5-21 乙女ゲームの中心で愛を叫ぶ


「先輩、話ってなんですか?」


 津々木くららは今日、山県やまがたという上級生に呼び出しを受けていた。呼び出しなんて無視するのが常であったが、今回のはヤバイ気がした。


 朝登校するなりクラスメイトに手渡されたメッセージカードに「放課後、高坂花蓮の件で大事な話がある」と書いてあったからだ。


「やだ。もしかして親衛隊イベント?」


 思考回路が未だ乙女ゲームである彼女は、その可能性がまず頭に浮かび、面倒ごとからは逃げるに限るとばかりに、終礼が終わるなり教室から飛び出そうとしたのだが。


 その前に外から教室のドアが開き、スラッとした美少女が中に入ってきた。誰かを探しているような視線が、くららにロックオンされる。


「あなたが津々木さんね。私が花蓮の友人の山県麻耶です。談話室の場所が分からないだろうと思ったから、迎えにきたわ」


 くららはクラスメイトの注目が集まる中、渋々と麻耶の後に続いたが、共に廊下を歩きながらも、どこかで逃げ出せないかとチャンスを伺っていた。


「そんなに警戒しないで。いきなり上級生に呼び出されて驚いたでしょう? でも別に怖いことはないのよ。公平に判断するために、あなたからも話を聞きたかっただけだから」


「公平にってどういう意味ですか?」


「あなたは今、この学院内で噂の中心人物になっているの。それもあまりよくない方で。あなたが親しくしている花蓮は、学院内でも特別な有名人だから、大勢の生徒があなたの行動を見て、様々な憶測が飛んでいるわ」


「それは、私が花蓮先輩と仲良しだから嫉妬しているってことですよね? つまり悪口を間に受けて、こんな呼び出しを?」


「嫉妬は否定できないけど、中にはあなたを心配している人もいるのよ。この学院にいられなくなるんじゃないか、大変なことに巻き込まれるんじゃないかって。今日あなたを呼び出したのは、そういった事態を回避できるように助言をするためでもあるの。だから、聞いておいた方がいいと……」


〈きゃっ大変! 不審者です!〉


〈なぜ学院内に男性が? それも若い男性なんて〉


〈どなたかの父兄では?〉


〈でも、警備員の方々が、ほらあんなに〉


 どうやらすぐ真下の校庭に不審者がいるらしい。こんな校舎の側まで侵入されてしまうなんて前代未聞の事態である。


 周囲が一気に騒然となり、眼下で行われているだろう捕り物を見ようと生徒たちが校庭に面した窓に鈴なりに並ぶ。


〈やだ怖い! 不審者が何か叫んでいますわ〉


〈あんなに暴れて! でもいったい何を喚いているのかしら?〉


 開放された窓から、校庭の喧騒が漏れ聞こえてきた。


「君、大人しくしたまえ!」


「放せ! 僕は大事な用があって来たんだ!」


 女性警備員の声に混ざって、若い、それもまだ学生のような若々しい男性の声が聞こえてきた。


「この声……まさか勘くん?」


 くららが驚いたような声を上げる。不審者らしき男性の声が、かつての攻略対象者であり、見事籠絡に成功した相手でもある織田勘十郎の声によく似ていたからだ。


「津々木さん、もしかして知り合いなの?」


「見ないと分からないけど、以前いた学校の人の声に似ているような気がして」


 そのやり取りを聞いていた生徒たちが、バッと一斉に二人の方へ振り向いた。そして興味津々といった様子で、脇へ詰めるように場所を開けてくれたため、くららと麻耶は窓際に寄っていった。


 ひときわ大きな窓だ。


 その側へ行けば、外の様子がよく見えるに違いないが、当然、外からも丸見えになる。


「……やっぱり。勘くんだ。でも、なんで来ちゃったの?」


 そう呟きながら首を傾げるくららであったが。


「くららーーーっ!」


 直後、振り絞るような叫びが自分の名前であることに気づき、その場で飛び上がった。


「くらら! 僕は君を迎えに来た!」


 警備員に取り押さえられながら、くららをヒタと見つめて叫ぶ勘十郎。


 くららは、安土桃山学院で起きた大騒動を思い出す。


 勘十郎との別れ際に「あなたのことは絶対忘れない。でもさようなら」と言って別れを告げた。だってそのキーワードが、乙女ゲームで落とした攻略対象と別れる時の定型文だったから。


 それでもなお追いすがる勘十郎に「あなたと私では釣り合わない。だって、あなたは別世界の人ですもの」という最終通告のセリフを決めて、綺麗さっぱり別れたつもりだった。


 なのになぜ、あれから数カ月たった今?


「僕は君が好きだ! くらら、君を愛してる!」


 そんなくららの心境をよそに、勘十郎の一世一代の愛の告白がスタートする。


「僕の言葉が足りなくて、不安にさせてごめん!」

「君に謝らなきゃならない。僕は覚悟が足りなかった」

「家に縛られていた僕は馬鹿だった。君が他の男に目を向けたのは僕のせいだ」

「でも僕はもう迷わない。だから僕は叫び続ける。君が望む愛を。いくらでも、そして何度でも!」


 次々と想いのたけを叫ぶ勘十郎。


 男性不審者という存在がそもそも稀であるこの世界で、いかにも身なりの良い、深窓の令息といった風体の彼をどう扱うべきかと、警備員たちも対応を測りかねている。


 マニュアルにない不測の事態に、勘十郎を取り押さえながらも、学院側と連絡をやり取りしていた。


「僕は誓うよ。100年後の君を愛し続けることを!」

「君が僕のものになってくれるまで。僕の愛をまた受け入れてくれるまで」

「君が好きだーーーっ! 僕は諦めない。僕は諦めない。僕は絶対に諦めない! 君を想う気持ちは、誰にも負けない!」


「側にいるだけじゃ想いは伝わらない。視線だけでも、愛情は伝わらない。僕はようやくそれが分かったんだ!」


「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる……!」


 警備員に取り押さえられながら、執拗にくららへの愛を訴え続ける勘十郎。


 その姿は恋愛小説部門で絶大な人気を誇るミリオンセラー小説であり、映画化され大ヒットし、未だ歴代ナンバーワンの興行収入を誇る「1001回目のプロポーズ」のラストシーンに非常によく似た光景であった。


 身分格差のために周囲により引き離され、泣く泣く別れた恋人たち。

 でも恋を諦め切れない男性が、女性が閉じ込められた屋敷へ警備を掻い潜って侵入し、窓越しに熱烈に愛を告げる。


 恋に憧れる日本中の女性たちをスクリーンの前に釘付けにした激しいプロポーズ。


 状況が分かるにつれて、最初は不審者に怯えていた令嬢たちも、一転して目をキラキラさせ始めた。興奮のあまり倒れそうになりながらも、目の前で繰り広げられる告白シーンにのめり込み、その純な乙女心ハートが揺さぶられまくっていたのである。


〈素敵! 愛の告白ですわ!〉

〈ロマンチック♡〉

〈男性からの愛の告白なんてフィクションだと思っていたのに〉

〈でも告白の相手はどなた?〉

〈まるで映画のヒロインのようですわね〉


 他人事だから素敵でロマンチックなのである。一方で当事者であるくららは。


(こ、怖っ! なんで甘々従順だった勘十郎がヤンデレになってるのよ! 勘十郎ルートでヤンデレエンド? なにこのシナリオ。そんなの聞いてないから!)


 勘十郎が駆けつけて来た教員と共にどこかに引きずられていく中、共にいた山県がなぜかボーッとしているのをいいことに、くららはそっと寮に向かったのである。


「いやよ。私は自由に生きるの。誰かに縛られる生活なんて嫌! 桃ちゃんさえ戻れば、こんなところなんて出て行くのに」


 大騒ぎになった聖カトリーヌ学院。果たしてくららは過去のしがらみから逃げ出せるのか? 


 *


 男性からの愛の告白という恋愛映画さながらのシチュエーションに、心をときめかせる生徒たちの中で、雷に打たれたように衝撃を受けている者がいた。


「側にいるだけじゃ想いは伝わらない。視線だけでも、愛情は伝わらない。僕はようやくそれが分かったんだ!」


 勘十郎のこの言葉がモロに乙女心ハートを直撃した。その人物は、騒ぎを間近で目撃した山県麻耶である。


 好きなのに、大好きなのに、その相手に想いを告げることをしないで、ずっと影から見守っているだけだった自分。それでいいと思っていた。せめて同じキャンパスに通えたらと、思い切って外部受験も決めた。


 勘十郎の言葉に触発され、震える乙女心が訴えていた。「好きだって伝えたい」。心の奥深くに眠っていた、そんな真摯な想いを。


(会いたい。今すぐ彼に会いに行きたい。でも、あんな風に言葉で繰り返し想いを告げるのは、自分には到底無理! だけど、言葉にしないと伝わらないなら……)


 いろいろと思い悩んだ末に麻耶が選んだ方法は。



 翌日の早朝。見守り隊として何度も足を運んだその駅で、麻耶は恋する武田を待っていた。


 今まで一緒に活動していた見守り隊を裏切る行為なのではないか? そう思った麻耶は、現隊長の友紀にこっそり相談をしてみた。すると。


「裏切るなんてとんでもない! 私たちは、麻耶さんを全力で応援します!」


 仲良しの後輩に力強く後押しされ、気持ちが揺らぐ前にと、その場で翌日の決行を決めた。


 麻耶の決意を聞き、そのひたむきな初恋を成就させるために。恋の見守り隊のメンバーは、既に慣れた連携で今朝も配置に付いている。


《お星様が降車しました》


《エスカレーターを通過、もうすぐ改札です》


 そして現れた想い人は、今日も超絶カッコいい。


 久しぶりに見たその姿にポーッとなりそうな自分を叱咤激励して、麻耶は一直線に武田に駆け寄った。


 驚く武田に、両手を揃えて差し出したのは、想いを綴った一通の恋文である。


「あ、あなたが好きです! 私の気持ち、読んで下さい!」


「これを、俺に?」


 武田が手紙を受け取ってくれた。でも麻耶は顔が熱くなって、もう武田を直視できない。そのままペコリと頭を下げると、引き返すようにして一目散に改札に駆け込む。そして改札内に入ったところで、後ろ髪を引かれるように振り返る。


その時。同じように改札の方を振り返り、自分を見つめる武田と、ぴたりと視線が合った。


 ……もうこの恋は止められない。

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