4-08 本日はお日柄もよく

 

「本日は、お招き頂きありがとうございます。この度は、皆さんにお会いできて、とても嬉しいです」


 俺が乾杯の挨拶をするだなんて、めっちゃ緊張する。かなりアットホームではあるんだけどね。それでも初対面の人ばかりだから。


「このような機会を設けて下さって、また準備して下さったことに大変感謝しています。これからの時間、皆さんと沢山お話をさせて頂いて、俺の人となりを知ってもらい、そして、これなら大丈夫と安心して頂けたらいいなと思っています。では皆さんが、ここに一同に会したことを祝して、乾杯!」


 今日の会場は、有馬さ……ココの自宅がある高層マンション内の、パーティールームを貸し切りにして行われている。


 キッチンや調理器具に冷蔵庫なんかの設備も備えていて、テーブルに所狭しと並べてある料理は、持ち込みの他に、途中まで下拵えしてきて、ここで手を加えて仕上げたものもあるそうだ。どれも美味しそう。


「こんなに沢山の料理を準備するのは、かなり大変だったんじゃないですか?」


「それがそうでもないのよ。三家族持ち寄りだから」


「買い出しは量が多いからちょっと大変だったけど、女手が沢山あるから、手分けしたらすぐだったよね」


 そう話すユウの家族は、お母さんと妹さんが参加している。妹さんは中学生だそうだ。


「動画や写真よりもずっとカッコいいです。お姉ちゃんが、私の理想の王子様だって言って、めっちゃ惚気ていたのも納得って感じ」


「ちょっと、そういう余計なことはバラさないの」


「夕子は公務員を目指していますから、学生時代の勉強は大変だけど、将来は安定すると思います。末長くよろしくお願いしますね」


 お母さんも妹さんもユウによく似ていて、庶民的な雰囲気で優しげだ。


 ユウは法学部志望で、地方公務員になりたいと聞いている。転勤が近場で済むし、民間より休みを取りやすいそうで、子供を沢山欲しいという彼女にとって魅力的な職種なんだそうだ。


「ユーセーくん、私もお嫁さんにしてくれる?」


「あっ! ズルい。私が先に言おうと思っていたのに」


 突如、勢いよく駆け込んできた女の子が二人、いきなりの告白合戦。俺ってモテモテ? なんてね。


 一見、俺を取り合っているように聞こえるこのセリフは、シズの年の離れたお姉さんたちの娘さんーーつまり姪っ子さんたちが発したもので、二人ともまだ幼稚園児だ。


 今日は可愛いらしいサマードレスを着て、髪にも可愛くリボンを編み込んで、バッチリおめかししてきたせいか、最初は大人しくしてた。でも、そこはやっぱり幼稚園児。お腹がいっぱいになったら、ちょこまか動き回ってはしゃいでいる。


「こら! 騒がない。喧嘩しない! お約束したでしょ?」


「お兄さんに迷惑かけると、志津に怒られちゃうわよ」


「そういうママたちだって、ユーセーくんがお風呂入ってるところ、たくさん見てたよ」


 お風呂……あっ! CMか。


「あらやだ。もうこの子ったら。エグザのCMシリーズ、どれも本当に素敵ですよね。とてもよく撮れているって、職場でも評判なんですよ」


「そうそう。本当にあのCMシリーズ、人気があるんですよ」


 そういうシズのお姉さんたちは、二人とも臨床医で、実家である総合病院に勤めているそうだ。シズの家族は全員医師になっている。女医さんっていう先入観があるせいか、お姉さんたちには親しげな中にも迫力を感じるというか、実際に隠しきれない貫禄がある。


 シズも医科大学を志望しているから、将来はこんな風になるのかな? なんて思ったり。


 この世界というか社会の高等教育は、以前いた世界と違っているところが多々ある。学問的な概念だけでなく、専門学校的な実技訓練もまで一通り行う職業特化型大学が主流で数も多い。


 これは、ワークシェアリングーーいわゆる分業が社会的に浸透した結果らしい。

 少ない人口を補うべく、効率よく即戦力的な人材を教育しようという方針で、少人数制でビシバシ鍛えるんだって。もちろん、数は少ないけど総合大学も存在している。


「シズは学生のうちはどうしても学業優先になってしまうので、親としてはそれがとても心配です。皆さん良い方ばかりで、協力を申し出て下さっていますが、もしシズに不満があったら、早めに教えてあげて下さいね。あの子なりに何とかしようと頑張ると思いますから」


「学生の内は、学業優先にしようってみんなで決めているから、そこは安心して下さって大丈夫だと思います。みんなで助け合って仲良くやっていけるように、俺も気をつけます」


「たぶん、うちの恭子が一番時間的に自由度が高いから、皆さんのフォローに回れると思いますよ」


 そう言いながら、ココのお母さんが会話に参加してきた。


「ありがとうございます。でも、有馬さんにばかり御負担をかけするのは、心苦しくて」


「いえいえ。困ったときはお互い様です。娘もすっかりそのつもりですから、遠慮なく言ってきて下さいね」


 なんて申し出てくれているけど、学生時代に一番時間的に余裕があるのは、間違いなく俺です。


 ココのお母さんは、ネット通販で有名な女性用下着メーカーの創始者であり社長さんだ。つまりバリバリの実業家である。


 ココは一人娘で、いずれはその会社を継ぐ予定らしく、大学では経営学部か商学部に行ってマーケティングを勉強したいと言っている。いずれは経営者になるんだから、楽ってことはないよね。


 そういう俺は大学で何をするのかって?


 まだ確定じゃないけど、今の志望は教育学部だ。たぶん数学科。学年担任の水島先生を見ていて思ったんだよね。この男が少ない世界で、教育に関わるのもいいなって。


 俺の周りにいる女性たちは、誰もが優しくて、ひたむきな頑張り屋さんだ。


 彼女たちは将来を真剣に考えていて、その目標に近づこうと懸命に学び、遊び、そして恋をする。そんな彼女たちは、いつもキラキラしていて、俺の目には、どんなに着飾った女性たちよりも魅力的に見えた。


 だから、俺も頑張る女性たちの手助けができればいいなって、少しでも元気付けて、力になれるよう努力してみたい。そう思ったんだ。


 実際に自分に何ができるかは、まだ手探り状態で全然分からないけどね。この世界に少しでも恩返しーーなんて大袈裟かな? でも、そういったことが、いずれできるといいな。

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