5-25 トリックオアトリート

 ひとつひとつ可愛らしくラッピングされたクッキーを持って、ロケバスに乗って幼稚園に向かう。食物アレルギーについては事前にチェック済みで、対面予定の園児たちは全員食べても大丈夫とのこと。


「子供たちはかなり元気がいいらしいので、頑張って下さいね」


 頑張ってと言われても。日頃、小さな子供と触れ合う機会なんてないから、どんなものか全く予想がつかない。

 年長クラスにお邪魔するらしいから、相手は5-6歳だよね? 新入生レクリエーションで受けたJKタックルに比べたら、可愛いものじゃないかな?


「園児たちは全員女の子なんですよね?」


「そうです。男の子は一般の幼稚園には来ませんから」


 男児は誘拐などを警戒して、セキュリティの厳しい保育施設に預けられるか、自宅で護衛も兼ねた派遣シッターに世話をされているらしい。幼稚園はそういった事情で男女別学なわけだ。


「つまり園児たちは、あまり男性慣れしていないってことですか? そこにこんな格好で行って平気かな?」


「武田さんが心配されている意味では平気だと思います。でも違う意味では危険かも」


「危険? 相手は子供なのに?」


「子供だからです!」


 スタッフさんの語気の強さにちょっと不安を抱えながら、現場に到着。園児たちに見つからないように、園長室に挨拶に行く。


「今日はよろしくお願いします」


 スタッフに続いて俺も、優しげな年配の園長先生に挨拶した。


「まあまあ。実物はCM以上に素敵ですね。それにその服装もよくお似合いです。園児たちは武田さんが来られることを知りませんから、きっと驚くと思いますよ」


 *



「今日は、ちょっと早いけどハロウィンのお菓子をもらえる日です。嬉しい人!」


「「「はーーーい!」」」


「でも、お菓子をもらうには合言葉が必要だったよね。みんな、言えるかな? せーの!」


「「「トリックオアトリート!」」」


「そう! 上手に言えました。これからお菓子を持ってきてくれた大きなお友達が登場します。拍手して迎えましょう!」


 扉の向こう側では、教室の中で園児たちが体育座りをして先生のお話を聞いている。その園児たちや先生の手作りであろうハロウィンの飾り付けをしてある廊下で、今は自分の出番を待っているわけだ。


 俺以外にも二人の番組スタッフが仮装していて、その他にカメラマンと照明さんに音声さんがいる。当然男は俺一人。


「じゃあ、お願いします!」


 ドアが開かれ、ちょっとドキドキしながら教室内に入っていくと。


「……」


 あれ無言? さっきまで賑やかだった園児たちが黙り込んじゃった。よほど驚いたのか、目を見開いて俺を凝視している。


 やっぱりこの仮装がやり過ぎなんじゃあ……。怖いよね、吸血鬼なんて。どうしよう?


「きゅーけつおうじ?」


 その沈黙を一人の園児の高い叫び声が破った。それをきっかけにして、一気に教室内が賑やかになる。


「きゅーけつおうじだ!」

「アニメじゃなくてホンモノ?」

「ゔぁんぷ・るすゔぃんさまーーーっ!」

「じゃあ、あのおんなのひとたちがカーミラとローラ? ぜんぜんにてないね」

「でも、るすゔぃんさまは、アニメよりカッコイイ!」


 ……よかった。興奮はしているけど、怖がらせたわけじゃないみたいだ。


 「吸血王子ルスヴィン」。この格好は、女児に人気のアニメのコスプレだと聞いている。どうやらそのキャラだと認知してもらえたみたいだね。これなら予定通り、お菓子を配れそう。


 子供たちに受け入れてもらえそうで安心していたら、最初に声を上げた女の子が、再び叫び声を上げた。


「おうじが、おうじさまが、えいえんのハナヨメをむかえにきたのねーーーっ!」


 その声をきっかけにして、行儀よく体育座りをしていた園児たちが、一斉に立ち上がった。


「るすゔぃんーーーっ!」


 俺がコスプレしているキャラの名前を叫びながら、駆け寄ってくる子どもたち。えっ、ちょっと待って。カメラはガンガン回っているみたいだけど、どうしていいか分からない。


「るすゔぃん、わたしをつれてって!」

「はなよめにして!」

「どいてよ、どくせんきんし!」

「はなよめはわたしがなるの!」

「るすゔぃん、だっこーーーっ!」

「いたい! おさないで!」

「はんらくんゲット!」

「つかまえた! にどとはなさないんだから!」

「こんいんとどけにサイン!」

「きゅうあいのキッスプリーズ!」


 お、お菓子は? 君たち足にしがみつかないで! よじ登っちゃダメ! 服を脱がしてるの誰! そしてどこでそんな言葉を覚えたの? 


 女児たちに群がられ、何人かは身体からぶら下げて、文字通り俺が身動きができなくなって困っていると、担任の先生が両手を高く挙げ、パンパンと打ち鳴らした。


「はーい、注目! 将来ルスヴィン様と結婚したい人は、ここから一列に並んで下さい。永遠の花嫁は、お行儀良く並べるレディしかなれません」


 その言葉に、今度は列の先頭を競う争いが起きかけたが、先生たちの巧みな誘導で園児たちがあっという間に列を作る。さすがというか凄い。子供の扱いが分かっている。


「上手にハロウィンの合言葉を言って、ルスヴィン様とレディの握手ができた子だけが『いつか王子様が来るかもクッキー』をもらえます」


 いや。普通のハロウィンクッキーですが。もしかしてアニメにそんなアイテムが出てくるのかな?


「トリックオアトリート! すみれのとくぎはオリガミです。はなよめにしてください」

「トラックオアアスリート! ののかは、かけっこがはやいの」

「トリックオーシャンブルー! シンコンリョコウはみなみのしまね!」


 俺が握手のたびに手を差し出すと、両手でギュッと掴んだり、やけにモミモミされたり、ジャンピング抱っこをしてこようとしたり、腰にしがみ付いてきたりと、いろんなアプローチをされた。


 いやあびっくり。このルスヴィン様ってキャラ、凄い人気なんだね。でも一人だけ「はんらくんのファンです!」と言ってきた子がいたのには驚いた。幼稚園児にはんらくんと呼ばれたのは、正直言って微妙な気分だけど、俺だって分かったことに。


 そうして可愛い女の子たちに沢山の求愛をされて、無事にお菓子を配り終わる。最後に告知すれば、このロケ終了だ。


「これが年末企画のフリップになります」


 手渡されたフリップを持ち、カメラ目線でロケツアーの参加者募集のお知らせを読みあげる。


「エグザキッチンの年末特別企画。『プリン工場へ行こう!』の参加者を募集中です。CMでお馴染みの『極上六角プリン』の製造工場や原材料を生産している養鶏場や牧場を巡る日帰りバスツアーです。参加ご希望の方は、番組ホームページで詳細をご確認の上、お申し込み下さい」


「OK! お疲れ様!」


「お疲れ様でした」


 ふぅ。やっと終わったよ。子供は可愛いけど、パワーが予想以上だ。さすがにあんなに大勢いると疲れるね。幼稚園の先生方を尊敬です。

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