4-18 どんな夢だったっけ?

 

 ふんわり香る甘く芳醇なバニラの香気フレーバー


 ゆるんと蕩ける黄金のカスタード


 ホロリと苦い焦がしカラメル


 俺をこよなく魅了するものが、緩やかに渦を巻く満ち足りた世界。今そこにそこに漂っている。なんかめっちゃ幸せ。天国かここは。もうずっとここに住む。


 あまりの居心地の良さに、そう思ったとき。


《いいえ。ここは天国ではありません。それに住むこともできません。敬虔なる使徒、〈リンクスター〉よ。目を覚ましましょう》


 リンクスター? 誰それ? ……えっ、もしかして俺のこと?


 優しい、しかし妙に存在感のある声に呼びかけられて、ウトウトと揺蕩たゆたっていた意識が急速に覚醒へと切り替わる。


「ここは?」


 いまだフワフワと浮遊した気分で尋ねると、再び声が聞こえた。


《ここは神性概念を便宜的に視覚化した亜空間です。あなたと直接話をするために用意しました》


 神性概念? 前半は言っている意味がよく分からない。


「話す? そういうあなたは誰ですか?」


 そこでようやく声の方に視線を向ける。そして驚いた。


「これ……プリン……アラモード? じゃないよね?」


 視線の先には、かなり大きめの透き通った器が浮かんでいる。


 硝子製のボートーー型の器。その中央に、プルンプルンと素敵に揺れながら鎮座しているのが、どうやら先程からの声の主のようだった。


 やけに神々しくもキラキラしい、カスタードカラーのふくよかなヒヨコ。


 何故か瑞々みずみずしいカットフルーツや、美々しい絞り模様の生クリームで華やかにデコレーションしてあり、スプーンがあったらすくって食べてしまいたいくらいの壮絶な魅力を放っていた。


 ひと口でいいから、くれないかな?


《わたくしは、あなた方の概念でいう『プリン神』です。プリンを愛し、プリンを尊び、プリンのために身を捧げる覚悟がある者に加護を与えています》


「じゃああなたが、あの世界に俺を迎え入れてくれた方ですか?」


 こんなに魅力的に神様だったなんて。ああ、スプーンが欲しい。


《そう言ってよいでしょう。以前いた世界であなたが非常に危険な状況に陥ったため、使徒候補としてこちらの世界に渡ってもらいました》


「使徒? それって何か使命を果たすために呼ばれたということですか?」


《わたくしがあなたに望むのは、あの混沌とした「夢を叶えるカオスオブ夢の世界ドリームズワールド 」におけるプリンの布教とそれによる神的パワーの増大です》


「具体的には、俺は何をすれば?」


《今まで通り、日記帳ダイアリーと精霊の助言に従い、布教を続けて下さい》


「日記帳はわかるけど、精霊って?」


《精霊はいつもあなたの側にいます。今日をもって、あなたは使徒候補から正式な使徒に昇格しました。これはあなたが自ら尽力した魂のエネルギーの増大に伴うものです》


「使徒になると、今までと何か生活が変わりますか?」


《あの世界におけるわたくしの優位性が上昇した影響を受けて、使徒であるあなたの願いもより叶いやすくなるでしょう。これからも布教に励んで下さい》


「はい。今やっている活動みたいなのでよければ喜んで。プリンは大好きなので、みんなにも美味しいプリンを食べて欲しいと、俺自身も思っています。だから、これからも頑張ります。前の世界のことを忘れてしまったのは残念だけど、今現在がとても幸せなので、神様には凄く感謝しています」


 以前の世界で危機的な状況にあったというのが本当であれば、俺は助けてもらって第二の人生を与えてもらったことになる。それも、とびきり素敵な人生を。


《あなたが唯一望むのは「記憶」ですか。ですが、記憶の消去はこの世界に移る際のルールですから、元に戻すことはできません。代わりに、あなたの精霊が強く望むものを贈ります。では〈リンクスター〉。またいずれ会える日を楽しみにしています》


 そう言って、超絶美味しいそうなプルプルヒヨコプリンがにっこり微笑んだ……気がした。


 待って。ちょっとだけ味…… 見……


「お……ちゃん!」


「ねえ、おに……ちゃんたら!」


 うん、誰? 今とっても美味しいそうなものが……あれ?


「お兄ちゃん、こんなところで寝ていると、風邪をひくよ!」


 目を開けると、ちょっと焦った感じの結衣の顔が目の前にあった。どうやら、いつの間にかリビングでうたた寝をしていたみたいだ。クーラーを付けっぱなしだったから、若干身体が冷えている。


 なんか凄くいい夢を見ていたような気がする。もうちょっとで超絶美味しいものを食べられそうな。


「どんな夢だっけ?」


「やだお兄ちゃん、寝ぼけてるの?」


「いや。なんかすっごくいい夢を見ていた気がするのに、全部忘れちゃった」


「全部?」


「うん。残念だけど何も覚えてないや」


 惜しいことしたな。目が覚める直前までは覚えていた気がするんだけど。そう思っていたら、いきなりの脳内アナウンスが響いた。


《使徒昇格おめでとうございます。「プリン神」から祝福の品が届いています》


 使徒昇格? なにそれ。それに神様からのプレゼントって? えっ! めっちゃ気になるんですけど。


《神スキル【至福のキュアリング】を入手しました》


 へ? キュアリング? なんですかそれ? 


 こうしてありがたくも「プリン神の使徒」になった俺は、引き続きこの世界でプリンの普及に励むことになる。




この男に甘い世界で俺は。第四部 [了]

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