5-15 夏の終わりの花火大会
8月も明日で終わる。
夏休みの間、受験勉強で大変だった女の子たちを労うために、北条が打ち上げを企画してくれたので、みんなと待ち合わせをしている埠頭にやって来た。
「今日はお世話になります。それにしても、花火大会を観るために貸し切りクルージングなんて、凄い贅沢だね」
「慶子さんが、本格的に受験入る前に、みんなで楽しんでくればって用意してくれたんだ」
「本当に会費はいいの?」
「うん。その代わり、後でアンケート冊子を配るから、みんなの意見を聞かせてね。ページ数はあるけど、ほぼ丸つけして選ぶだけだから、そんなに時間は取らないと思う」
「一生懸命書くよ」
北条のエルダーパートナーである三好さんからの思わぬプレゼント。
8月中はスケジュールが男女バラバラで、みんなもお互いにゆっくり会える機会はあまりなかったから、この申し出をありがたく受けることにした。
「でも本当に結衣たちも参加しちゃってよかったの?」
「うん。C組男子も来るから、人数合わせ的に来てくれた方が助かる」
そう言えば、他は全員相手が決まっているか。
今回の参加者は、A組男子5人・女子8人、C組男子3人、斎藤の奥さんと娘さん、そして結衣とその友達の田原さんと相良さん。総勢21名になる。
「結城のお姉さんたちは?」
「慶子さんに、未婚の女性で歳上の人は呼ばないでって言われているんだ。それに、今回は同じ学校の生徒で盛り上がりたい気分なんだよね。斎藤の奥さんも卒業生だから丁度いいし」
「えっ! 斎藤の奥さんって先輩なの?」
「そっか。武田は編入だから知らないんだ。斎藤と明智先輩って、それはもう大ロマンスの末に結ばれたんだよ」
「うわぁ。イメージできない」
あのクールな斎藤が大ロマンス。それめっちゃ気になるんですけど。そして奥さんの旧姓を初めて知った。
この世界は通い婚が主流なので、結婚しても姓が変わらないのがデフォルトだけど「選択制夫婦同姓制度」を利用して夫婦で同じ姓に揃えることも可能だ。うちの両親や斎藤夫婦みたいにね。
今年の始めに娘さんが生まれて以降、斎藤はイクメンパパをしていたらしくて、こういった集まりには全く出てこなくなっていた。だけど、今回は珍しく斎藤も参加している。それも家族で。これは凄く嬉しい。
「このクルーザーにはベッドルームがいくつもあるから、赤ちゃん連れでも大丈夫だよ、気分転換に来てみたら? そう言ったら参加するって」
「なるほどね。お子さんが泣いたり眠くなっても、別室があれば慌てなくて済むってわけか」
「あとオムツを変えたり授乳したりするのも、気兼ねなくできるでしょ? これ全部慶子さんの受け売りなんだけどね」
おおっ。エルダーの女性ならではの気遣いかも。
「もしかして、三好さんと斎藤の奥さんって知り合い?」
「ううん。そうじゃないと思う。でも、学生なのに出産や育児を両立するのは大変だろうって心配してた」
「斎藤の奥さんって大学生なの?」
「そう。今は育児休学中みたいだけどね。秋学期から復学してオンライン授業で単位を取得をするつもりだって斎藤から聞いてる」
「お子さんが小さいのに、もう復学するの?」
「だいたいそんなものじゃない? どちらかというと休学期間が長い方かも。出産前後で一年間も休学するって」
ああそうか。
この世界は託児環境が充実しているから、出産後は産婦の身体が回復すれば、直ぐに仕事に復帰することが多いと聞いたことがある。
「女性は大変だね」
「僕もそう思う。だから、このパーティで少しでも楽しんでくれたらいいな。じゃあ、そろそろ時間だから、船に乗ろうか?」
「えっ? でも、他の人たちは?」
あたりを見回しても、まだ俺と北条以外には誰も来ていない。
結衣もなにやら用を済ませてから行くからと言って、家を先に出て行った。だから、ここへは俺一人で来たわけだけど。
「みんな先に船に乗っているから大丈夫。あとは僕たちだけだ」
「じゃあなんで、ずっとこの場所で待ってたの?」
「いいからいいから」
頭に疑問符を浮かべながら、先を行く北条について行く。
「はい、この船です」
うわぉ。真っ白な船体が眩しいピッカピカの豪華クルーザーだ。
「松永さん、お待たせしました」
「本日はミヨシ観光のご利用をありがとうございます。既に皆様お揃いです。足元に気をつけてご乗船下さい」
促されるままクルーザーに乗り込むが、デッキにも他の人の姿がない。あれ?
「みんなどこにいるの?」
「一階の船室。そこがパーティ会場だからね。後部デッキに降りたら、船室へのドアがあるよ。そこから入って。僕は松永さんとちょっと話があるから、先に行っていてくれる?」
「分かった」
手すりに掴まりながら後部デッキに降りた。でもそこにも誰もいない。全員が船室内にいるの? せっかくの船なのに? あっ、でも。食べ物や飲み物の準備の真っ最中なのかも。疑問に思いながらドアを開ける。すると。
〈パンッ!〉
〈パパパンッ! パン! パンッ!〉
立て続けに弾けるクラッカーの音に、心臓が縮み上がる。
「サプラーイズ! 結星、誕生日おめでとう!」
次々とこちらに向かって飛んでくるカラフルな紙テープと、上から降ってくるキラキラした紙吹雪。これ、後で掃除をするのが大変なんじゃあ?
驚いた顔のまま、リアクション出来ずに固まっていると。
「大成功! 全然気づいてなくね?」
「いやいや普通気づくでしょ。さすが武田と言うべきか」
「さ、入って入って。みんなで頑張って準備したんだから」
何人かに腕を引っ張られて船室内へ。中はすっかりパーティ会場として出来上がっていた。壁にも綺麗に飾り付けがしてあって、テーブルには山盛りの料理と、中央にでーんと居座る大きなバースデーケーキが。
「どう? 上手く行った?」
後ろから北条の声がする。
「北条、さっきと話が全然違うじゃん」
振り返って北条に文句を言う。てっきり、女の子たちの慰労会かと思っていたのに。
「だってサプライズだもの。でも、さっきのも全部本当の話だよ。せっかくだから、武田のバースデーも一緒にお祝いしちゃおうかなと思ってさ」
「丁度今日だもんね」
「じゃあみんな、もう一度いくよ!」
「「「せーのっ! 結星、18歳の誕生日おめでとう!」」」
なんだよこれ。全員が、めっちゃいい笑顔で俺を見ている。
「お誕生日おめでとう。チュッ♡」
「結星くん、おめでとう。チュッ♡」
「18歳おめでとう。チュチュッ♡」
ユウとシズとココの三人が駆け寄ってきて、恥ずかしそうにハグしながら頬にキス。それから、造花で作ったカラフルなレイを俺の首にかけてくれる。
みんなの前で、ほっぺにチュウとか。
めっちゃ恥ずかしいし凄く照れると共に、じんわりとあったかい気持ちが胸の中に広がって溢れていった。
「みんなありがとう。こんな嬉しい誕生日、初めて……だよ」
ちょっとウルッときたかも。どうしよう?
「うん。効果抜群だな。じゃあ、ウルウル目の武田を囲んで全員で乾杯するか。斎藤、
クラッカーの音が赤ん坊にはよくないだろうということで、二人には下のフロアにあるベッドルームに避難してもらっていたらしい。
「ケーキはクリームが保たないから一旦冷蔵庫にしまうね。そろそろ出航するから、船酔いしやすい人は酔い止めを飲んでおいてくれる?」
歓談が始まり、ワイワイとお腹いっぱい飲食した後は、バースデーケーキが再び登場して18本のキャンドルに火が灯された。
続く「ハッピーバースデートゥーユー」の合唱。吹き消す前に願いごとをひとつ。
「また来年も、みんなで笑顔で集まれますように!」
思いっきり吸い込んで吹いた息で、一度に全ての炎が消えた。
「お見事! じゃあ、切り分けるね!」
ケーキを食べ終わると、船内の探検に出発だ。こんな立派なクルーザーに乗る機会なんでそうそうないから、みんなウキウキしている。
後部デッキは床は板張りでテーブルとベンチが置かれていて、波立つ船跡を眺めながら飲食ができる。でも、人気なのは上のデッキだ。
「うわぁ。見晴らしがいいのね」
船室の上にあるオープンスカイデッキには、操縦席の他に、十人以上が座れるソファがコの字型に設置されている。
「ねえ、あっちに行ってみない?」
今日は人数が多いから、半分に分かれて俺たちはフロントデッキに移動することにした。船の前方。見渡す限り全て海という絶景が、この瞬間、全部自分たちのものみたいだ。
そこから夕陽に照らされて橙色に輝く湾内の様子を眺めている内に日が暮れた。そろそろ花火大会が始まる時刻だ。
ドーン! ドーン! と、まるで雷鳴みたいな轟音と共にヒュルヒュルと花火が打ち上げられていく。
「うわぁ、凄い」
「大きいね。落ちてこないのが不思議」
「綺麗……」
星が降るように瞬く大小様々な光の花々。滝のように空を染める光の洪水。
厚手のラグを敷いて寝転がり、みんなで手を繋いでくっつきながら見上げた花火は、これまで見たどんな花火よりも輝いて見えた。
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