5-30 煌めきのクリスマス

 

「ユウ、そろそろショーが始まるよ」

「この場所だったら全体がよく見えるね。あのツリーがどうなるのか楽しみ!」


 FF21に隣接する商業施設のルークプラザ。その中心部に位置する屋内広場「センター・ヤード」は、1階から5階までの吹き抜けになったとても開放的な空間だ。


 クリスマスシーズンとあって、一階には、北欧の森をイメージした高さ8メートルのクリスマスツリーが設置されている。まるで雪の結晶を集めたような真っ白でキラキラと輝くツリー。一階で見たときは大き過ぎて視界いっぱいに映っていた。


 俺とユウの二人は今、それを4階の廻廊から見下ろしている。正面にちょうど、ツリーの天辺に飾られている大きな銀色の星が見えているから、どれだけ大きいのかが分かるね。


 もっと下の階からの方がショー自体はよく見えるはずだけど、二階や三階の回廊はさすがに人が多過ぎた。せっかく二人でデートに来たのに、ギューギュー他人とくっつきながらショーを観るのは避けたかったんだよね。


 時間になって広場の照明が落ちる。続いてメロディアスな音楽が聴こえてきて、巨大なツリーが全体に眩く光り始めた。


 薄暗い空間に浮かび上がる光のツリー。鮮やかな青から紫へ。そして濃い青へ。次々と色を変えながら夜空のような色に染まっていったツリーの表面に、スーッと白い光が流れた。


「あっ! 流れ星? また……」


 いくつもの流星が流れるツリーを見下ろすユウの横顔を見ながら、回廊の手すりに置かれた華奢な手を、上から覆うようにそっと握った。


 びっくりして見上げてくるユウの耳元で、ここではない未来の約束を囁いた。ユウのサラサラした黒髪が俺の頬に触れそうな、そんな距離で。


「いつか、本物の流星が見える場所に二人で行ってみようね」

「……うん」


 ちっちゃな声で返事をしながら、はにかむユウがめっちゃ可愛い。そこで次々と色が変わるツリーが一際白く輝き、ショーはラストを迎える。


「えっ、雪? あんな……あんなに上の方から」

「凄いね。屋内なのに、こんなに沢山降ってくるなんて予想外」


 ショーの締めくくりの降雪ショーに、思わず歓声をあげる観客たち。約30メートルの高さがある吹き抜けの最上部から、銀色に煌く雪がチラチラと舞い降りてくる。もちろんフェイクスノーだけど、大事なのは本物かどうかより、この甘く華やかな雰囲気だ。


 降り続ける雪と流星に続いて投射されたツリーの周りをクルクルと巡る、トナカイのそりに乗った青い光のサンタクロース。


 一人で見てもきっと綺麗に感じるだろうけど、可愛い彼女と同じ視線で同じものを見て、一緒にはしゃいで。今この時に共にいる幸せが湧き上がる。


 久々のデートで俺的には気障すぎる気がするけど、こういう男からしてみれば恥ずかしいくらいの甘さが、クリスマスには絶対に必要な要素なんだって。


 女の子の憧れる素敵なクリスマスデートのシチュエーション。ちょっとは叶えてあげられたかな?


 

 *


 こんな甘々デートをしているのには実は理由がある。


 高校生最後のクリスマス。受験直前期だから、さすがにパーティを開けくわけにはいかない。だけど、ちょっとでいいから思い出作りはしたい気がする。そう思って、受験勉強で猛烈に忙しい彼女たちに恐る恐る相談してみたところ。


「「「クリスマスデートをしたい!」」」


 ……と、三人が口を揃えて、クリスマスバージョンのデートを希望した。それもグループデートではなく1対1で。


 やけに気合いが入っていた気がするけど、受験本番時期になると学校は自由登校になってしまい、しばらく会えなくなる。だから、個別にデートしてイチャイチャするのは俺としてもやぶさかではない。

 

 でも、クリスマス前後はデートスポットはどこも激混みになるし、さすがに1月下旬にある共通統一テストに近過ぎる。だから少し前倒しして、12上旬にスケジュールを組んでみた。


 クリスマスは、どうやら女性ばかりのこの世界でも女の子にとって特別な日らしい。特別な日の特別なデート。やっぱりロマンチックなシチュエーションを期待されちゃうよね。


 そこでない知恵を振り絞って考えた。


 三人ともそっくり同じデートコースじゃあまりにも芸がない。でも、もうあまり日にちがないし、エスコートするのに下見が間に合わないようでは困る。比較的近場で、乙女的にロマンチックな景色があり、三者三様のデートができる。


 それにぴったりな場所として最終的に選んだのは、夏にスイーツのイベントがあったFF21の周辺エリアだった。


 *


 そして冒頭に戻るわけだ。この未来都市エリアは国際展示場以外にも、複数のショッピングモールなどの商業施設や飲食店に、美術館や博物館にホテル、さらに公園やいくつもの広場が点在していてとても広い。


 クリスマスデートのトップバッターのユウとはアークプラザのクリスマスショーを観て、その後は紅煉瓦倉庫で開催中のクリスマスマーケットを巡った。


「ドイツのクリスマスマーケットってこんな感じなんだ?」

「お店が山小屋ヒュッテになっていて可愛いね。屋根に雪だるまが乗ってる」


 屋根を紅白のストライプに統一した山小屋風のショップが、ライトアップされた紅煉瓦倉庫の前にズラリと並ぶ。


 本場ドイツのものを倣ったという謳い文句で、あちこちに大きなクリスマス飾りがディスプレイされていて、見ているだけでも楽しい。


 ショップでは、ドイツの郷土料理を始めとするフードやドリンクやお菓子、クリスマス雑貨なんかを売っている。


「二個セットの限定マグカップだって。定番だけどデザインが可愛いね」

「買って行こうか?」

「うん!」


 イベント限定のオリジナルペアマグカップ。持ち手を外側にして二つ並べると、ひとつの絵柄が完成する。紅煉瓦倉庫とクリスマスの飾りがついた大きなツリー。そのツリーを寄り添って見上げる恋人たち。そして舞降る雪。


 このマグカップを見たら、きっと今日のデートを思い出す。その度に、ユウのこの笑顔やほっこりとした温かい気持ちが蘇ってくるんだろうな。


 ◇


 日を改めて、今日はシズとのデート。


 シズには予め「どこかでのんびりしたい!」という要望を受けていたので、やってきたのは上空273メートルからFF21や港を一望できるスカイヤードだ。


 日本最高速というエレベーターに乗ると、あっという間にルークタワーの69階にあるスカイヤードに到着。おおっ! なんかめっちゃ近未来感。フワッと身体が浮く感じがする。


 そのせいか、シズが俺の腕にギュッと掴まってきた。事前に高いところは大丈夫だと聞いているけど、意外に怖がりさん? そのまま二人でくっつきながら到着したスカイヤードは、遥か遠くの景色まで見渡せる天空のラウンジといった、ゆったりとしたたたずまいの場所だった。


「へぇ。座る場所がたくさんあるんだね。あっ! 富士山だ」


 今日は運良く晴れているから、富士山や箱根の山まで見透せる。結衣が作ってくれた照る照る坊主のおかげかな?


「ここにはカフェが併設されていて、最前列のソファはカフェ専用なんだって。念のため席を予約してあるから、飲み物を買ってくるついでに確認してくるよ」


 そう言ってみたけど、離れるのはいや〜とくっつき虫になったシズと腕を組んだまま、360度ぐるっと歩いて見て周り、飲み物もゲットして指定された海側のソファに座る。


「港がよく見える。ここから遊園地も見えるんだね」

「確かに。この高さからだと港の様子がよく分かるね。空もやたら広いし癒されるかも」


 外周に張り巡らされた窓ガラスに向かって数メートルおきに、俺たちが座っているのと同じ二人がけのソファが数点並び、通路を挟んだ内側には階段状に広がるデッキ状の木製ベンチが数多く設けられている。予想より人は少ないけど、これから混んでくるのかも。


 カフェスペースの隣にライブラリがあり、借りてきた本を二人で覗き込みながら、シズといろんな話をする。


「受験……上手くいかなかったらどうしよう? 最近、夢を見るの」

「どんな夢?」

「テストを受けていて、でも答えが全然分からなくて、それでもなんとか解こうとするんだけど、時間が足りなくなって、もうダメだって……このままじゃ、私一人失敗して、みんなに置き去りにされちゃう。そんな夢」


 ちょっと泣きそうな顔のシズ。シズはもの凄く優秀だけど、第一志望は日本最難関の大学だ。そのプレッシャーはとても大きいはず。シズの小さな肩を抱き寄せて、不安げに揺れる瞳を見つめた。


「大丈夫。もし万一、意地悪な神様が邪魔をしてきても、シズには俺がいるよ。シズが凄く頑張っているのをずっと見てきた。好きな女の子がちょっと躓いたからって、俺は置いて行ったりしない。俺を信じて」

「うん。うん……信じる」


 シズは努力家でもあるけど、だからこそ受験に100%がないのを分かっているんだろう。でも悪い夢を見ちゃうのはどうにかしてあげたい。だったら。


「怖い夢の代わりに、俺の夢を見るようにおまじない」


 そう言って、俺はシズの額に軽いキスをした。


「ゆ、結星くんの夢?」


 途端に真っ赤になって、キスしたところを指先で押さえるシズ。ちょっと慌てているみたいだけど、気分はバッチリ浮上したかな?


「どう? 見れそう? 今みたいな夢を」

「……見れたらいいな。おまじないさんの効果で」


 そんな感じでイチャイチャしてみた。夢で再現できるように! ……なんて、俺がイチャつきたかっただけかも。だって気にして額をちょこちょこ触るシズが可愛いかったから。


 移り変わる外の景色。陽が落ちて、茜色に染まる港の風景から一転。眼下に光で構築された煌めくFF21が燦然と浮かび上がる。


 商業施設だけでなくオフィスにホテル。このエリア全体がクリスマス用にライトアップされているから、眼下に眩いばかりの光の街が広がっていた。


「凄い。街全体が光ってる」

「綺麗だね。今度はあの大観覧車に乗ってみようか?」

「春になったら?」

「そう。春になったら」

「絶対だよ! 約束ね!」


 名残惜しいけど、スカイヤードを立ち去り駅に向かう。


 隣のターミナル駅に直結する幅広いプロムナードの両側には、街路樹にクリスマスのイルミネーションが施されていて、冷たい空気の中で冴え渡る、澄んだ青い光の木々が立ち並んでいる。


「なんか今日はすっごい贅沢をした気分。結星くん、素敵なデートをありがとう」

「俺も楽しかった。こういったのんびりしたのもいいね」


 あちこち見て回るのも楽しいけど、こんな時間の過ごし方も十分にありだと思った。


「来年もまた来れるかな?」

「シズが来たいって思えばいくらでも?」

「やった! これで約束が二つ。なんか、受験を頑張れそうになってきた」

「俺は絶対に待ってるから。どんとぶつかってこい!」

「うん!」


 来春の約束と来年の約束。忘れずに叶えてあげよう。そう思った。


 ◇


 ココとのデートの場所は、新港湾地区のイベント会場からスタートだ。運河沿いにあるセントラル広場には、メディアアートやイルミネーションが展示されている。


 光と音で演出された新感覚のイルミネーション体験。それがこのイベントのキャッチコピーだ。

 

 暗闇にピンク・赤・青・紫・緑・白。色とりどりに光る花畑。ライトアップされてカラフルに輝く樹木や植栽。幻想的ともいえる大規模なアートは、その背景がさらに贅沢だった。


 これも借景になるのかな? 花畑の背景にはジャックランタンのように赤く浮かび上がる紅煉瓦倉庫が見えるし、運河の背景にはFF21の夜景が輝いている。

 

「すごーい! 人工の花でこんな花畑を作っちゃうんだ。まるで絵本の世界だね」

「あっちの方には、床と壁が一体になった投射型の光りのアートがあるって」


 アート以外の照明は落とされていて、さらに足元からの光で逆光になるから、ちょっと離れると互いの顔が分からなくなるくらいに薄暗い。


 そんな暗闇の中で手を繋いで、幾何学模様に光る床や宝石のように輝く床、光の滝と化した壁から凄い勢いで流れていく光の川を二人で踏みながら進む。


 そしてアートは地面や壁だけじゃない。空中にもあった。


 空に向かって気泡のように立ち昇る光の粒。その中にいると、まるで熱帯魚にでもなった気分だ。かと思うと、中空に忽然と現れて飛び交う沢山の幾何学模様。地面には光の模様が次々に変化しながら描かれていく。


 サーチライトやレーザー、投射機を効果的に使った目まぐるしく移り変わる不思議な空間。


「面白い!」

「けっこういい運動になるかも」


 地面に映し出される模様を、子供のようにステップしながら踏んでいく。


「きゃっ!」

「おっと!」


 ヒール付きのブーツを履いていたココが、バランスを崩して転びそうになった。おっと、危ない! ココを慌てて抱きとめる。そうしたら、そのままココの腕が、ギュッと俺の背中に周り、正面から抱き合う形になった。


「もっとギュッとしてくれる?」


 バクンッ! と自分の心臓の鼓動が聞こえた気がした。


「こう?」

「うん。ねえ、ここなら暗くて周りからは見えないよ」


 首に腕を回される。ヒールが高いから、ココの顔が息がかかりそうな距離にあった。ぷるんとしたココのピンクのリップが暗闇にキラッと光った気がした。


 どちらから仕掛けたのか分からないくらいの、羽根がふわっと触れるようなキスをした。


「好き。大好き」

「俺も好き」


 名残り惜しい気したけど、しばらくくっついて、ちょっと余韻を楽しんだ後に次の場所へ移動した。


「運河もいいけど、海も見たいなと思って」

「こんな場所があるんだね!」


 やってきたのは太桟橋の国際線客船ターミナル。


 ガラス張りの長い通路は、夜になるとライトアップされて青い光で満たされる。


「異次元空間ってこんな感じ?」

「見えるもの全部が青いなんて、変な感じではあるね。水の底みたいだ」


 通路から階段を上がると、屋上のウッドデッキに出る。外周部には幅広いウッドデッキが張りめぐらされ、中央部分はなだらかな丘のように芝生が張ってあって、ちょっとした公園並みの広さがある。


「潮の匂いがする」

「寒くない?」

「大丈夫。結星くんが温かいから、海風が気持ちいいくらい」


 冷たい微風が頬を撫でていっても、二人の間に隙間はない。だって密着してベンチに座っているから。


 今日もキラキラと輝くFF21の夜景を見ながら、ただくっついているだけでなんか幸せ。


 港が明るすぎて実際の空の星は見えないけど、この見上げた先には、満天の星が輝いている気がした。




☆ーーお読み頂きありがとうございますーー☆

受験のため不足していたイチャラブを補充。三人の空気感をガス抜きできたら幸いです。

作品を気に入って頂けましたら、+☆☆☆評価を是非ともお願い致します。お星様が欲しいです!

作品のフォローやハートも嬉しい!


よろしくお願い致します♪ 漂鳥

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