4-07 本日はお日柄もよくーーその前に

 

「じゃあ、結星くん。呼んでみてくれる?」


 昼休み。ホワイトデーで告白の舞台となった思い出の温室に、また四人で集まっている。


「えっと。ユウコ、ユウちゃん、ユウコリン、ユウ。どれがいい?」


「も、もう一度。ゆっくりめに、全部お願い」


 いったい何をしているかというと、改めて名前の呼び方を決めるための相談だ。


 ホワイトデーの告白以降、直接名前呼びをお願いされていたシズ以外の二人は、以前と同じく名字に「さん」付けで呼んでいた。


 近々三人の家族と顔合わせをする。そこでは、小早川さんや有馬さんが他に何人もいるわけで、名字呼びのままだと、ちょっと困ることになりそうだった。


 ……というのは建前で、もうホワイトデーから三カ月も経つのに、いつまでも「さん」付けなのは他人行儀じゃないかってことになり。またシズだけ名前呼びしているのはズルい〜なんて意見もあって、二人の呼び方をより親しげに変えることになったというわけ。


 でも呼び名って案外難しい。


 音が二文字のシズと違い、夕子、恭子のように三文字以上の「子」で終わる名前を呼び捨てにすると、若干語感がキツく感じる。だから、いろいろ試してみて良い呼び名を決めようという話になった。


「ユウコ。……ユウちゃん。……ユウコリン。……ユウ。……どうかな?」


「語感的にはユウ……かな? 二人はどう思う?」


「いいと思う。可愛いし、何より響きが柔らかい」


「私もいいと思うよ」


「じゃあ、ユウにしちゃおうかな」


「ユウね。俺もいいと思うよ」


「ユウ……なんか結星くんとお揃いの名前になったみたい。ちょっとだけど」


「そのせいかな。俺も呼びやすい気がする。じゃあ、次は有馬さん、いくね」


 今度は最初からゆっくり目に、候補の呼び名を呼ぶ。


「キョウコ。キョウ。キョン。キョンキョン。キキ。ココ。ケイ。どうかな?」


「キョウ・ココ・ケイをもう一度お願い」


「キョウ。ココ。ケイ」


 ちなみにココとケイは、有馬さん親子が以前海外生活をしていた時の、彼女の呼び名なんだって。


「どれも違和感なくて迷う。みんな、どれがいいと思う?」


「私的には、ココが可愛いと思うよ。次点がケイかな。どちらも二文字で私たちとお揃いなのもいい」


「私的にはココがいいかな。呼びやすいし可愛いから」


「でも、私がココって変じゃない?」


「小さい頃は、そう呼ばれてたんでしょ?」


「そうだけど、当時はスレンダーだったし小柄だったから、わりとイメージがあっていたのよ。でも、あれから随分と育っちゃったし」


 そう言って、有馬さんが自分の胸に視線を送る。そうか。あれって育っちゃったんだ。


「スレンダー? 本当に? いったい何をしたらそんなに大きくなるの?」


「それ、何か秘訣があるなら私も知りたい。今からでも効果ありそうなやつ」


 有馬さんは女性にしては身長が高い方だし、スタイルは女性の曲線美を極めている。昔は小柄だったなんて、それはちょっと意外。昔の写真があれば見てみたい。


 ……昔の写真。


 あれ? 俺って自分の昔の写真やアルバムを見たことってないよね。いきなり高校生としてこの世界にやってきたから、当たり前かもしれないけど、それってなんか寂しいな。


《【思い出メーカー☆うつるんです】を使用しますか?》


 おっと、何かまた新しい機能が。で、それなに?


《加護エネルギーを消費して、思い出の品々を作製するアプリです。以前過ごしていた世界の思い出の品を参考データとして用います。ノンフィクション指数をMAXに設定すれば、リアリティのある品物を作製可能です》


 以前の世界を参考に? それめっちゃ気になる。じゃあとりあえず、ノンフィクション指数MAXでアルバムを一冊お願い。


《了解です。【思い出メーカー☆移るんです】により標準アルバムを一冊作製致します》


 なんてやっている内に、彼女たちの相談も終わったようで。


「結星くん。ココにしようかと思うけど、どうかな?」


「いいと思うよ。ココって俺も呼びやすいし、なにより可愛い。それによく似合ってる」


「本当? 結星くんがそういうなら、ココにしよう。二人もお勧めしてくれているしね!」


「じゃあ、これで決まりだね。ユウ・ココ・シズ。俺のこともユウセイって呼び捨てでいいよ。これからは愛称で気軽に呼び合おう」



 ◇ ◇ ◇



 今日は結星と、彼が交際中の三人の少女の家族との初顔合わせの日だ。武田家のリビングでは、結星が出かけた後、仲良く語らう母娘の姿があった。


「お兄ちゃん、今頃上手くやってるかな?」


「結星ならあれで案外大丈夫よ。愛され性格だから、感謝の気持ちを忘れなければ、周りが自然とフォローしてくれる。それにあのお嬢さんたちのご家族なら、そう心配はないと思うわ」


「先輩たち、みんないい人ばかりだものね」


「結星は、ぽやっとしているようで、人を見る目はあるのかも。それとも運がいいのかしら?」


「そこはご縁だよ、きっと。そういうことにしておこう!」


 日記帳の力でもって、ヤバそうな人物を結星からそっと遠ざけているのことは、あえて触れない二人である。


「そういう結衣も、いいご縁があるといいわね」


「私? うーん。恋愛とかやってみたくはあるのよね。でも、ご縁を感じるほどではないというか」


「以前、気になるって言っていた男の子は?」


「あれは、やっぱりなし。思った以上にヘタレ具合が見えてきちゃうと、もういいかなって思っちゃって」


「この世界は、そこが難しいのよね。甘やかされている男性ばかりだから。じゃあ、恋愛はご縁次第ということで、将来の進路はどうするか決めた?」


「それがね。将来を決めかねてるっていうのはあるかなぁ。思っていた以上に今の生活が楽しい一方で、最近はエネルギーの獲得が絶好調のせいか、元のポジションに復帰の芽も出てきてるってダイちゃんに言われてる。そうなると使命感が疼くというか、そっちも捨てがたいというか」


「それは迷うかもね。まあ、進路についてはまだ焦る必要はないから、ゆっくり考えればいいわ」


「そういうお母さんは迷わなかったの?」


「当然、迷ったわよ。でも、やっぱりロマンスを選んじゃった。私はずっと家族という形に憧れていたから、その選択を少しも後悔はしていないわ。今の生活を十分楽しんでいるから」


「それは見ていて分かる。家族か。私の未来の家族。……さすがにまだイメージは湧かないな。でもひとつだけ確かなのは、この世界でお母さんの娘になれて良かったってことだよ」


「私もよ。こんな可愛い娘と息子を持てるなんて、ホストマザー冥利に尽きるわね。あなたの場合、まだ今世の未来はどちらに転ぶのかわからないけど、大事なのは今現在を常に楽しむこと。そうすれば、いずれいい選択ができるはず」


「さすが先輩。言葉に重みがある」


「そりゃあね。成り行きは違うけど、精霊から人間への還俗は、かつて私も通った道だもの。だから、何か困ったときは、ちゃんと相談してね」

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