5-14 西急フィート

「なあ、どこか変装グッズを売っている場所を知らないか?」


 平日の朝。母さんが仕事に出かけた後に、三人でリビングでまったりしていたら、父さんが急にそう言い出した。


「変装グッズというと、例えば?」


「一番欲しいのはつけ髭かな? あとは伊達眼鏡やフェイスマスク、ついでにナップサックなんかも新調したい。髭を剃っちゃったから、海外に行く前に手に入れたいんだよね」


 なるほど。あの野人姿と今のイケオジでは、あまりにもギャップがあり過ぎる。父さんはフラフラと放浪する癖があるみたいだから、そのままじゃ確かに不安だ。


「通販じゃダメですか?」


「肌に直接つける物だから、実物を見てみたい。あとできれば、君たちとお出かけもしたいなと思って」


 うわっ。ちょっと照れながら、こんなことを言われちゃったら。


「結衣、どこか知ってる?」


「うーん。私も詳しくはないけど、文化祭のためにそういうグッズを揃える時は、西急フィートに買い出しに行くって聞いた気がする」


「西急フィートか。それなら、近いからいいかもね」


 今日は母さんが帰宅するのは夕方で、父さんは最近の日本の地理には不案内だ。つまり自家用車は使えない。出かけるとしたら電車で移動できるところになる。西急フィートは最寄り駅の沿線のターミナル駅にあるから、まさにぴったり。


「じゃあ早速行ってみる? お昼は外で食べてもいいしね!」


「さすがに、出かけるにはまだちょっと早いよ。父さんは西急フィートでいい?」


「うん。そこに行ってみよう。君たちと外食なんて楽しみだな。お昼はなんでも好きな物を食べていいよ。せっかくだから豪勢に行こうじゃないか」


「やった! じゃあ、お出かけの支度してくる!」


 *


 お店の開店時刻に間に合うように家を出た。今日は天気がいいので、朝から気温が高く、昼に向かってまだまだ上がりそう。


 結衣は気合いを入れてお洒落したのか、可愛いサマーワンピースを着ている。俺は上は白いサマーニットで、下は麻混素材の青いアンクルパンツと至ってシンプルな服にした。


 そして父さんはというと。


 上はボーダー柄のVネックカットソーで、下はダメージデニムのハーフパンツと、リゾートっぽいカジュアルな格好だ。


「十年前の服なんだけど、変? 若作りし過ぎかな?」


「ううん。すっごく似合ってる。こうして見ると、お兄ちゃんと親子っていうより、兄弟みたいだね」


「結星と兄弟か。それは嬉しいな」


 確かに。少なくともアラフォーには見えない。どう見てもアラサーだ。母さんもかなり若く見えるけど、父さんも同じくらいーーいやもっと若いかも。


 三人で連れ立って歩いて最寄り駅に到着。するとここで、結衣からの確認があった。


「えっと。お父さんとお兄ちゃんは、男性専用車にしておく?」


「いや。家族がバラバラになるのは嫌だから、一般車両でいいよ」


「そうだね。こういう機会もそうないから、俺も今日は一般に乗る」


「そっかぁ。ちょっと心配だけど、この時間なら空いているから大丈夫かな?」


 ということで、一般車両に乗って移動することになった。当然のことながら、乗り合わせた女性客の視線がビシバシと俺たちに突き刺さる。


〈ヤバッ。何あのメンズ〉


〈よく似てるけど、双子じゃないよね?〉


〈兄弟か親子? どっちでもいいから嫁にして。めっちゃ尽くすから〉


〈ねえあれ。もしかしてプリン王子じゃあ……〉


〈本当だ! 服着てるけど半裸くんだ〉


〈CMみたいにガバッと脱がないかな?〉


〈やだ。二人して超色っぽいんですけど〉



 ……いやいや。電車の中で脱いだら変質者だよ。半裸くんってなんだそれ? 俺的にはプリン王子の方がまだ推せる。なんて考えていたら。


「半裸くんって何?」


 そうだよね。疑問に思うよね。


「お兄ちゃんのあだ名のひとつ」


「あだ名? 結星、君って露出癖があるの?」


「いや、違います。入浴剤のCMで服を脱ぐシーンがあったので、そのせいじゃないかと」


「これこれ」


 結衣がスマホでCMの公式動画を再生する。


「なるほど。かなり大胆だな。結星は意外に攻めるね。これは日本での男性解放の第一歩になるかもしれないよ」


「男性解放ってなんですか?」


 聞き慣れない言葉だけど、いったいどういう意味?


「知らない? 男性の数が激減してから、女性たちを過度に刺激するのはマズいと、男性の性的魅力のアピールは長いこと自粛されてるんだ。日本を含む男性保護に手厚い国は、特にその傾向が強い」


「脱いだりしたらいけないってことですか?」


「いや。あくまで自粛だから、男性側が自発的に脱ぐ分には構わない。もちろん、公序良俗に反しない範囲でね」


「自発的にってことは、そうじゃない場合は問題になる?」


「そう。男性保護法の観点では、男性へ肌の露出を強要することは犯罪になる。この世界の男性は、肌見せを嫌がる人も少なくないから、CMでこれだけ見せたら、かなりの反響があったんじゃないか?」


「この動画の再生回数は、ええっと凄い桁数……うわぁ。もう億を越えてるみたい」


 えっ、億? マジで? 


「なるほど。日本中のーー下手したら海外の女性も繰り返し視聴していないと、この数字にはならないね。結星は、すっかり有名人だな」


 背中と肩、あと脚を見せただけで? いや、なんか驚きだ。


「でも日本はやっぱり平和でいいね。そんな結星が、こうしてのんびり電車で移動できるんだから」


「海外は違うんですか?」


「うん。すぐに誘拐されちゃうかもね。海外にもいろいろあるけど、治安がよくない国では、かなりの確率で拐われる。だから僕は、外を歩く時は絶対に変装することにしているんだ。じゃないと、身体がいくつあっても足りないからね」


 海外怖っ! やっぱり当面は、日本から出るのはやめておこう……かな?


 

 *


「どう似合う? サンタ結衣だよ」


 結衣が自分の顔より大きな白い髭をつけて、こちらを振り返った。


「似合う、似合う」


「ははっ。随分と可愛いサンタクロースだな」


 西急フィートには、幸いなことに本格的なコスプレグッズコーナーがあった。売り場には、様々な衣装はもちろん、ウィッグ、つけ毛、つけ髭、特殊メイクグッズなど、たくさんの小物で溢れかえっている。


「ポニーテールやツインテールのつけ毛やエクステンションも沢山種類がある。なんか楽しいね!」


「帽子もいろいろあるな。これなんて映画みたいで格好いいね」


 海賊船の船長が被っているような三角帽子ーーいわゆる海賊帽なんてものもある。


「お兄ちゃん、ちょっと被ってみて。写真撮ってあげる」


「こんな感じ?」


〈パシャ〉


「すっごい似合うよ! 転送しておくから、後で彼女さんたちに送るといいよ」


「えっ? いきなりこんな写真を送りつけるのって、唐突過ぎない?」


 みんなが頑張って勉強しているときに、俺だけ遊んでいるのを見せつけているようで申し訳ない気がする。


「そんなことない。絶対に喜ぶよ。写真に応援メッセージをつけたらいいと思う」


 ふむ。応援メッセージか。俺の写真なんかで喜んでくれるなら……。


「そう? ならやってみる」


 そして、目的のつけ髭のコーナーへと移動。


「これだけ髭があると迷うな。一番近寄りたくなくなるような、迫力があるのはどれかな?」


「そうねえ。これなんか程よいモサモサ感があるけどどう?」


「ああ、いいかもしれない。このちょっと絡まり気味のボーボー具合が」


 色も若干マダラで、不審者感を出すならかなり良さげ。でもこれ、いったいなんのコスプレ用なんだろう?


「こっちに、似たようなウィッグを発見」


「いいね! じゃあ、両方合わせて試してみようか」


「ついでにこの付け眉毛と、サングラスもお勧め!」


 そして出来上がった姿は。


「いい! めっちゃ怪しい!」


「結衣どう? 女性的にみて、近づきたいと思う?」


「絶対に思わない! 見るからに危ない人だもん」


 父さんの見た目が一気に野人になった。若干膝を曲げて腰を落とし、背中をちょっと丸めたら、なんかもう別人。さすが変装歴十年。


「そっかぁ。娘に言われると少なからずダメージがあるけど、これがよさそうだね」


「そうだ! お兄ちゃんも色違いでつけてみて!」


 そうして父さんと並んで肩を組んで撮った髭モジャオジコンビの写真は、母さんにも彼女たちにも何故か大好評で、俺にとっても夏の思い出の一枚となった。

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