4-11 土曜日③ ヒナノは見た!

 

「ねえタカくん、次は何がいい?」


「ベビーカステラって売ってるかな? 僕、あれ好きなんだよね」


「私も好き。割りと定番だし、きっとあるんじゃないかな。見つけたら買おうね」


「うん」


 両側に屋台が立ち並ぶ賑やかな通りを、腕を組んで楽しそうに歩く一組の若いカップルがいる。三年A組の北条隆之タカユキ立花タチバナ陽菜乃ヒナノである。


 スイーツ好きの二人の主な目的は屋台巡り。


 陽菜乃のお菓子作りの腕なら、自ら作れるものも多い。でも、それはそれでこれはこれ。縁日という絶好のシチュエーションで食べる甘味には、格別な美味しさがあった。


「あれ? 正面から来るのって、上杉っぽくない?」


 歩きながら北条の顔ばかり見ていた陽菜乃は、そう言われて視線を前方に移す。


「本当だ。上杉くんだね。上杉くんたちもデートかな?」


 人混みの中、頭ひとつ飛び出た上杉は、パッと見でかなり目立っていた。


 そして、互いの距離が詰まって近づくと、見知らぬ女の子が三人、上杉の肩や両腕にまとわりつくように密着している姿を見て取れた。


「ありゃ。ランちゃんと千花チカちゃんは……いないみたいね」


 上杉と交際中であるはずの二人のクラスメイト、秋月蘭と深水千花の姿は周囲には見当たらない。そんな風に会話をしていると、向こうも北条と陽菜乃に気づいて声をかけてきた。


「北条! それに立花も。奇遇だな。二人とも来ていたのか」


「うん。縁日なんて久しぶりだしね。遊びに来たんだ」


「上杉くん、こんにちは。上杉くんもデート?」


「ああ。縁日の話をしたら、行きたいって言われたから」


「知り合い? 誰かな誰かな?」

「栄華秀英の子じゃない?」

「ねえ、賢ちゃん。学校のお友達?」


「ああ。クラスメイトだ」


 一人は上杉の袖を引っ張りながら、一人はその肩をツンツンしながら、一人は繋いだ手をブンブン振り回しながら質問する女の子たち。


 慣れているのか、受け答えする上杉は、いつもと変わらない平然とした様子だ。


「紹介してくれないの?」


「して欲しいのか?」


「「「うん」」」


「分かった。北条、立花。俺の婚約者の三人を紹介する。こっちから順に直江なおえあい柿崎かきざきけい本庄ほんじょうしのだ。よろしくな」


「初めまして」「よろしくお願いします」の挨拶を交わし、簡単な自己紹介が終わると、すぐにまたそれぞれのカップルは反対方向へと歩き出す。


 数メートルほど歩いて、つい気になって後ろを振り返って見てしまう二人。すると視界には、先ほどと同じく、引きずるように三人の女子を連れ歩く上杉の姿があった。


「よくあれで歩けるな。めっちゃ歩きにくそうに見えるけど」


「上杉くん、凄い力持ちなんだね。っていうか、案外強引なタイプだったりする?」


「ううん。何も考えていないだけだと思うよ。上杉って、あるがまま全て受け入れる性格だから」


「なるほど。来るもの拒まずって感じなんだ。上杉くんって予想以上に大物? なのかも」


 妙なところで感心しながらも、あれがライバルなのは大変そう、蘭ちゃんと千花ちゃんの健闘を祈る! ーーそう願ってしまう陽菜乃であった。



 *



「あっ! タカくん。ベビーカステラ屋さんがあるよ!」


「本当だ。わーい」


 やっとお目当てのスイーツを売っている屋台を見つけた二人は、大袋をひとつ買って、食べ歩きしながら散策を続けていた。


「ちょっと喉が渇いたかな。ラムネでも飲もうか?」


「そうする!」


 立ち止まってシュワシュワと泡が吹き出すラムネで喉を潤していると、遠目に、二人がよく知っている人たちがいるのに気付いた。


「佐藤先生と水島先生だよね、あれ」


「うん。誰と話をしているんだろう? 学園の生徒かな?」


 担任教師の佐藤と学年主任の水島が、誰かと和やかに談笑している。


「えっ……あれ、斎藤だ。あ、先生たち行っちゃった」


「ちょっと声かけてみようか?」


 教師二人が立ち去ったので、斎藤の元に向かう北条と陽菜乃。


「斎藤!」


「おっと。今日はよく知り合いに会うな。夢芽ゆめ、学校の友達の北条と立花」


「初めまして。夢芽です。いつもまもるがお世話になっています」


「念のため。俺の嫁さんだから。それとこれが娘」


 フワッとした笑顔で挨拶する可愛らしい女性を、自分の家族だと紹介する斎藤は、前抱きのベビーホルダーを装着している。


「北条です。初めまして。こちらこそ、斎藤にはいつもお世話になっています」


「初めまして。立花です。赤ちゃん! うわっ。可愛い! もうこんなに大きくなったんですね」


「やっとね。夜泣きもなくなって来たし、身体もしっかりしてきたかな」


「その発言、なんか凄くパパっぽい。斎藤も赤ちゃんのお世話したりしてるの?」


「ちょっとだけ? なるべく会いに行くようにはしてるけど、なかなか手慣れなくて」


「そんなことないよ。守がお買い物とかお風呂とか手伝ってくれて、凄く助かってるから」


「そう? ならよかった」


 そう言って笑い合う夫婦二人の姿は、まだ結婚未満の二人の目には、とても眩しく、かつ微笑ましく映った。いつもクールな斎藤にもこんな一面があるのかという新鮮な驚きと共に。


「じゃあ、親子水入らずで楽しんでね」


「そっちもデートを楽しめよ」


 そう言って別れたあと、斎藤に聞きそびれたことがあることに陽菜乃は気づいた。


「あっ! 佐藤先生と水島先生。なんでここにいたのか聞くのを忘れちゃった」


「生活指導の見回りとかじゃないの?」


「うーん。平日ならともかく、休日の縁日で見回りって変じゃない? それにあの二人、付き合っているんじゃないかって噂があるんだよね」


「そうなの? 全然知らなかった」


「以前、デート現場の目撃情報があったの。今日ので確定かも」


「ふぅん。先生たちも、こんな風に普通のデートをするんだね」


「そうだね。いい感じだったし、みんなでお祝いする日も近いかもしれないね」


 半ばそれを確信しつつ、水ピーファンクラブ会員No.3232ーー立花陽菜乃は、どうやってファンクラブに報告するかと内心頭を捻っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る