5-31 大晦日

〈ピーンポーン!〉


「誰か来た。宅配便かな?」


 大晦日の今日も仕事だなんて、宅配業者も大変だな。──なんて思いながら、モニターを覗き込むと。そこには見覚えのある野人が一人。


「父さん、お帰り」


「結星、ただいま。久しぶりだけど元気そうだな。結子と結衣は?」


 キョロキョロと辺りを見回す野人。リビングに俺しかいないのを不思議に思ったらしい。


「買い出し中。帰って来るのは夕方かも。そうだ! ちょっといい? 父さんにバニラの鉢植えを見て欲しかったんだ」


「おう! どんな感じに育ってる?」


「蔓はかなり伸びたよ。だから棚の位置を変えてみた。でも実の様子はあまり変わらない気がするんだけど、これでいいの?」


「実が熟し始めるとさやの先が黄色になる。それが収穫するタイミングだが……もうちょっとかかりそうだな」


「それって、あとどれくらいか分かる?」


「たぶん、一カ月くらい? その頃ならまだ日本にいるから、一緒に収穫できると思うよ」


「なら安心だ!」


 しばらくすると、買い出し隊の二人が荷物を沢山抱えて帰宅した。


 買ってきたものをラップをかけて配膳したり冷蔵庫にしまったりして、ちょっと早い夕飯の支度は完了だ。


 すっかり身綺麗になった父さんは、母さんに愛を囁きながら近況報告をしているので、俺たちはテレビの前に移動する。


「もうすぐ始まるね。録画予約は……OK。これを観るのがすっごく楽しみだったんだ! お兄ちゃんが着ぐるみを着たんでしょ?」


「そう。それも凄くでっかいやつ」


「大変だった?」


「最初は。慣れたらなんとか。エア着ぐるみだから、身体の周りは全部空気で、大きな風船の中に入っているような感じなんだ。だから動くの自体は楽なんだけど、それらしく見せるのにはコツがいるかも」


「結衣もやってみたいなぁ」


「着ぐるみ体験? 俺も着るときはワクワクしたから、その気持ちは分かる」


 *


「エグザキッチン年末特別番組! 『ドッキリツアー! プリン工場へ行こう!』。本日は番組枠を大幅に拡大してお送り致します。番組開始までもうすぐ! チャンネルはそのままでお待ち下さい」


 CMに入り、父さんもこちらにやってきた。


「結星が出る番組は是非見なくちゃな」

「母さんは?」

「年越し蕎麦の準備だって。それほど手間じゃないから、結衣はそのままテレビを観ていていいって言ってたぞ」

「わーい!」




 ツアーのスタート地点である参加者の集合場所には、大型観光バスが駐まっている。その影には巨体を隠しきれない黄色い物体がチラチラ。


〈では、皆さまお揃いになりましたので、ここでこのツアーのマスコットキャラの登場です!〉


 ここで最初の出番だ。短い足を操作して、チマチマと進み出る巨大なヒヨコ。


〈デカッ!〉

〈でも可愛い?〉

〈もっと小さければ可愛い!〉


 この時は、参加者からの反応を見て、さらにアピールしようとその場でピョンピョン跳んでいる。


〈あの巨大で跳ぶんだ〉

〈案外身軽なんだね。ホッピングヒヨコとか!〉


 そして、バスに乗車して出発するツアー参加者たちをお見送り。何回も練習した「いってらっしゃい」のお手振りをここで披露する。右手パタパタ。左手もパタパタ。


〈ヒヨコちゃんバイバーイ!〉

〈あれはあれで、だんだん可愛く見えてきたかも〉


〈はい、OKです! では我々も移動します。ヒヨコさん着替えに入りまーす!〉


〈ヒヨコがお着替え!? あの中から意外なあの人が!? この続きはCMの後すぐ!〉


 えっ! そこも放映されるの? なんで冒頭からネタバラシ?


 CMが終わると、参加者の立ち去った駐車場で着ぐるみの空気を抜く光景が映ってる。


〈中から登場したのは……! ジャジャーン!〉


 そして派手な後付けの効果音と共に、着ぐるみの中から現れる俺の姿がバッチリ撮られていた。なのに、この時の俺はカメラが回っていることに気づいていない。だから、全然カメラを意識していないわけで。


 うわっ! 何キザに髪をかきあげてるんだよ。やだなもう、恥ずかしいじゃん! 


 着ぐるみの中身の正体を明かすのは、番組の最後の最後だと思ってた。服装も、動きやすいようにラフな私服を着ている。


 無意識に変なことしてないよな? ……うん、キザな以外は大丈夫そう。


「着ぐるみを着たまま移動するわけじゃないんだ?」


 番組が始まったばかりで着ぐるみを脱いでいる俺の姿に、疑問符を浮かべる結衣。


「一旦ね。送風機のバッテリーが2時間くらいしか持たないし、参加者を追いかけて行くのに、あの格好じゃロケバスに乗れないから」


「……なるほどなぁ。ツアーの参加者には、着ぐるみの中身が結星だというのは最後まで内緒。でもテレビの前の視聴者には、結星のお着替えシーンを繰り返し楽しんでもらう。そういう企画なのか。考えたな」


「そういうわけじゃ……いや、そうなの?」


 そう言われてみると、ロケ中はカメラをずっと構えていたような気がする。高そうな機材だから、気軽に置いたりできないのかなと思っていたけど、あれ全部回ってた? 実際にこうしてお茶の間に流れているわけで。


 まさかロケバスの中も? ……やばい! バスで移動中はかなり気を抜いていたっていうか、たしか寝てたよ俺。


〈武田くん、昨日は夜更かしでもしたのでしょうか? ロケバスの揺れが心地よいようで、どうやらうたた寝をしているとの情報が入ってきました。早朝ですものね、眠いのも当然です。テレビの前の皆様も気になって仕方ないと思うので、レポーターが代表してちょっと突撃してきます〉


 寝起きドッキリ企画みたいなわざとらしい囁き声で、レポーターがカーテンで仕切られた後部座席に近寄って行く。


 ロケバスにしてはやけに広くて豪華なバスだと思ったら、こういうことだったのか!


〈……皆さま、王子様はお休み中です。角度的にチラ見せになりますが、カメラさんが私に任せろ! と鼻息を荒くしているのでGO!〉


 マジか!


〈見えますでしょうか? パーカーのフードがちょっと邪魔ですが、麗しいご尊顔が覗き見えます。無防備です。隙だらけです。天使か! なぜか甘くていい匂いがします。この匂いの元を探るべく、ちょっと寝息を嗅ぎに……残念。ディレクターからNG、というか、近寄ったら間違いなく首が飛ぶそうなので、ここはグッと我慢!〉


「お兄ちゃん。このレポーター、たぶんエグザキッチンでクッキーを作った時の人だよ」


「よく分かるね」


 クッキー作りの時はナレーションがメインで、顔出しはあまりしていなかった気がするのに。


「あの番組以降、エロポーターってあだ名が付いて、かなり有名になったんだよ」


「そうなんだ。でもそれってあまり嬉しくないあだ名じゃないの?」


「ううん。本人は喜んでいるって聞いてる。仕事のオファーが急に増えたらしいよ」


「へぇ。ならいいけど」


 ……ん? いいのか?


 画面が切り替わり、ツアー参加者がプリン工場へ到着するシーンになった。参加者たちは工場の紹介と見学時の注意点を聞くために会議室へ。その間に俺たちが到着して、またヒヨコに大変身。


 かなり慌ただしいけど、製造ライン見学を終えて出てきた参加者を、出入口のホールでお出迎えするためだ。


〈ヒヨコちゃんだ!〉

〈また会ったね〉

〈握手して下さい!〉


 握手のお願いきた! ってこの時俺は張り切った。いいよいいよ。だって練習したもんねって。操作棒を操って握手。その際にジッと目の部分を覗き込まれた気がするけど、外からは見えないはず。……だよね?


〈ダメ。分かんない〉

〈でもまさか違うでしょ〉

〈万一の可能性……って思ったけど、そうは上手くいかないか〉


 大丈夫だったみたいだけど、勘のいい人がいるんだね。あるいは期待? 俺に会いたいって思ってくれたのは嬉しいな。


 指定養鶏場と指定牧場でも、同じように着ぐるみ姿でピンポイントで登場して、参加者にも視聴者にもヒヨコを強く印象づけた後、一行は再び工場へ。大会議室でお土産を渡されたら、バスに乗って帰路につくと参加者には説明してある。


 着たり脱いだり移動したりの繰り返しだったけど、それもこれで最後だ。


 大会議室に続く控室で、私服から衣装に着替えさせてもらった。着ぐるみに入る前に軽いメイクとヘアメイクも済ませないといけないから、キビキビと動いているスタッフさんに、俺は大人しく身を任せるだけだったけど。


〈王子様がお着替えをするようです。カジュアルな普段着から、ご開帳用の衣装にお着替えする模様を、皆さまには録画で、私は生でしっかり見てお伝えします。CMでは入浴剤に邪魔されてよく見えなかったピチピチのモロ肌を……えっ? ダメ? そんなぁ。ディレクターの首が飛ぶから生着替えはNGだと言われてしまいました〉


〈そこを交渉でなんとか……やった! モザイクありならOK? やりました! では、モザイク越しに、皆様お待ちかねのお着替えシーンをどうぞ!〉


 いやいや待って。なにこのレポート。Tシャツの下にはちゃんと肌着を着てるから! モザイクなんてかけたら、かえってエッチな感じがするじゃん!

 

「着替えシーンにモザイクか。やっぱりまだ男性保護法の壁は厚いね。でも以前よりはこれでも緩くなったと思うよ」


「前はもっと厳しかった?」


「うん。男の着替えなんて冗談でも映せなかった時代もあった。なにしろ男性の出生率が回復の兆しを見せてから今現在で20年弱。それ以前に男性の自殺リスクが高い時代を経てきているから、10年前ですら、もっと社会が過敏だった」


「じゃあいい方向に変わってきているってことだよね?」


「そう言っていいと思う。男女が自然に恋愛をする余裕が出てきたし、こういったバラエティ番組に男性が出演することで、女性たちが男性をより身近に感じるようになる。あともう20年くらい経てば、結星も遠慮なく裸体を晒せる日が来るかもよ?」


「しないから!」


 テレビ画面では、いよいよ着ぐるみの正体を告げる時がやってきた。着ぐるみ姿とのギャップが大事だそうで、できるだけ格好良く登場して下さいと言われていた。


 だから特殊スキル【煌めきフォトジェニック】を意識しながら臨んだわけだけど。


〈このツアー中、ずっと応援していてくれたヒヨコちゃんとも、ここでお別れになります。皆様盛大な拍手をお願いします〉


 ノリのいい参加者たちが、全員で力強く拍手をしてくれる。


 俺が送風機を止めて待っていると、外側からスタッフさんがファスナーをサッと全開に。あっという間に空気が抜けたから、ぺしょんと皮のようになった着ぐるみを両手で受けて、そっと外した。


〈どうしたことでしょう? ヒヨコが急にペッチャンコに。そして魔法が解けた王子様のように中から現れたのは……なななんと、エグザのCMで大活躍中の武田結星さんです!〉


 ……あれ? ここでそう思ったんだ。だって正体を明かしたら、みんな驚いてワーーっと騒ぎになるかなって想定していたのに、予想が外れてその場がシーンとしていたから。


「うわっ、泣いちゃってる」

「そう。びっくりさせたかったのに、なぜかみんな泣いちゃって」


 どうしていいか困ってしまった。


「きっと驚き過ぎたんだろうな。こんなに大勢の女性を泣かせるなんて、僕には無理だ。結星は凄いね」


 いえ、父さんの方が凄いから!


〈どうやら驚きを越えて、皆さん感涙の涙、涙、涙。会いたかった人に不意に会えて、声も出ない様子です。では、皆さんが落ち着かれるまで、武田さんにいくつかインタビューを。今日は朝から着ぐるみに入って登場されたわけですが、いかがでした?〉


〈皆さんの楽しそうな雰囲気を見て、自分も嬉しくなりました。着ぐるみを動かす練習をしてよかったなって思いました〉


〈今回は工場見学でしたが、次回は温泉ツアーなんていかがでしょう?〉


〈温泉も行ってみたいですね。でもその時は着ぐるみはなしでお願いします〉


〈着ぐるみでは入浴できませんからね! 是非生まれたままのすが……セクハラはNG、ハイ、ではこれはなしで。じゃあそろそろいいかな? 参加者の皆様に、武田さんからエグザのお土産セットを手渡しでプレゼント。このセットに入っている入浴剤は、この冬の新製品の……〉


 最後はみんな笑顔で番組は無事に終了。じゃあ、次はご飯かな。


「エロポーターさん、相変わらず弾けてたね。でも本当に温泉に行くの?」


「番組ではどうかな? 入浴剤のCMはしているけど、いわゆる温泉のもと系ではないよ」


「二人とも温泉に行きたい? 実は家族で行くために、温泉旅館に宿泊の予約をとってあるのよ」


 マジで? 家族旅行だって。それも泊まりで。


「それっていつ?」


「年明けの連休。降星くんが年末に帰国できそうだって聞いた時に、慌てて予約したの」


 さすが母さん。父さんが夏に帰って来た時に、寒くなったら温泉に行きたいねって呟いていたのを俺は知っている。おそらく母さんもそれを耳にして、バッチリ準備してたんだね。


 年明けの連休は予定を入れないでと、以前、念を押していたのはこのためか。


「うわぁ、お父さんと一緒に旅行だなんて楽しみ。お母さん、ありがとう」

「家族で旅行なんていいね!」

「父さんも楽しみだ」


「喜んでもらえてよかった。じゃあ番組は終わったみたいだし、みんなで年越し蕎麦を食べましょうか」


「「「はーい!」」」


 大海老が贅沢にドーン! と乗った蕎麦をみんなで食べる。家族揃っての大晦日。年が明けたら家族旅行もあるし、春にはいよいよ俺も大学生だ。来年も良い年になりそうだ!




この男に甘い世界で俺は。第五部 [了]


ーー☆お読み頂きありがとうございます☆ーー

 第五部はこれで終了です。またしばらく充電、書き溜め期間に入らせて頂きます。更新をお待ち頂けたら嬉しいです。


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お手に取って読んで頂けたら嬉しいです♪

よろしくお願い致します。



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