5-12スイーツサテライト at FF21

 

 イベント当日。


 大展示ホールは天井が非常に高く、縦にも横にも相当に広い空間なのに、既に会場中に甘い匂いが漂っていた。


 昨日は、組み上がったステージとプリン・サテライトのブースで、進行表に沿ってリハーサル的なものをした。今は、開場の前にスタッフの人と最後の確認だ。


「段取りは、打ち合わせ通りで変更ありません。出番になりましたら声をお掛けしますので、それまではこちらで待機をお願い致します」


「はい。今日はよろしくお願い致します」


 大展示ホールに隣接する通路沿いに、幾つも部屋が並んでいる。


 今回はそこが、各サテライトの関係者控え室として割り当てられていた。普段は小会議として使われているのか、内装はビジネスライクで案外広い。


 壁際に設置されているモニターには、会場内の様子が映し出されている。先ほどからひっきりなしに続いていた商品の搬入が、ようやく終わりそうな雰囲気だ。


「もうすぐ結星くんのお父様が、ここに挨拶回りにいらっしゃるのよね」


 今日も潤さんが事務所の付き添いとして来てくれて、企業側の関係者である頼子さんも一緒にいる。こういった大きなイベントで、知り合いがいてくれるのは心強い。


 父さんはプリン・サテライトの協賛団体の代表者であると共に、このイベントの主催者側でもある。そのため、今日はあちこちに顔出しをする必要があって忙しいらしい。


「順番に各サテライトの控え室を回ってらして、ここには最後にいらっしゃると聞いているわ。なんか緊張しちゃいそう」


「じゃあ、もうしばらくは待つようね。お茶を淹れるけど、結星くんも飲む?」


「はい、頂きます。父は気さくな人柄なので、気楽にしていてください」


 しばらく共に暮して分かったのは、父さんはかなりフレンドリーな人柄だということ。かつては人間不信だったなんてとても信じられない。


 本人は、人との距離を測るのが苦手で、その一方で、一旦気を許すとすぐに距離が近くなっちゃうんだよーーなんて言っていたけど、その気を許した後のパーソナル・スペースがかなり狭くて、男の俺でもドキッとすることがあるくらいだ。


 あれをもし女性にもやっているとしたら……うん。父さんって案外罪作りなタイプなのかもしれない。



 *



 工夫を凝らしたのぼりや看板。何より参加者たちの活気を感じる。会場してすぐに通路には人が溢れ、売り子の人たちも忙しそうに動いていた。


「皆様おはようございます! 本日の『新鮮情報局生ライブ』は、ここFF21で絶賛開催中の食品イベント、スイーツサテライトから、リレー方式の生中継でお送り致します!」


 すぐ近くにあるステージから、TVの情報番組のコーナー司会者の声が聞こえてきた。カメラが複数台用意されていて、これから各サテライトを紹介して回ることになっている。


「では、まず最初はこちら。見て下さい、このチョコレートの滝。むせ返るような甘いカカオの香りが辺りに充満しています」


 中継リレーは、幅広い中央通路を挟んだ対岸にあるチョコレート・サテライトから始まり、U字型にグルっと一周して、最後がプリン・サテライトになる。


 プリン・サテライトは、広いスペースを最大限活用して、販売・試食コーナーと展示コーナー、そして今俺が立っている撮影コーナーが設置されている。


 展示コーナーにあるのは、写真パネルやクイズ形式で解説されるプリンの歴史だ。


 昨日来たときにひと通り読んでみたけど、知らなかったことばかりでためになった。プリンの発祥地はイギリス。船乗りが食糧を無駄にしないようにと、卵液を使って端材を蒸し料理にしたことが起源らしい。


 それが一般家庭にも広がり、卵に牛乳や砂糖を加えたお菓子も作られるようになった。これがいわゆるカスタードプリンだ。


 でも、イギリスでプリンあるいはカスタードプリンを下さいと言っても通じない。


 プリンは日本でできた言葉で、日本でいうカスタードプリンは、海外ではカラメル・カスタードやクレーム・カラメルと呼ばれていて、カスタード・プディングでギリ通じるかどうかなんだって。


「そろそろ中継が来ます。ピンマイクの確認と移動をお願いします」


 スタッフさんから声がかかり、所定位置に移動する。


 〈キャーーーッ! キターーーッ!〉


 〈動いてる! やだめっちゃカッコいい〉


 〈結星くーーん! きゃっ♡こっち見た!〉


「こちらが最後にご紹介するプリン・サテライトです。聞こえますか、この歓声? ここには大勢のファンの方が集まっています。それはなぜかと言えば」


 そこで指定のカメラに向かってニッコリ。お茶の間の皆さんに笑顔の大盤振る舞いだ。


 〈キャーーーッ!〉


 〈笑ったーー! キャーーーッ! ステキーーッ!〉


「そうです。巷ではプリン王子という愛称で親しまれ、現在人気沸騰中の武田結星さんが、スペシャルゲストとして来られているからです。おはようございます。凄い熱気ですね」


「おはようございます。朝からこんなに大勢のお客様に来て頂いて、感謝の気持ちでいっぱいです」


「武田さんは、エグザのCMでブレイクされて、今回もCM商品を中心にキャンペーンを行うためにいらしたと思いますが、このイベント自体のスペシャルゲストでもあるんですよね」


「はい、そうです。後ほどステージでトークショーをさせて頂きますので、よろしければ皆さん観に来て下さい」


「それは楽しみですね。ところで、先ほどから気になるのが、隣にあるこのセットなのですが、これは一体なんでしょう?」


「これはテレビCMで実際に使用されたセットで、等身大にした六角プリンの容器になります。このイベントでは撮影スペースとして開放されているので、中に入って自由に写真を撮ることができます」


「それは面白そうですね。では、ちょっと中に入ってみましょう」


 打ち合わせでは、レポーターさんに続いて俺がセット内に入ることになっていたんだけど。あれ?


「えっ! えっ、なんで武田さんも?」


 なぜかレポーターの人が慌てている。スタッフさんをチラッと見たら、こっちに向かって頷いているから、俺が間違えているわけではなさそうだ。


 じゃあ台本通りで。


 後退るレポーターさんに近づいて、ゆっくりとした動きで打ち合わせ通りに容器の壁に手をついた。腕の中には、マイクを握りしめながらプルプル震えるレポーターさんの姿が。


 もしかしてサプライズ壁ドン? デカい男の腕に挟まれて、凄く驚いているみたいだけど、俺もここでセリフを言わないといけない。もうちょっとの間、ごめんなさい。


「新製品のプリンキャラメルやイベント会場限定のプリンソフトクリームもあるので、是非みなさん食べに来て下さいね」


 透明な壁越しにバッチリ撮影しているカメラを意識しながら、レポーターさんに壁ドントーク。


「こんなの聞いてないですーーっ!」


 もう一台のカメラが横からも撮影しているから、レポーターさんの悲鳴と共に、いい絵が撮れてそう。


「ぜ、絶対に食べます!」


 レポーターさんは、ちょっと噛んでいたものの、でもさすがプロ。


「この会場にはスタンプラリーも設置されていて、スタンプを全部集めるとオリジナルマグカップを貰えます。当日券もまだ若干残りがあるそうなので是非ご来場下さい。では中継は以上です。スタジオお願いします」


 そう締めくくって、予定通りに中継は終了した。番組のスポンサーにエグザが入っているので、この流れでスタジオでエグザの商品が紹介されることになっている。


「お疲れ様でした」


 これで次の出番まで一旦休憩だ。


「うわ、私だけ知らなかったとか、サプライズ演出にしても心臓に悪すぎます」


 ちょっと愚痴り気味のレポーターさんの声が聞こえた。


「でも役得だったでしょう?」


「臨機応変なのを益々アピールできたね」


 ディレクターさんやカメラマンさんに口々にそう言われてる。生中継でサプライズ? ちょっと可哀想な気もするけど、このレポーターさんが、それだけ期待されている人なのかもしれないね。


「それはもう、超素敵な体験をさせて頂きました。今夜はいい夢を見れそうです」


「だよね。私は録画で我慢しようっと。いいな〜夢の壁ドン! 憧れよね」


 撮影スタッフさんに笑いが起きて生中継は終了。


 よく考えたら、全国のお茶の間に俺の壁ドンが中継されたってことで、なんか恥ずかしい。これで本当にプリンが売れるのかな? ねえ?


 《プリンへの好感度が急上昇。現在の主人公指数は「30,739,055pt」、ユニーク指数は「1,800,861人」です》


 ……なんか、凄い数字が聞こえた。

 

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