5-03 続・オープンキャンパス

「うわぁ。めっちゃ広い」


 正門から入ると、街路樹も目に鮮やかな整然とした街並みが広がっていた。

 ゆとりのある広々とした中央通り。入口からでも見通せる正面奥の広場には、著名な創立者の立ち姿の銅像が見えている。


 栄華秀英学園もかなり敷地は広い。でもそんなの比じゃないくらい、ひとつの世界というか、大学のキャンパスならではの独特の開放的な雰囲気があった。


「建物が沢山あり過ぎて、地図を見ないと迷いそう」


 いや俺なら、地図を見ても迷う自信がある。それにしても格好いいキャンパスだな。伝統校というだけあって、パッと見渡しただけでも、新旧さまざまな校舎が何棟も建っている。


 落ち着いたベージュ色を基調としたクラシカルな建物と、ガラスを多用した近代的な建物が混在しながら、不思議と全体は調和している。入ってすぐにある、最近完成したというタワー校舎は、まるでハイグレードのシティホテルみたいに見えた。


「まだ時間があるから、グルッと敷地内を回ってみない?」


「そうだね。入口の辺りは混んでいるから、順番に奥の方へ行ってみようか」


 本当なら、本命の教育学部があるキャンパスの一番奥に直行したいところではある。でもそれだと、いかにもここを受けます! とアピールしているみたいになるからダメだって、年下の三人に指摘されてしまった。


 そっか。大学だけじゃなくて学部も特定されちゃマズイんだよね。


 ここ爽馨そうけい大学の教育学部数学科を第一志望にしたのは、理工学部と同等の専門的な数学教育を受けられて、理学の学士号を取れることが最大の理由だった。希望すれば、成績次第ではあるけれど、理工学部の大学院に進学することもできる。


 もちろん教育学部なので、教職課程を希望(なんと必須ではない)すれば、教員養成の面でもとても充実している。教員志望の俺には、これも重要ポイント。


 更に総合大学なので、学部や学科が数多くあり、専攻領域以外の科目も自由に選択履修できるのが魅力的だった。


「大学のサイトから、キャンパスマップを印刷してみました」


 そう言って、隣にいた早苗ちゃんがカラープリントを取り出した。地図ね。この広さなら確かに必要かも。


「準備いいね。見せてもらってもいい?」


 ここで俺がちょっと迂闊な行動に。早苗ちゃんって、結衣と似たような背格好をしているんだよ。だから、つい結衣が相手みたいなつもりで、ピタッとくっついて地図を覗き込んでしまった。


「ふわぁ!」


 驚いた早苗ちゃんが、慌てたようにパッと俺から離れて、地図を差し出してくる。


「に、人数分を刷ったので、先輩も一枚どうぞ」


「あっ、ごめん。くっつき過ぎた? 俺の分も地図をありがとう。凄く助かる」


「い、いえ。どう致しまして……ヤバイ、とってもヤバイのです」


 早苗ちゃんの顔がちょっと赤い。いけない。この世界的には、男女間のパーソナルスペースって、かなり広いんだった。異性に自らから身体を寄せるのは、家族以外ではかなり親しい場合だけ。それも恋愛的に。


「これによれば、あの銅像を過ぎてから右折して真っ直ぐ進むと北門があるらしいです。その手前を左折すると、教育学部の校舎と生協や体育館があります。北門を出れば、正面に中央図書館があるそうです」


 まだ顔が赤い早苗ちゃんが、地図を握りしめながら説明してくれた。本当にさっきはごめんね。


「じゃあまずは、図書館を見に行くという体裁で北門まで行って、そのあと引き返して周辺校舎を見学しようか。それでいいかな?」


 そうして見に行った図書館がまた凄かった。


「えっ? 学校?」


「そんな風にも見えますが、ここが間違いなく中央図書館ですね」


 まるで中高の校舎のような立派な建物で、とにかく大きい。


「ねえ、せっかくだから、ここでみんなで記念写真を撮らない?」


「撮る撮る!」


 陽花ちゃんのアイデアで、図書館を背景に急遽記念撮影をすることになった。


「じゃあみんなそこに並んで。最初のカメラマンは俺が……」


 撮ろうか? という言葉を遮るように、陽花ちゃんが、俺の後ろを指さした。


「先輩! あそこにいるのは、栄華秀英の生徒じゃないですか? あっ、もしかして知り合いかも!」


 振り返って見ると、確かに栄華秀英の制服姿が何人かいる。


「本当だ。同じクラスの子たちだね!」


 へえ。結衣のクラスメイトか。みんな高一から熱心なんだな。


「ちょうどよかった! 彼女たちに撮影をお願いしちゃってもいいですか?」


「うん。迷惑でなければ、俺は全然構わないよ」


 全員で写れるから、頼めるならその方がいいかも。


「ちょっと、声をかけてきます」



「陽花! どうしたの? なんかあった?」


「ううん。おかげ様で警備はばっちり。だからご褒美ってわけでもないけど、先輩と一緒に記念撮影をする機会を作ってみた。どう?」


「陽花、天使! やるやる、絶対やる」


「一緒にお写真! な、生写真ですか?」


「そうそう。最初に私たちを被写体にシャッターを押してもらうけど、その後で、いろんな組み合わせで撮影をお願いしようと思ってるの。たぶん先輩ならOKしてくれるから」


「やったぁ!」



「全員、同じクラスなの?」


「そうなんです! 結衣ちゃんたちが、オープンスクールに行くと聞いて、私たちも行っておいた方がいいかなって思って」


 あの後更に、別の栄華秀英のグループが現れて、ちょっとした撮影大会になった。まだ受験が先の学年のせいか、和気藹々と楽しげで、社会科見学をしているみたいだ。撮影が終わった後も、なんとなくの流れで、公開講座までの空いた時間を集団で移動することになった。



「えっ、ボロ……じゃなくて、素敵な趣のある校舎ですね」


 そして目の前にあるのが、主に教育学部が使用する校舎になる。


 歴史と伝統のある教育学部の校舎は、どうやらこのキャンパスで一番古い建物らしくて、レトロ感があると言えなくもないけど、ぶっちゃけかなり老朽化していた。


 建て替え予定にはなっているらしいが、それはかなり先になる。今は露骨な補修工事跡が目を引いている。


 さっきキラキラした新しい校舎を目にしたばかりだから、ちょっとがっかり感はあるけど、でもこういう雰囲気は案外嫌いじゃない。


「確かに古い感じがするね。でも俺は結構こういうの好き」


「こ、これが噂に聞く天然スマイル……グハッ……撃沈」


「好き……好きだって。王子様の好き……頂きました」


 結星には自覚がなかったが、振り返りざまの爽やかな笑顔と好きという発言が、年下の女の子たちのハートを直撃していた。


 そう。いつの間にか、保有する特殊スキル【煌めきフォトジェニック】が発動していたのである。


《一定の条件を満たしたので、特殊スキル【煌めきフォトジェニック】が【煌めきフォトジェニック・ハイパー】に進化しました》


 え? 進化? さっき写真をたくさん撮ったから?


 それになんで日記帳がついてきてるの……って、今更か。でもこれから参加する公開授業と学部・学科説明の間は引っ込んでいてくれよな。


《承知しました》


「じゃあ、そろそろ時間だから。みんなまたね」

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