大国祭りの裏側で

4-09 土曜日① 結城廉 前編

 

「うわっ! めっちゃ混んでる」


「なんで? この先に何かあるの?」


 神社の境内にある売店前。


 比較的広い空きスペースであるその場所に、先頭を視認するのが難しいほどの長い行列ができていた。


 見渡す限りの人人人。


 まるで毎年夏・冬に行われる日本最大級の同人誌即売会「コミック・マルシェ」さながらの様相だ。


「順番にご案内しています! 列の最後尾はこちらです!」


「最後尾はあそこだって。どうする? 並んでみる?」


「そうだね。とりあえず並ぼう! きっとこの先に何か良いものがあるはず。並んでいる間に、情報サイトをチェックしてみようよ」


「そうだね。そうしよう!」


 そんな会話が最後尾付近でなされている一方で、行列の最前列では「ピッ」という電子音が、ほぼ途切れる間もなく鳴り続けていた。


「購入される品物の番号を、一度にまとめてお知らせ下さい」


 若い男性の売り子が、購入者の女性に愛想よく話しかける。


「い、1番と……5番のお守りをお願いします」


 番号を確認しながら答える女性は、若干声を上擦らせながら、頬を染めて彼を見上げていた。


「縁結びのお守りと合格祈願のお守りですね。こちらでお間違いないですか?」


「……はい」


 〈ピッ、ピッ〉〈ピッ〉


「金額をご確認の上、お納め下さい」


 〈ピッ〉


「包装致しますので、そのまま少々お待ち下さい」


 売り子が商品のバーコードをチェックし、購入者が電子マネーで決済をする。それが一組であれば、何の変哲もないありふれた光景のはず。


 しかし間口の広い売店には、今現在四人の男性の売り子が横一列に並んでいる。そして手が空いたものから順番に、次の購入者を受け付けていた。


(みんな若っ! 大学生くらいかな?)


(そうかな? もっと年下っぽくない? 高校生じゃないの?)


 順番待ちをしている大勢の女性の熱い眼差しが、袴姿の彼らに向かって瀑布のように注がれ品定めをされる。まるで、アイドルグループの握手会に並ぶファンのようにウキウキしながら。


(向かって一番右の子、めっちゃイイ!)


(あー。確かに。顔はダントツだね。でも、その隣の子のが弟くん系で親近感湧くな)


(袴姿のイケてる草食系男子が勢ぞろい。来てよかった。写真を撮れないのが残念)



 前の購入者の精算が終わり、売り子が片手を挙げて合図すると、次の買い物客がその売り子の元に行く流れになっていた。


 しかし「お先にどうぞ」と目的の売り子になるまで順番を譲っている人も少なからず見受けられる。


「結城くん待ちは、時間がかかりそうだね」


「うん。並び直すのは無理めだから、ストレートに予定を聞いた方がいいかも」


 その様子を見て、結城に休憩時間を尋ねて約束を取り付ける相談をしているのは、三年A組の鍋島美佳ミカと田原早希サキである。


 ホワイトデーで玉砕した彼女たちは、気落ちしながらもまだ諦めてはいなかった。


 なぜなら、結城に嫌われているわけじゃない、どちらかと言えば好かれている気もするーーそんな希望があったから。



 *



「あれ? 鍋島に田原じゃん。仲良くお参り?」


「うん。結城くんが売り子しているって聞いて、その姿が見たかったから」


「マジ? なら、来てくれてありがと。どう? ご期待に添えた?」


 そう言って笑う結城。彼にしては珍しく愛想がいい。おそらく、お客様は神様的なプロ根性の延長である。


「うん。さすがっていうか、凄く袴姿が似合ってるよ」


「めっちゃキマっていてカッコいいと思う」


「あは。二人とも褒めるの上手いね」


「売店、混んでいて忙しそうだけど、休憩時間ってあるの?」


「あるよ。俺は今日は昼前に交代して、そのまましばらく休憩に入る予定」


「じゃ、じゃあ、私たちと一緒に、お昼ご飯を食べに行かない?」


「あー。この格好だからさ、着替えるのが面倒なんだよね。それに昼は弁当が出るし」


「なら、私たちも何か買っておくから、神社の敷地内で一緒に食べるのってどうかな?」


 それを聞いて、結城が軽く首を傾げた。


「そんなに俺と一緒にお昼を食べたいの?」


「うん。できればそのあと話もしたい」


「少しでいいから時間をもらえないかな?」


 そして結城が考えることしばし。


「……そっか。いいよ、後で待ち合わせしよう」


「やった!」


「やったね!」


「じゃ、そろそろ話を終わらせないと、後ろの列がヤバい。二人は何か買っていく?」


「えっと。縁結びのお守りを下さい」


「私も!」


「二人とも一番ね。はい。お買い上げ、ありがとうございます」



 *



「お先に休憩入りまーす」


「休憩入りまーす」


 一度に男性の売り子が全員消えてしまうと、少なからず騒ぎになることが予想される。そのため、アルバイトの彼らは二人ずつ時間をずらして昼休憩を取ることになっていた。


 結城と同じタイミングで休憩に入るのは、脇坂である。


「結城! あの二人と、どこでデートするの?」


「あちゃ。聞かれてたか。でも、デートってわけじゃないよ」


「だって隣だもん。聞こえちゃったんだよ。気に障ったらごめん」


「いや。謝らなくていいって。却って話が早くていいかも。ってことで、昼、ちょっと抜けるから」


「分かった。僕は控え室で、巫女ちゃんたちと食べるんだ。デートを楽しんできてね」

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