5-24 エグザキッチン
秋から民放でTV放映がスタートした新番組「エグザキッチン」。
15分間の情報番組で、エグザが一社提供している冠番組だ。だから番組で流されるCMも、エグザグループの持株会社である六角ホールディングス傘下の企業のものが流れているらしい。
そのハロウィン特集に、俺が急遽ゲスト出演することになった。月に4回ある放映日の後半、10月下旬の二回に渡ってだ。
1週目は、コスプレグッズや市販のハロウィン・スイーツの紹介。
2週目は、カボチャや紫芋を使った素朴な焼き菓子を作る。
俺が出演する3週目は、型抜きクッキーをデコレーションして、ハロウィン風に大変身させようという企画の回で、4週目はできあがったお菓子を子供たちに配りに行くロケ回になっている。
「お菓子は食べるの専門で、作ったことなんてないです」
果たしてクッキーを焼いたりデコレーションしたりなんてできるのだろうか?
「大丈夫! 手軽にできるデザインばかり選んであるし、結星くんがチャレンジしてみることに意味があるから、素人なりの仕上がりで構わないのよ。アシスタントもつくしね」
それならなんとかなるかな?
でも周りに迷惑をかけるのは気が引けるので、結衣に教えてもらいながら家で練習してみることにした。
15分間という短い番組なので、調理過程は編集で短くカットされる。それを補うため、放映日以降に番組ホームページに詳しいレシピが掲載されるそうで、そのレシピを事前にもらってきている。
クッキングシートをカットして作った小さな
「うんうん。お兄ちゃん、だいぶ手慣れてきたね。可愛く描けてる。これなら人前に出しても大丈夫だと思うよ」
なにしろ書き直しができない一発作業だ。ブチュッっとなったらそのクッキーはもう使い物にならない。
最初は恐る恐るやっていたけど、数をこなすに連れてコツを掴めてきて、結衣先生からやっと合格をもらえた。
「よかった。何回でも撮り直しできるとは言われているけど、限度はあるだろうしね」
結衣が土台になるクッキーをたくさん焼いてくれたのに、失敗作がかなりできてしまっている。ぶっつけ本番にしなくて本当によかった。
「じゃあ、この失敗作をオヤツにお茶にするか」
見た目は意味不明だけど、砂糖がけクッキーなので味は美味しいはず!
「そうだね。休憩しよう。こっちの完成品は、本当に結衣のクラスで配っちゃってもいいの?」
「いいよ。結衣のおかげでできたわけだしね。レシピをもらう時に、番組の宣伝代わりに知り合いにならクッキーを配ってもいいよって言われてるから、そこはよろしく!」
「うん! 沢山宣伝してくる!」
そして、あっという間にスタジオ収録の日がやってきた。
「本日は『ハロウィンらしいアイシング・クッキーを作ってみよう!』ということでゲストにはこの方をお招きしています。巷で大人気のスイーツ王子、武田結星さんです!」
「武田結星です。よろしくお願いします」
「武田さんはプリン好きで有名ですが、今回はアイシング・クッキー作りに挑戦ですね」
「はい。子供たちに喜んでもらえるように頑張ります」
「では、早速始めて頂きましょう。レッツ・クック!」
場所を移動して、キッチンセットへ。
材料の計量は既に済んでいたので、レシピ通りにクッキー作りから。
「薄力粉を振るう姿すら素敵です。若い男性がこうしてキッチンに立つ光景は視聴者の皆様にとっても珍しいのではないでしょうか?」
調理に取り掛かると、アシスタント係のスタッフが実況中継のようなコメントをし始めた。
「卵をコンコンと割っています。上手く割れたようです。私もあの殻になってコンコンされたい! 続いて菜箸で卵をほぐしていきます。菜箸を持つ手がとてもセクシーです!」
調理手順の説明をしているみたい。でもセクシーってなに?
「室温に戻って柔くなったバターをよく混ぜてから、砂糖を加えてさらに混ぜ、とき卵を数回に分けて入れて混ぜます。情熱的に混ぜ混ぜされて、バターはもうメロメロです」
メロメロじゃなくて、もったりだから。
「薄力粉を加えてヘラでさっくり混ぜ合わせたあと、手で生地をひとまとめにします。大きな両手に包まれて生地も幸せそうです。ラップをかけて30分から1時間。火照った身体を冷蔵庫で寝かせます」
ん? 気のせいじゃなく、さっきからノリが少し変じゃない? でも手を止めるわけにはいかない。調理時間はここでショートカット。俺が作った生地と入れ替わりに、予め寝かせてあった生地を取り出す。
「クールダウンした生地を麺棒で5ミリくらいの厚さに伸ばしていきます。両腕で麺棒を握る様は、壁ドンを彷彿とさせます。でもここはキッチン。壁ドンならぬ調理台ドン! 真横に張り付くカメラさんと調理台の仕込みカメラさんがいいお仕事をしてくれそうです。そして肝心のクッキー生地も、生まれて初めての調理台ドン! に、ドキドキしているのではないでしょうか? 私も機会があれば、あんな風に押し倒されてみたいです」
調理台ドン! なんて初めて聞いた。それに押し倒す?!
「型で抜いた生地をクッキングシートを敷いた天板にのせて、予熱しておいたオーブンで焼いていきます」
ここでまた時間の節約で、出来上がったクッキーが登場。これからアイシングをしていくわけだけど、変な実況はまだ続く。
「クッキーを真剣に見つめる瞳にもうノックアウト寸前です!」
「近い! 顔が近い! あんな真近に迫られたら、オバケ・クッキーは昇天してしまうのではないでしょうか?」
「上手ですね。ミスしたらもらって帰ろうと思ったのに、残念。どうやらそれはできなさそうです」
そして完成。
ハロウィンカラーの橙・紫・緑などの色でカラフルに描かれたユニークな表情のオバケや骸骨、蜘蛛に猫。喜んでもらえるといいな。
「出来上がったクッキーは、良いこのお友達にプレゼント! 羨ましいぞ! では次回の放送をお楽しみに!」
これでスタジオ収録は終了。昼休憩を挟んでロケだ。ハロウィンらしく仮装していくらしい。
てっきりあの着ぐるみを着ていくのかと思ったら、ハロウィンっぽくないので今回は使わないんだって。結構本格的にコスプレメイクをすると聞いているけど、子供たちが怖がったりしないかな? お菓子を受け取って欲しいから、そこがちょっと心配だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます