5-22 手紙


「あ、あなたが好きです! 私の気持ち、読んで下さい!」


「これを、俺に?」


 朝の改札で、いきなり手渡された手紙。


 その女の子はずっと顔を伏せていて、すぐに離れていっちゃったから、もらった時は顔がよく分からなかった。でも、振り返った時に一瞬だけ視線が合ったのは気のせいじゃないと思う。


 ……綺麗な子だったな。でもどこかで会ったような。いったいどこで? 


「お兄ちゃん、手紙をしまった方がよくない?」


「あっ! そうだね」


 頭に疑問符を浮かべながらも、もらった手紙を鞄にしまい、結衣と早苗ちゃんと一緒に学校へと向かう。


「今の人、今までも時々駅で見かけたよね?」


「えっ、そうなの?」


「うん。やっぱり、お兄ちゃんは気付いていなかったか。でもほら、聖カトリーヌの白い制服って目立つでしょ? だから見間違いじゃないと思うよ」


「私も何度か見かけた気がします」


 聖カトリーヌの制服ってどんなだっけ? 白っぽいイメージしか残っていない。でも結衣と早苗ちゃんの二人が言うなら、きっとそうなのかも。じゃあもしかして交流会で会ったのかな?


「三月の交流会で見ているはずなのに、聖カトリーヌの制服は全然覚えてないや」


 半年前だしな。元々女性の服装や髪型を覚えるのは苦手なせいもある。


「今の。目撃者が沢山いるから、たぶんあっという間に噂が学校中に広まる気がする。結衣が言うことじゃないかもしれないけど、先輩たちのフォローはしておいた方がいいと思うよ」


「うん。善処します」


 とは言ったものの。どう善処すべきか悩むわけで。……手紙。女の子からの手紙。うーん。なんて説明したらいいのか。悩む。以前、学校でもらった手紙ですら、貰いっぱなしで返事をしていないのに。


 今朝もらったやつは中を読んでみてから考えるとして、こうなると、以前もらった手紙もチェックし直した方がいいかもしれない。あの時は転入したてで、誰から貰ったのかもあやふやだった。でも今なら、それなりに区別がつくはずだ。


 とにかく、家に帰ったらだな。


 *


 何か言いたそうな周囲の視線ーー特に恋人たち三人の視線は強く感じた。だけど、やっぱり何も言えなかった。ヘタレですか? 帰ったら結衣にそう突っ込まれそう。

 だって、他校の女の子から「好きです!」と言われて、ラブレターっぽい手紙を貰ったんだ……なんて、どんな顔をして言えばいいのか分からない。


 それに放置したままの手紙がマズイ。アレをチェックしてからでないと、報告しちゃダメな気がする。


 自分だけ午前授業なのをいいことに、早々に帰宅する。今は部屋で捜索中だ。クローゼットの中にはなかった。絶対に捨ててはいない。ということは。


「あった。きっとこれだ!」


 ベッドの下からそれっぽい紙袋を引きずり出す。ドンピシャだ。


「それにしても沢山あるな」


 紙袋をひっくり返して、ドサドサと手紙を取り出した。ピンクや水色の可愛いらしい封筒ばかり。……まずは、仕分けかな。知っている人と知らない人に。


「見つけた! 小早川夕子ーーユウからのだ」


 全てチェックし終わる前に、ココとシズのも発見。三人とも手紙を書いてくれていたとは。他のA組女子からのも何通か。……チェックしてよかった。彼女たち三人の手紙を読んで、ちゃんとした返事を書かなきゃ。


 まずはユウのから読んでみようっと。


《武田くんへ

 いきなりの手紙で驚いた? でも書かずにはいられなかったの。だって、武田くんを見た瞬間「運命」みたいなものを感じたから…………》


 運命か。


 俺は特に感じなかったな。それよりも、一生懸命話しかけてきたり、心底楽しそうにお菓子作りの話をしているのが可愛く思えた。そういう日頃感じた居心地の良さというか、結婚してキッチンに立っているユウの姿が自然と想像できた。俺的はそれが決め手。


 次はココの。


《武田くんへ

 仲良くなりたい! それがこの手紙を書いた動機です。でもね。なんとなく予感がするの。この人とは波長が合いそうだなって。一緒にいたら同じ波形を描ける人だって。それを確かめたいから、これから沢山話しかけるね! これがその最初の一歩で…………》


 これはいかにもココらしい。


 ココは凄く話しやすいんだよね。初対面でもスッと懐に入ってくる。だけどあのナイスバディが迫力があり過ぎて、それに気を取られると、ついこっちはタジタジとなっちゃう。そういうギャップがココの魅力っていうのかな? 俺が爺さんになっても、付かず離れずにくっついてきてくれそう。俺がぼんやりしていても、いつも笑ってくれていそう。そんなところに惹かれた。


 そしてシズの。


《武田くんへ

 初めまして。高橋志津です。友達にはシズって呼ばれているので、武田くんにもそう呼んでもらえたら嬉しいです。あっ、でも。そういうのって、もっと親しくなってからかな? だったら、武田くんと少しでも仲良くなれたらいいな。私はあまり目立たないかもしれないので、武田くんに気づいてもらうには、いつもより積極的に動かないとダメかも…………》


 シズからの手紙があったのは意外だった。シズを意識し始めたのは、たぶん去年の夏に今川くんの別荘で「あーん攻撃」をされた時。それまでは「真面目そうな子だなぁ」という印象しかなかった。


 でも、自分の目標に向かってひたむきなところが可愛いんだよね。頑張っている女の子を見ると、なんか惹かれるんだよ。それに、ここには目立たないなんて書いているけど「あーん攻撃」にしても「壁ドン」にしても、ここぞって時にインパクトのあることをやらかすのがシズなんだ。そういうちょっとズレたところもギャップがあって可愛い。


 俺って本当に恵まれてる。三人には当然のことだけど、ちゃんとした返事を書くつもり。今思ったようなことをきちんと言葉にしてね。


 それ以外の人はメッセージカードで精一杯かな? だって、数えたら200通以上もあった。一年以上前のだから、それすらいらないかもしれないけど……どうだろう? そのあたりは結衣に意見を聞いてみるか。



 ……さて。


 学校でもらった手紙には全部目を通した。残るは今朝もらった一通だけになる。鞄から、直に手渡された手紙を取り出す。白に水色の縁取りがある、かなりフォーマルなデザインの封筒だ。


「あ、あなたが好きです! 私の気持ち、読んで下さい!」


 あの時の光景が頭に浮かぶ。


 あの子からは、バレンタインデーの日の三人に通じる必死さを感じた。手紙を差し出した手は少し震えているように見えたから。

 あんな衆目の前での告白なんて、凄く緊張しただろうな。お嬢様学校の聖カトリーヌ生なら、それこそ清水の舞台から飛び降りるようなものかもしれない。


 ……まずは読むか。



 《武田結星様

  突然の告白と手紙で驚かれたことと思います。武田さんと初めてお会いしたのは、交流会の時でした。当時生徒会役員だった私は、交流会前の控室で……》


 やっぱり交流会の時に会ってたのか。それも生徒会役員だって。


 あの時は部屋に人が大勢いて、俺は派遣された生徒の代表として挨拶する事で頭がいっぱいだった。だから周りを見回す余裕なんてこれっぽっちもなくて。


《……あなたのことが好きです。理由や理屈じゃなくて人を、それも異性を好きになることがあるのかと、自分でも不思議なくらい、あなたに惹かれています。でも、ちょっとすれ違っただけの私なんて対象外かなーーそう思って、あなたの笑顔を遠くから見守るだけで満足しようとしていました。だけど、それは自分の気持ちを誤魔化していただけだと、ようやく気づきました》


 結衣たちが駅で見かけたことがあるって言っていたのは、合っていたみたい。


《自分の気持ちを伝えたい。結果はどうなろうと、初めて自覚したこの想いを、大好きなあなたにぶつけたい。少しでも武田くんの近くに行きたくて、できたら言葉を交わしたくて、同じ大学に進学できるように頑張ろうと思います。もし成功したら、ゼロからのスタートになりますが、あなたに私のことを知って欲しい。だから声をかけてもいいですか?》


 ……うん。


 こんなに真摯な手紙を貰ったら邪険にはできないよ。でも、なんて返事を書こう? 知らない子だから、そこはちょっと困る。それに、その手紙をどうやって渡せばいい?


 封筒と便箋をひっくり返して探しても、書いてあるのは名前だけ。山県麻耶さん。


 困った……住所がない。郵送できないじゃん。うーん。文面を見るとかなりしっかりしているような印象だけど、ちょっと抜けてる? それとも、たまたま忘れちゃっただけ?


 大学に行けば会えそうだけど、その前にどうにかして返事を届けないと。


 ……あれ? でも俺の進学先なんて知らないよね? そこはどうするつもりなんだろう?

 

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