5-20 魔の手

「花蓮の様子が変?」


「麻耶さん、そうなんです。夏休み明けから、あれだけ仲を深めてらした皇極様とのランチをお断りになって、別の生徒とお昼を一緒に過ごされています。それもかなり親密な感じで」


「別の生徒? その新しい相手って誰なの?」


 恋愛方面においては消極的に見える花蓮が、熱烈な皇極斉子の求愛を断ってしまう。それならまだあり得ることとして、麻耶の想定の範囲内であった。


 奥手だから。今は恋愛に興味がないから。なんとかそういった理由を付けて、できるだけ音便に済ませるように、友人のサポートをする気でいた。


 でも花蓮が、皇極から他の女生徒に乗り換えたとなると話は別だ。皇極斉子を中心とした爆弾低気圧級の大波乱。おそらくそれは回避できない。


「高等部二年の編入生です。名前は津々木くらら。白薔薇様も編入生も寮生なので、どうやら夏休みの間に急激に接近していたようです」


「皇極さんはどうされてるの?」


「皇極様は、今は非常にショックを受けられているご様子で、元正様と後桜町様がお慰めしているらしいです。でも、いったいこれから何が起こるのか。周囲が戦々恐々としています」


「……でしょうね。皇極さんは花蓮に本気だったもの。花蓮の性格に配慮して、非常に慎重に仲を深めていこうとされていた。夏休み前までは、花蓮も皇極さんの好意に応えているように見えたのに、なんでそんなことになったのかしら?」


 夏休みの間に、花蓮の心境にどんな変化があったのか。麻耶はそこが気になった。


「編入生は、昼休みや放課後に三年生の教室に現れて、白薔薇様を連れて行ってしまうそうです。それもほぼ毎日。そのせいで、皇極様を支持する生徒以外からも、かなりの顰蹙を買っています」


「わかった。花蓮に話を聞いてみる。いったい何がどうなっているのか、本人に直接確かめてくるわ」


 麻耶は内部進学から急遽外部受験に切り替えたことで、このところ勉強量が急激に増えていた。夏休みは勉強漬けで全く余裕がなかった上に、新学期が始まってからも、花蓮とはクラスが違うこともあって、友人のそうした変化に今まで気付けなかった。


 恋心は他人には止められない。


 もし花蓮がその下級生に本気なら。あるいは皇極から離れたいと思っているなら。皇極斉子が動き出す前に、何かしら手を打つ必要がある。


 善は急げとばかりに、麻耶は放課後、真っ直ぐに花蓮の元へ向かった。


「花蓮、あなた噂になってるわよ」


「何が?」


「あれだけ仲が良かった皇極さんと疎遠になって、二年生の編入生といつも一緒にいるって」


「ああ、そのこと」


「周りくどいのは嫌だから直球で聞くけど、その子のことが好きなの?」


「好き? まだ仲良くなったばかりだけど、年下の友人としては好きかな」


「友人ね。じゃあ、毎日お昼を一緒に食べているのは、単にその子に誘われたから?」


「よくそんなこと知ってるね。それなんだけど、彼女、中途半端な時期の編入生だからかクラスになかなか馴染めなくて、一緒にご飯を食べる相手がいないんだって」


「えっ? それは、誰が言ったの?」


「くららだよ。悲しそうな顔をして涙目になっているから、どうしてか理由を聞いたら、どうやら仲間外れにされているらしくて」


 それは麻耶が聞いた話とは全く違っていた。くららはクラスメイトの誘いを断った上で、三年生の教室に日参していると聞いている。果たして、どちらの言い分が本当なのか。


「あなたが構いすぎると、余計に同学年の友達ができにくくなるかもしれないわよ。なにしろあなたは目立つから」


「あっ! その可能性はすっかり忘れてた。もしかしてやっちゃったかな? だけど……くららが一緒にいたいって言うのを、なんか無下にはできないんだよね。それに自分としても、彼女と話していて有意義なこともあるから……でも同学年の友達は大事だし。うーん。どうすればいいのかな?」


 花蓮は年齢の割に大人びた、比較的合理的な考えの持ち主だ。今までであれば、もっと筋道の通った選択をしていたはず。自分の卒業後に、残された編入生がどうなるのか? そこまで考えるくらいの器量があったから。


 それなのに、やけに歯切れの悪い花蓮の返事に、麻耶は疑問を抱いた。しかし判断するにはまだ情報が足りないーーそう思って、一旦、ここは引き下がることにした。


「麻耶さん、どうでした?」


「確かに変だった。編入生の言葉を鵜呑みにしているし、自ら望んで一緒にいるような印象を受けたわ。花蓮なのに、ちょっといつもの花蓮らしくないというか」


「じゃあ、やっぱりあのままなのでしょうか?」


「編入生のことは恋愛的な意味で好きなわけじゃなさそうだから、あちらの方をどうにかできれば、事態は収まるかもしれない。どういった目論見で、嘘をついてまで花蓮と一緒にいようとしているのか。その子とも会って話を聞いてみる」


 *


 その頃。話題の人物である津々木くららは、自分の寮部屋に戻っていた。


「花蓮先輩、チョロい。最初はあの外見にビビったけど、中身は普通のお兄さんだって分かったから、いつも通りにアプローチすればこんなものよ。やっぱり男って素直でいい」


 固有スキル【対象チェッカー】で攻略対象と判定された花蓮。なぜか花蓮には魅了系パッシブスキル【私の虜とりこ】が効かない。ーーその状態には覚えがあった。栄華秀英学園で受けた対抗勢力による妨害、つまり他の日記帳所有者の存在である。


 だから思い切って「ねえ、夢を叶えてくれる魔法の日記帳を知ってる?」とカマをかけてみた。結果はドンピシャ。すぐに花蓮が日記帳の所有者であることが判明する。


 話をしてみて、花蓮自体には自分に対する敵愾心がないことが分かると、くららは自ら日記帳所有者であることをカミングアウトし、この世界や日記帳に関する情報交換を餌に花蓮と親睦を深めていった。


「ねぇ、桃ちゃん。眠っていても声くらい聞こえてる? 私、一人でも結構上手くやってるわよ」


 この世界に来てからずっと庇護者でいてくれた桃色の日記帳。その頼もしい存在が眠りについたことにより、ひとりぼっちになってしまった津々木くらら。そんな彼女が求めたものは、日記帳に代わる強力な庇護者だった。


 そこに白薔薇の君という格好の相手ーーこの学院のトップカーストが、都合よく現れたのである。


 花蓮は性別が転換してしまったことを悩んでいて、身体も男性に戻りたいと言っていた。だから一番の関心は日記帳の潜在能力であり、桃色の日記帳の力を説明すると、何故かしきりに羨ましがって感心していた。


 「桃ちゃんって、実はハイスペックな日記帳だったんだね。でもまさかこんな場所で、他の日記帳所有者に会えるなんて思わなかった。そういう意味では、ここに来たのは無駄じゃなかったのかも。花蓮先輩の威光でマウントを取れば、苦手なお嬢様軍団も全く怖くない。春まで我慢して、この学院とはバイバイね」

 

 くららの最大の失敗は、虎の威をかる狐の如く、花蓮を独占して過ごそうと画策したことである。


 ……それが誰かの逆鱗に触れるかもしれないなんて、少しも考えが及ばずに。



 ◇



「お嬢様。調査の第一報が上がって参りました」


「ご苦労様。調査はこのまま続けてちょうだい。あと学院長への根回しもしておいて」


「はい。万事抜かりなく」


 自分付きの執事から渡された調査書は、皇極斉子の心を大いに乱す原因を作った生徒ーー津々木くららに関するものだった。


「ふぅん。安土桃山学院で、破廉恥な騒ぎを起こして放校。その後に出てきた証拠で、男心を次々と手玉に取っていたことが判明。そのなかでも特に懇意にしていたのは……織田勘十郎? これは、あの大うつけの弟ね」


 津々木くららの共犯者。現在は休学中の織田勘十郎。


 性別を偽り、女子が男子校に潜入することだけでも前代未聞の醜聞なのに、彼以外にも複数の良家の男子を籠絡し、一時学院中が大騒ぎになった大事件。


 その最終的な狙いは織田三郎だった。そういったコメントで調査書は締め括られていた。


「よりにもよって、あのガサツで無礼な男から、麗しい花蓮様に鞍替えですって? ……あり得ませんわ。純粋でお優しいが故に誰にでも親しく接する花蓮様を、嘘で固めた逸話で騙し、同情を引いて独占し、わたくしから無理矢理引き離した。……悪魔のようなこの所業、絶対に、絶対に許しませんわ!」


 怒りに震える手で忌々しい報告書をシュレッダーにかけた時には、斉子は既にこれからの対応を決めていた。


「わたくしが花蓮様を魔の手からお守りしなくては。有害な存在には早急に消えてもらいましょう。決して花蓮様の視界に入らぬよう、二度と戻って来られない遠い場所へ追いやって差し上げるわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る