクルクルひっくり返すのが、まるでプロ並みで、手際がよくてびっくりしちゃった」


「ご馳走様。やば。一気食いしちゃったせいで、お腹パンパン」


「……実は、お姉ちゃんにもうひとつお土産があります」


「なに? もうこれ以上は食べれないわよ」


「食べ物じゃないから大丈夫。はいこれ」


 そう言って早苗が差し出したのは、小洒落た額に入れられた一枚のカードだった。カード自体は名刺サイズくらいの小さなもので、花柄の縁取りがある可愛いらしいデザインではあったが、よくあるメッセージカードに過ぎない。


 でも早希にとっては、そこに書かれた内容が問題だった。


《早希さんへ 受験応援してる by 廉》


「これは?」


 カードから、そこに書いてある文字から目が離せない。


「結城先輩直筆の、お姉ちゃん宛の応援メッセージだよ」


 手紙の返事は決して書かないと超有名な結城からのメッセージカード。


 SSRスーパースペシャルレア……いやURウルトラレア。もしかしたらLRレジェンドレア級かもしれない。いずれにしても、超レア品であることは間違いない。恋する乙女にとっては、とても貴重に思える品だった。


「結城くんが、これを私に?」


「そう。姉へのメッセージをもらえませんかって、結城先輩に試しにお願いしたら、いいよって快く書いてくれたの。お姉さんによろしくねって言ってたよ」


「早苗〜っ! もう大好き。でかした! あんた偉い! 妹のかがみ!」


「えへへ。よかった。喜んでもらえて」


 タコ焼きと結城からのメッセージカードで、心もお腹もポカポカと温かくなった早希は、感激ひとしおの気持ちが一段落した後、ハッと気づいた。


 これってもしかして、抜け駆けになるんじゃあ。


「早苗、メッセージカードって、これだけだよね? まさかミカのぶんなんて……」


「あっ! ごめんなさい。そこまで気が回らなくて、それ一枚っきりなの」


 タコ焼きを完食したのはまだ言い訳ができる。夏場だからセーフ。でもカードをもらったことは、どこかでバレそうな気もするから、友人のミカに隠し通すことは無理な気がした。


「どうしよう〜どうやって謝ろう……」


 姉の許しを得て、晴れやかな顔の早苗とは対照的に、今度は早希が悩む番であった。ひしっと、胸に結城からのメッセージカード入りの額を抱きしめながら。



 *


 早希が友人への弁明を思い悩んでいた頃、ひと仕事終えた早苗は、アイデアを出してくれた友人に早速報告を入れるところだった。


(お姉ちゃん、すっごく喜んでた。思い切って結城先輩にお願いしてよかったな。あの時はすっごく緊張したけど)


「早苗。早希先輩対策として、いい考えがある。これ使ってみて」


 そう言って陽花が差し出したのは、女の子らしい可愛いらしい柄のメッセージカードだった。友達同士で、ちょっとしたお礼を書いたり、連絡先を交換したりするのに使うもので、見かけによらずマメな陽花が持っていてもおかしくない。


「これをどうするの?」

 

「結城先輩に、メッセージをお願いするの。早希先輩宛の応援メッセージを」


「書いてくれるかな?」


「ダメ元じゃない。やってみようよ。もしダメで結城先輩にウザがられたとしても、武田先輩にお姉さん想いの子だなって印象付けられるから損はないよ」


「それもそうか」


「そう。万一成功したら、もうけものくらいの気持ちで頼んでみよう。それがあれば、大手を振って家に帰れるよ」


「そっか。家に帰れるなら。うん、やってみる」



「お願いします!」


 そう言って、結城にカードを差し出すとき、手が震えていた。


 自分の家庭内での居場所が、いや命がかかっているかもしれない。そんな必死な思い。その本気さが伝わったのか。


「いいよ。頑張ってね! くらいでよければ」


(やった!)


 陽花の勧めでカードを入れる額を買い、プレゼント感をUPさせた。それもよかったのかもしれない。


《陽花ちゃんのアイデアのおかげで、なんとかなりました。ありがとう!》


 友人にメッセージを送信して、慌ただしい早苗の一日は無事に終わりを告げた。



 


 


 

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