5-23 ヒヨコ王子

「これを……着るんですか?」


「そう。可愛くできているでしょう? 手触りも、ほら、フワフワ」


 確かにフワフワ。ボアっていうのかな? 柔らかく気持ちのいい手触りで、デザインも丸っこくて可愛いと思う……でもそれは遠くから見た場合。今ゴロンと目の前の床に転がっているのは、立っていれば見上げるほどもありそうな大きなヒヨコの着ぐるみだった。


「ヒヨコにしては大き過ぎるような……」


「それは結星くんが背が高いから。あなたに合わせて作ったら、全長が2メートル以上になっちゃったの。別のアクターさん用のは、もう二回りくらい小さいのよ」


 俺のせいか。作りはかなりしっかりしていそうではある。でも本当にこんなに大きいのを着るの? 身長2メートル超のヒヨコ。あれ? なんか既視感デジャヴが。なんだっけ?


「なるほど。あくまでこれは俺用ってことですね。重そうだけど、何キロくらいあるんですか?」


「えっと、8キロくらい? 軽量化とデザイン性を考えてエア着ぐるみにしてみたから、これでも従来のより随分と軽いのよ。どんなものか、ちょっと試着してみてくれる?」


「分かりました」


 着ぐるみのヒヨコは、卵形のふくよかな体型で、頭には大きな六角形の冠を被っている。ヒヨコの王子様という設定らしくて、今は着ていないけどそれっぽい衣装もあるんだって。


 短めの足に、身体の両側から飛び出たパタパタとした羽。大きなボタンのような黒い目に愛嬌のある橙色のクチバシ。


 エア着ぐるみというだけあって、空気で膨らませてあるらしくて、背面のファスナーをいったん下ろし、送風機を止めて中の空気を抜くと。


「なんかこうなると、脱皮したみたいですね本当に中は空気なんだ」


「そう。よくできているでしょ?」


 空気が抜けてペショペショになったエア着ぐるみは、大きな蜜柑の剥いた皮のように地面に落ちている。


「まず、ウエストにバッテリーを入れるポーチ付きのベルトを装着するらしいわ。こんな感じで」


 頼子さんが差し出した説明動画を再生しながらベルトを装着。それから、着ぐるみの中に入って、両足をマジックテープ付きのサンダルに固定する。


 続いて、エア着ぐるみを膨らませるための送風機とバッテリーを接続。


 エアー着ぐるみを固定するためのベルトを両肩に装着。着ぐるみを頭から被り、両面ファスナーを内側から閉めて、送風機のスイッチをオン!


 おおっ!


 着ぐるみが20秒くらいでみるみると膨らんで、パンパンになった。空気が入ると、空気圧で着ぐるみが持ち上げられるせいか、さっきより軽く感じる。


「結星くん、その場で足踏みできる?」


「えっと。足踏みはバランスを取るのが難しいかも」


「じゃあ、左右に足を踏み込むのは?」


 ゆっくり右足を外側へ動かす。着ぐるみの足の部分が短いせいで、膝から下を動かす感じだ。右足を一旦戻して、今度は左足をサイドに踏み込む。


「今度は前方に歩いてみて。歩幅を狭めに、足を上げ気味にして小刻みに歩く感じで。慣れてきたら少し早歩きをしてみて」


 歩幅は広げたくても広がらない感じ。でも膝下を動かしてチョコチョコ歩く分には大丈夫そうだ。思ったより視界が広くてよかった。大きな目の部分がマジックミラーみたいな仕組みになっていて、外からは中が透けて見えないけど、中からは前方と下方が見えている。


「手の動作も付けられるかしら? 大きめに上下に動かしてみてほしいの」


 胴回りが大きいので羽の先には直接手が届かない。だから両手に細いパイプ状の操作棒を持っている。それを上下にね。こうかな?


「可愛い! パタパタして喜んでいるみたい」


 羽を動かした姿に、潤さんが声を上げた。


「上手よ。じゃあ次は、イヤイヤをするみたい左右に」


 中は膨張しているから案外広い。だから、一旦コツを掴めば結構動ける。身体をちょっと捻るようにして手を左右に振ってみる。これでイヤイヤしているように見える?


「いい感じ。今度はその場でジャンプ!」


 これは着ぐるみが大きさの割に軽いから、すぐにできた。ちょっとしか浮かないけど。


「足を肩幅に開いて身体を右に軽く傾ける!」

「片手を上げてポーズ!」

「上手! 同じように反対側でもポーズ!」


 写真撮影用の決めポーズや着ぐるみの目線をカメラの位置に合わせる練習なんかをして、一旦終了。


「どう? 中に入ってみた感想は?」


「手や足がどこまで動かせるかは、だいたい把握できたと思います」


「上出来よ。初心者であれだけ動ければたいしたものだわ。結星くんのはLLサイズの着ぐるみだから可動域が狭く感じるらしいのよね」


「でも凄いですね。この間プリンのイメージはヒヨコだって言ったばかりなのに、もうこんなのが出来上がってくるなんて」


「あれからすぐに企画を通して、キャラクター制作をデザイナーに発注。この着ぐるみは企画会議で出たアイデアで、撮影に間に合うように特急で作ってもらったのよ」


「これを着てロケをするんですよね?」


「そう。結星くんの着ぐるみはなにしろ大きいから、ロケ中は出ずっぱりってことはないわ。各ポイントで颯爽と登場してもらうから」


「ヨチヨチ歩きで颯爽は無理かもしれないです」


「大丈夫。小股で早歩きするのは疲れるらしくて、着ぐるみ制作会社から移動用の台車を勧められて、それも用意することにしたの。それに乗れば素早く移動できるはずよ。まだ出来上がっていないけど、本番には間に合わせるから」


「年末番組だから予算は潤沢。キャラクターグッズの宣伝も兼ねているので、ここまで演出が派手になったのよね」


「キャラクターグッズの出来がいいのよ。見本があるから見てみて。ちゃんとお土産も用意してあるわ」


 着ぐるみを脱いで別室に移動する。


 そこには、デザインが違う数種類のヒヨコキーホルダーに、ぬいぐるみ、エコバッグなど、予想以上の様々なラインナップの商品があった。


 そのデザインも、王子スタイルのもの以外に苺やキウイなどのフルーツと組み合わせたものや、ヒヨコをプリンに見立ててクリームをデコレーションしたものまである。


 可愛いな。このクリームまみれのが欲しいかも。


「エグザや関連ショップで買い物をするとポイントが貯まるでしょ? そのポイントを、こういった景品と交換できるようになるの。あるいは商品に付いているシールを集めて交換とかね」


「売ってはいないんですか? 結衣が見たら欲しがりそうです」


 どれもカラフルで可愛らしいデザインで、女の子受けが良さそう。


「そういってもらえると嬉しいわ。この中でも、結星くんにお勧めなのはこれ!」


「これはまた、いっそうフワフワしてますね」


「素材の質が他のと違うのよ。材料費がかなりかかっているから、これは特別な景品にするつもり。可愛さ重視でデザインされているけど、一応背中に短いファスナーがあって、家の鍵くらいなら入るようになってるの」


「キーホルダーってわけですね」


「そう。ズボンのベルト通しにぶら下げてみてくれる? 『結星くんの腰でプラプラぷしているのはなんだろう?』って、注目を浴びること間違いなし!」


 フワフワと丸い毛玉みたいなヒヨコを、言われた通りに腰に下げてみる。まるで大きなウサギの尻尾で、プラプラしてたら一見ヒヨコとは分からないかも? 


「予想通りいい感じ。これも要撮影ね! じゃあ、ちょっと休憩してからエグザキッチンへの出演と年末のロケの話をしましょう」


 結星の腰から下がるモフモフのヒヨコ。


 実際に身につけている映像がTVで流れるのはもうしばらく後になる。はたして入荷待ちの大人気の引き換え商品になれるのか?

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