4-10 土曜日② 結城廉 後編
「二人ともお待たせ。じゃあ、行こっか。こっちね」
「こっち?」
「イートインスペースじゃなくて?」
屋台が立ち並ぶ参道脇には、飲食のために臨時のイートインスペースが設置されている。でも、結城が促すのはそれとは真逆の方向だった。
「あそこは混んでいて騒がしいでしょ。よければ俺の家にこない? すぐそこだから」
「えっ、結城くんのお家? いきなり行ってもいいの?」
「他の家族は神社に出払っているから、自宅には婆ちゃんがいるだけ。それが気にならないなら来ても平気。俺に何か話があるんでしょ?」
「う、うん。なら、お言葉に甘えてお邪魔しちゃおうかな?」
「ご迷惑にならないなら」
「はは。二人とも遠慮し過ぎだって。お茶くらい出すから来てよ」
*
「えっ、ここ?」
「大きいけど、思ったより普通……かな?」
「でしょ。以前は古めかしい和風建築だったんだけど、老朽化したから建て替えたんだ。家族が多いから見た目はデカいけど、中身は今時だから。さ、入って入って」
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
「婆ちゃん、ただいま」
三人が玄関に入り声をかけると、すぐに品のいい小柄な女性が顔を出した。結城の母方の祖母である。高校生に婆ちゃんと呼ばれるには、まだ若々しい。
「お帰りなさい。あら、お客様かしら?」
「学校の友達。お昼、ダイニングで食べるから。二人ともこっち」
そう言って結城がさっさと中へ入ろうとする。
「あらせっかちね。お客様に自己紹介くらいさせて頂戴。初めまして。廉の祖母の
「初めまして。同じクラスの鍋島美佳と申します。すみません、急にご自宅に押しかけてしまって」
「初めまして。私も同じクラスで田原早希と申します」
「何もお構いできませんが、ゆっくりしていって下さいね」
*
「で、話って何?」
食事を終えてすぐに、先ほどからそわそわしていた女子二人に結城が話を促した。
「えっとじゃあ、時間がないから単刀直入に聞いてもいい? 例の縁談が流れたって聞いたけど、本当?」
「個人的なことなのにゴメンね。でも、どうしても結城くん本人に確かめたくて」
「本当。別に隠しているわけじゃないからいいよ」
結城はまるで気にしていない風に素っ気なく答えた。
「そうすると、結城くんは今はフリーってことであってる?」
「うん。そうなるね」
「だったら……だったら私たちが、改めて恋人候補に立候補してもいいかな?」
「結城くんの気持ち次第だけど、もう一度、私たちとのお付き合いについて考えて欲しいの」
「……うーん。やっぱりその話だよね。でもさ、二人ともそれでいいの?」
真剣な顔で再考を求める二人に、結城は若干物憂げに尋ね返した。
「それでいいってどういう意味?」
「ホワイトデーで、あんな風に理由も告げずに告白を断っているしさ、その後も事態が変わったにも関わらず放置してた。我ながら薄情だよね。それ以外にも、俺ってあんまり条件がいい方じゃないし」
「条件?」
「そう。結婚相手としての条件。俺には口煩い小姑がワラワラいるし、家の都合で結婚を左右される可能性もある。それに、自分で言うのもアレだけど、かなり自己中だよ、俺」
薄情な上に自己中。そう結城から告げられた彼女たちであったが。
「自己中かな? 私はそうは思わないけど。確かに縁談は不意打ちだった。でも、それ以外は結城くんの性格も含めて、分かった上で告白したつもり。だって、好きになっちゃったから。好きだからずっと一緒にいたいって思っちゃったんだもの」
「私もミカと同じ。まず最初に『好き』があって、断られてショックだったけど『好き』って気持ちは変わらなかった。だから、もう一度あの時点からやり直せたらいいなって。そう思って」
「……でもさ。恋愛はともかく、自分勝手な男って結婚相手としてはどうなの? ぶっちゃけ、二人のことは嫌いじゃない。でも好きかって言われると、はっきりとした返事はできない。そんな感じなんだよね。同じ重さで想いを返してくれない。その程度の男でいいの?」
「私たちの気持ちを、一方的な好意の押し付けだって感じるならゴメン。でも今の気持ちが、これからもずっと続いたらいいなって思える相手は結城くんだけで。他に選べない」
「私も、好きになった相手をコロコロ変えられるほど器用じゃないから」
「そっか。うーん、どうしよっかな」
少し困った風な表情の結城。言葉を選んでいるのか、しばらく考え込んだ末に再度確認するかのようにこう告げた。
「……二人の好意は嬉しいとは思ったんだ。でも、俺には恋愛よりも優先したいことが沢山ある。もし二人と付き合ったとしてもそれは多分変わらない。俺が女性ならそんな奴は選ばないのにって思うけど、それでもいいの?」
「うん! それでもいい」
「結城くんがいいの!」
迷いもなく勢いよく返事を返す二人。若干それに気圧されたように、結城が答えを出した。
「……分かった。なら、とりあえずお試しってことで。受験もあるし、ほどほどにね。じゃあ、これからよろしく」
粘り勝ちである。
「やった! よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします! わーい」
緊張した空気から一転。すっかり砕けた雰囲気の中で、早速互いに連絡先を交換し、メッセージアプリに専用ルームを作る三人であった。
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