4-16 見守り隊

 

「花蓮。はい、差し入れ」


「ありがとう、麻耶。でもまたプリン? これ美味しいから嬉しいけど、なんで毎回プリンなの?」


「えっと……それは、すっごく、すっごく美味しいからよ。だってこのプリン、今大人気で売り切れ続出なのよ」


 購入した六角プリンを自分一人では到底食べきれない。そのため、麻耶は時々こうして知り合いに配って回っている。


 プリンが売り切れ続出なのは事実だったが、自分が景品目当てに買い占めていることについては、もちろん花蓮には内緒だ。


「確かにこれ、コンビニスイーツとは思えないクオリティだよね。あの皇極さんも美味しいって言っていたくらいだから、かなりだよ」


「花蓮は皇極さんとは順調みたいね。最近いつも一緒にいるのを見かけるし、端から見ていても仲がよさそう」


「まあ、同じクラスだしね。それに、以前抱いていた印象と違って、彼女ってとても親しみ易い人だよ。噂ってあてにならないよね」


「そりゃあ花蓮にはそうでしょうねぇ」


「どういう意味?」


「ううん。なんでもない」


 この学院で女帝と渾名あだなされる皇極斉子が、目の前にいる〈カトリーヌの白薔薇〉こと高坂花蓮に夢中なのは、おそらく花蓮以外の全校生徒が知るところだった。


 せっかく順調そうに親睦を深めているのに、もし下手にそれを邪魔してしまったら。


 自分だけでなく花蓮も、そして周りの大勢の人たちも巻き込まれて不幸になる未来が予想される。そして実際に、皇極家にはそれをあっさり実行する力があった。


 だから、花蓮が本気で嫌がらない限り、二人の交遊を温かく見守るつもりの麻耶である。


「麻耶は最近、友紀と一緒にいることが多いみたいね。前からそんなに仲がよかったっけ?」


「最近かな? 生徒会を辞めてからの方が、気軽にいろいろ話せるようになったから」


「ああ、それは分かる。引き継ぎが終わって、凄く肩の荷が下りたもの」


「だよね。私たち、本当に頑張ったよ」


〈ピコ!〉


「ん? 何か鳴ったみたいよ」


「スマホかな? 音消しするの忘れてたかも。じゃあ、また差し入れするから」


「うん。ありがとう」


 花蓮のクラスから出て、麻耶が廊下でスマホをチェックすると、見守り隊のメッセージルームに新着マークが付いていた。


 〈緊急報告! 先日より消息が不明になっていたルールブレイカーの動向が掴めました〉


 〈報告をどうぞ〉


 〈ルールブレイカーの識別名は"ロングツインテ"〉


 ロングツインテは、執拗に武田に接近を繰り返していた要注意人物だ。しかしつい先日、栄華秀英学園を辞め、どこかへ転校したらしいという報告があったばかり。


 その彼女が、いったいどこに現れたというのか。


 〈新たな出現場所は聖カトリーヌ学院。本日、高等部二年に編入生として現れました〉


 うちに?


 意外な報告に驚く麻耶。この学院に彼女が転校してくるなんて全く予想もしていなかった。なぜなら、聖カトリーヌ学院は、よほどの理由がない限り編入を受け付けないことで有名であったから。


 〈報告ありがとう。負担にならない程度でいいので、引き続きターゲットの動向チェックをお願いします〉


 〈了解です!〉


 〈召集! 放課後、緊急幹部会議を行います。場所は後ほど連絡します〉


 召集のコメントを打ち込むと、次々と既読が付き、スタンプが押されていく。素晴らしい結束力である。


 それもそのはず。見守り隊の隊長である麻耶は、花蓮ほどではないが、聖カトリーヌ学院では人気の高い女生徒の一人である。


 見守り隊として集まる最初のきっかけは武田の存在であったものの、その実態はと言えば。憧れの先輩と課外活動的に親しくコミュニケーションを取れる。そんな、身近なアイドルの追っかけ集団に近かった。


 〈大好きな先輩のためにわたくしたちができること〉


 見守り隊のメンバーは、日々そのことについて考え、話し合っていたのである。



 *



「……というわけで、ロングツインテは今のところ大人しい様子です」


「それにしても、どうして編入許可が下りたのかしら?」


「こんな時期に編入なんて、相当に強力なコネがあるに決まってますよ」


「うん。それ以外に考えられない」


「そうなると、迂闊に接触するのは危険ね。遠巻きから動向を伺いましょう」


 ルールブレイカーに対する当面の方針が決まったので、後は自然と雑談に流れていく。


 会議に使用しているこの部屋は、多目的小ルームA。許可制で利用できる喫茶・飲食が可能な小部屋なので、互いにお菓子を持ち寄れば、つい話に花が咲こうというもの。


 ……が、今日はその話の流れが、いつもと違う方向へ向かっていた。


「麻耶先輩。武田さんとは面識があるんですから、じっと見守り続けなくてもいいんじゃないですか?」


 そう焚きつけるのは、副隊長の友紀だ。


「そんな抜け駆けみたいなことは……それに友紀、あなたはどうなの? あなたも私と同じ程度には彼と面識があるでしょう?」


「私はですね。白状しちゃいますと、この見守り隊には部活動感覚で参加しています。麻耶先輩の応援ができたらいいなって」


「私の応援?」


「そうです。以前の先輩は『男なんて劣等生物だから』が口癖でした。でも、それは勿体ないなってずっと思っていたんです。だって先輩ってかなりの乙女思考なんですよ」


 うんうんと、友紀の言葉に同意の頷きを返す幹部たち。


「私が……乙女思考?」


 言われた方の麻耶は、その指摘に驚きを隠せない。


「そうです。先輩は、男性に対する理想がとてもとてもとてーも高い余りに、その基準に到底及ばない現実の男性たちに対して失望し、存在自体を否定してしまったんだと思います」


 それは違う! と言いたかったが、改めてそう断言されると反論しきれない気もしてきた麻耶である。


 実際に、あれほど男性を見下し嫌悪していたのに、武田に会った瞬間、気持ちが180度変わった。まさに世界が反転、認識の激変と言っていい。そんな事実があったから。


「そう……なのかな?」


「そうです。いわゆる『白馬の王子様なんていないじゃない! 症候群』ですね。自分の理想の王子様が実在しないことを受け入れられない。受け入れたら自分の中の大事な何かが壊れちゃう! 先輩は、それほどに乙女チックなんですよ」


 理想の男性が見つからないあまり、自分を見失ない自暴自棄になる心理状態。それが「異性喪失感症候群」、別名「白馬の王子様なんていないじゃない! 症候群」だ。


 男性人口が激減した社会になって以降、理想の男性に対する萌えの欠乏や飢餓感は、純で乙女な数多くの女性たちを悩ませ、時に社会問題となることもあった。


「ところが、その理想を具現化したような武田さんが突如目の前に現れた。どうです? 運命の赤い糸を感じませんか?」


 運命の赤い糸。もはや死語と成りつつあるその伝説は、麻耶が武田に会った瞬間、一方的にではあるが確かに感じたものである。


「二次元じゃないんですよ。実際に会って、話をして親交を深めることもできる、生身の男性なんです! これを奇跡と言わずして何という! もう、ちゃっちゃと前向きに行っちゃいましょうよ」


「ちゃっちゃと? ……無理。ムリムリムリムリ、それは絶対に無理!」


「絶対に無理なんてことはありません。麻耶さんは、私たちカトリーヌ生の憧れの存在なんです。凛としてカッコよくて、でも乙女。そんなの最高じゃないですか!」


「先輩。騙されたと思って、この波に乗った方がいいですよ。武田さんのレアものストラップ。これまで何本集めましたか?」


 そこで麻耶が少し言い淀む。それはその数がいくらなんでも多過ぎるという自覚があったからだ。


「たぶん……16本くらいかな」


「うわっ。思っていたより多い。サッカーチームができちゃっているじゃないですか。このままいけば対戦試合ができるくらいに増えちゃいますよ。でもそれくらい集めたとして、それで先輩は満足できますか?」


「それは……分からない」


「もしできるならファン心理。できないのなら、それはもう恋です! 認めましょう! 先輩の中にある乙女な恋心を、自由に解放してあげて下さい!」


「で、でも。武田くんにはもう何人も彼女がいるし、私なんかじゃとても入り込めない気が……」


「大丈夫です! 協力者からの情報では、現在の武田さんの彼女は三人。料理上手な彼女、賢い彼女、巨乳な彼女。まだまだ入り込む余地はあります」


「私たちが協力しますから!」


 この日から、見守り隊は麻耶と武田の恋の成就を願う〈二人の恋の見守り隊〉にクラスチェンジしたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る