5-02 オープンキャンパスへ行こう

 

「お兄ちゃん、一緒にサイト見ようよ」


「うん、いいよ。俺もちょうど調べようと思っていたところ」


 なんの話かというと、オープンキャンパスのことだったりする。


 他人に頼ってばかりじゃダメだから、結衣と一緒にオープンキャンパスの特設サイトを覗いてみた。そうしたら、予想していた以上にいろいろなイベントがあることが分かった。


 まずは大学説明会。学部や学科紹介に施設見学会など。


 次に公開授業や体験授業。


 あとは学生企画のイベント関係。応援団のパフォーマンスやクイズ形式での大学紹介に構内ガイドツアー、それと。


「受験体験談のトークライブだって。俺にはいらないけど、結衣たちには参考になるんじゃないか?」


「そうかもね。あっ、でもこれ。去年や一昨年の動画が上がってる。とりあえず今回はそれを見ておけばいいかも。結衣たちには来年もあるし、せっかくだから一緒に回れるのにしようよ」


「でも、俺の都合に合わせちゃっていいの?」


「うん。早苗ちゃんと陽花はるかちゃんも、三年生のお兄ちゃんの希望を優先して欲しいって言ってた」


 うわっ。年下の子たちに、気を使ってもらっちゃった。結衣の友達は、本当にいい子ばかりなんだよね。なんか申し訳ないけど、好意はありがたく受け取るつもり。


「こんなにあると、全部は行けそうにないから、そう言ってもらえると、実はとても助かる」


「でしょ。それで、お兄ちゃんはどのイベントに行きたいの?」


「うーん。どうしようかな。授業や在学生の雰囲気は見たいかも」


 重視するのは空気感っていうのかな? そこになる。


 なにしろ四年間も通うわけだから、肌に合うとか合わないとか、たぶんそういった相性が大事なんじゃないかって気がする。同様に授業スタイルが好みに合うかどうかもチェックするつもり。


「ふむふむ。ガイドツアーやパフォーマンスはどうする?」


「ある程度自由に見て回りたいから、事前申し込みがいるツアーはやめておこうかな。パフォーマンスは見れたらでいいや」


「なるほど。なら構内を見学できて、公開授業や学生さんの様子が見れるようなイベントがある日を選んで行けばいいね」


「うん。そんな感じ」


「じゃあ二人とも相談して、結衣たちが日程を決めちゃってもいい?」


「頼んだ」



 ◇



 そしてオープンキャンパス当日。


 服装はちょっと迷ったけど、相談の上、制服で参加することにした。これから向かうのは、共学の私立大学では最難関と言われる伝統校の爽馨そうけい大学。


 そんな凄そうな大学に俺が進学できるのかって?


 そこが非常に肝心なので、進路相談の際に推薦が取れるかどうかは確認済み。

 行けるそうです。さすが超進学校というべきか、栄華秀英学園からは、毎年かなりの合格者を出していて、進学者も多いんだって。


 でも女子生徒は、果敢に一般入試にも挑む傾向が強くて、推薦枠は余りがち。俺が志望する教育学部数学科なら、ほぼ確実に取れると言われた。


 ちょっと心配だったのは「ほぼ」ってところ。これも確認してみたけど「受験に100%はない」から断定しなかっただけで、俺の内申ならハネられることはないそうです。


 よかった。俺なりに学業も頑張っていたつもりだったけど、周りの女子たちがあまりにも優秀だから、学力面に関しては自信喪失気味。だって、みんな本当に賢い。そして頑張り屋さん。


 教師からひとつ念を押されたのは、これからオープンキャンパスに参加するなら、志望校や志望学部を特定されないように、ダミーも含めて何箇所か見て回りなさいっていうことだった。


 理由を聞いたら、男性芸能人(そう言えばそうだった!)が進学予定の大学は、例年人気が急上昇するそうで、推薦が決まる前に特定されてしまうと、希望者多数で選抜が厳しくなるとかなんとか。うん。それは困るから気をつけます。



 *



「おはようございます」


「おはよう。陽花はるかちゃん、早いね」


 他の二人とは、大学の最寄りの地下鉄の駅で合流することになっている。待ち合わせ時刻の20分前に着いたのに、そこには既に相良さんの姿があった。


 制服にしておいてよかったかも。改札前のスペースは、受験生らしい若者たち(ほぼ女性)でかなり混雑していて、私服だったら捜すのが大変だったかもしれない。


 数分後に、早苗ちゃんから駅に到着したという連絡が入った。人混みの中をかき分けて、こちらに近づいてくる姿が見えてくる。


「すいません、お待たせしました」


「待ってないよ。それにまだ待ち合わせ時刻よりかなり前だから」


「うちの生徒が結構いるね」


 栄華秀英の制服姿が、待ち合わせをしている人の中にチラホラ見える。


「やばっ! めっちゃ、こっち見られてる。早く行こうか」


「そうだね。人口密度が増してきたし」


 階段を上って地上へ出た。


 大学の正門までは徒歩八分くらい。あまり広くはない歩道も、既にかなり混雑していた。ゾロゾロと目的地へ向かう受験生の列。これなら迷うことはなさそうだ。


「一般入試当日には、この歩道が大渋滞して全然進まなくなるそうですよ」


 うわぁ。なんか想像できる。


「爽馨大だもんね。一度に一万人くらい集まるんだって?」


「受験日当日の様子がネットに上がってましたけど、人・人・人の壁でそれはもう凄かったです」


「そっか。一般入試はそういう面でも大変なんだね」


「先輩は男性だから、推薦でも一般でも、女性とは別の日程で考査を受けるみたいですよ」


「推薦の場合でも別なの?」


「男性の個人情報保護についての漏洩は厳しいですから、受験情報がリークされないように、大学側も慎重に対応するって聞きました」


 そうなんだ。


「それって。共学でも、男子生徒はあまり歓迎されないってことかな?」


 そこがちょっと心配。


「そんなことないです。爽馨みたいな総合私立大学は、様々な個性が共存する環境を重視していますから、数少ない男性は大歓迎だと思います」


「それならよかった。でもその言い方だと、専門大学や国立大学は事情が違うの?」


「そうですね。そういった大学は大学全体の生徒数が少ないので、男性がいるともの凄く目立つと聞いています。特に国立大学は、人口対策のために統廃合が進んで理系特化の研究所みたいになっていますから、博士課程までの一貫教育が前提で、研究者志望の人しか志願しません」


 国が、いやこの世界が真剣に取り組んでいるのが人口対策だ。国立大学や特化大学には男性優遇枠がなかったし、一般受験での進学は厳しいと言われたので、進学先からは真っ先に除外して、特に調べていなかった。


「なるほど。それなら、よほどなりたい職業がない限り、男性は総合大学に進んだ方がいいってことだね」


 そうこう話している内に、正門前に到着した。


 そこは広いバスロータリーになっていて、右手には黄色味を帯びたクラシカルな建物が見えていた。


「あれが大熊座おおぐまざ講堂か。写真でもカッコいい建物だなって思ったけど、実物はめっちゃ貫禄があるね」


「確か重要文化財なっています。この大学には建築学科がありますから、気合いを入れて造られているみたいですよ」


 早苗ちゃんの説明によると、向かって左にある時計塔は今も現役で、天辺の王冠みたいなところに鐘が設置されていて、一日六回鳴るらしい。


「お昼の鐘は聞けるかもしれないですね」


「早苗ちゃん、やけに詳しいね」


「えへっ。お姉ちゃんの受け売りです」


 さすが田原さん。じゃあついでに、疑問に思ったことを聞いちゃおうかな。


「こういう建物って茶色い煉瓦造りならよく見かけるけど、黄色い色調のタイルなんて珍しいね」


「信楽風の焼き物で、釉薬をかけて焼かれているそうです。全て手作り。スクラッチタイルというものらしいですよ」


 即答で答えが帰ってきた。姉の田原さんに比べて、ぽわんとした雰囲気の早苗ちゃんだけど、お姉さんと同様、頭の回転は速いのかもしれない。


「それは手間がかかってるね」


 一箇所で立ち止まって話をしていたせいか、若干目立ってしまったみたいで、いつの間にか周りに人が集まっていた。


 〈プリン王子がいる〉


 〈えっ! 本物? うわぁ。マジモンだ〉


 〈やだ。実物大天使じゃない! めっちゃカッコいいんですけど〉


 〈制服姿が尊い。尊過ぎる〉


 〈受験生? つまり受かれば同級生? どうしよう。ヤバイよヤバイよヤバイよ〉


「受付に移動しようか」


「その方がよさそう」


「やっぱりお兄ちゃんは目立つね」


「私たちがしっかりガードしますから、先輩はあまり離れないで下さいね」


 えっ? 大学構内だよ。ガード必要?


 ちょっと不安になりながらも、俺たちは正門内にある受験生受付に向かった。

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