4-17 うっかりしてた

 

「えっ、マジ? まだ行ってないの?」


「うん。なんか行きそびれちゃってさ」


「武田らしいといえばらしいけど、普通は高二までに済ませておくものだよ」


 それはその通りなんだけど。


「去年は転入があったから、バタバタしている内に忘れちゃったんだ」


「確かに、身辺騒がしかったからね。でも、本命くらいは今からでも行っておいた方がいいと思う」


「やっぱりそうだよね」


 さっきから何の話をしているかというと、進学する大学を決めるに当たっての下見というか、いわゆるオープンキャンパスへの参加についてだ。


「まあぶっちゃけ、面接当日が初めて来校……でも受からなくはないと思うけど、いい顔されないのは確か」


 だよね。去年の内に行っておけばよかった。そう思うけど、あの頃はこの世界に来たばかりで、そこまで考えが及ばなかった。後悔先立たず。


「同学年の女子たちは受験勉強が大変で、もうそれどころじゃなさそうだから、どうしようかなって」


 既に模試だ特別講習だでスケジュールが厳しいみたいで、彼女たちを誘うと迷惑になりそう。


「そうねぇ。俺たちも既にひと通り行っちゃっているから、他の学年の子と回ってみれば?」


「他の学年の子って?」


「いるじゃん、ぴったりなのが。妹ちゃんとそのお友達とか。ね?」



 ◇



「ねえ早苗ちゃん、オープンキャンパスに行こうかなって思うんだけど、誘ったら一緒に来てくれる人っているかな?」


「オープンキャンパスかぁ。高校に入ったばかりなのにもう大学受験の心配なんて、結衣は見かけによらずやる気があるね」


「見かけによらず? 結衣、そんなに頼りなく見える?」


 先日の英語検定試験を申し込み忘れた件については、とっくにどこ吹く風の結衣。


「違う違う。そういう意味じゃなくて。結衣はちっちゃくてポワポワしていて可愛いいって意味」


「そう、それならよかった? ん? なんか誤魔化されている気がする!」


「あは。気のせい気のせい。心からの褒め言葉です。オープンキャンパスなら、私でよければ付き合うよ」


「本当? やったぁ! 二人だけじゃあ、ちょっと心許なくて。早苗ちゃんが一緒なら安心だね!」


「二人? 他に誰か一緒なの?」


「うん。うちのお兄ちゃん」


〈ガタガタガタガタ〉


「お兄ちゃんって、もしかして結星先輩?」


「そうだよ。結衣には一人しかお兄ちゃんはいません!」


「一緒に行くの? 私たちと」


「そう。お兄ちゃんったら、うっかり屋さんで、すっかり大学の下見を忘れていたらしいの。でも周りはもう受験体制でしょ? だから一緒に行って欲しいって頼まれちゃった」


「結星先輩とお出かけ……び、美容院を予約しなきゃ。服……は制服でいいんだっけ?」


「うちのお兄ちゃん、こういうことに関しては全然あてにならないから、早苗ちゃんと早苗ちゃんのお姉さんの情報頼みなの。いろいろ聞いてもらってもいいかな?」


「そうだ、お姉ちゃん。お姉ちゃんに聞けばいいよね」


「もちろん結衣も自分で調べてみる! オープンキャンパスなんて、ちょっとドキドキしちゃうし」


「ねえ、結衣! ちょっと話が聞こえてきちゃったんだけど、オープンキャンパスに行くの?」


 頃合いを見てそう話しかけてきたのは、クラスメイトの相良陽花はるかである。


「そうなの。よければ、陽花ちゃんも一緒に行かない?」


「是非!! ちょうど、そうまさにちょうど行きたいなって思っていたところだったから、是非一緒にお願い!」


 気合が入りまくりの陽花である。


「うん、じゃあ一緒に行こうね。これで四人。やった、予定の人数がもう集まっちゃった!」


「……えっ。締め切り? もう締め切りなの? その定員って増やせないもの?」


「滑り込みアウトとか……むせび泣き悲し過ぎる」


 じゃあ私もと、結衣たちに話しかけようと意気込んで近づいてきていた女子たちが、一斉にガックリと肩を落とす。


「定員ってなんのこと?」


 そんな状況をよく分かっていない結衣である。


「結衣、みんなもオープンキャンパスに興味があるのよ」


(陽花、グッジョブ!)


(行け、陽花!)


 女子生徒たちの応援の囁きで、教室内が一気にザワザワし始めた。


「そうなんだ。もう高校生だもんね」


「でも、あまり大人数で固まって参加するのは、好ましくないって学校から言われているよね。どうしよっか?」


(ブーブー)


(そこをなんとか)


「じゃあ、バラバラに参加するけど、みんなでオープンキャンパスの情報を共有するっていうのはどう?」


「それどういうこと?」


「今何をしているかとか、お勧めの講座や見学ツアーの報告会?」


「なるほど。面白いかもね」


(そうだそうだ!)


「それだったら、たまたま現地で一緒になったり、構内ですれ違うことはあるかもしれないけど、みんなで一斉にイベントに押しかけて騒ぎになることは避けられそうだね」


(それそれ)


(よっしゃあーーっ!)


「じゃあ、そうしよっか。よかった。参加する人が沢山いて。お兄ちゃんにも知らせてあげようっと」



 *



「……そんな感じになりました」


「ふぅん。まだ高一なのに、みんな熱心なんだね。やっぱり超進学校は違う」


「ねえ。結衣もびっくり。クラスの女子の全員が今年オープンキャンパスに参加するって言ってたよ」


「全員か。その中で一人だけ高三なんて超目立ちそう。うわっ。めっちゃ出遅れ感あるじゃん」


 それ以上に自分が目立つ理由が幾つもあることを、すっかり失念している結星。自覚がなさ過ぎである。


「でも、行かないっていう選択肢はないんでしょ?」


「うん。推薦入学になるから、行かないのはまずいって聞いた」


「結衣も早苗ちゃんも、それに陽花ちゃんも一緒だから、高一の中に混ざっても気まずい思いはきっとしないよ」


「うん。結衣の友達だけあって二人ともいい子だから、それが救いかな」


「そう。お兄ちゃんは、うっかり迷子にならないようにだけ気をつけてね。大学構内って凄く広いらしいから、はぐれちゃうと探すのが大変なんだって」


「はーい。そこは気をつけるようにする」


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