4-04 女のコたちの見えない戦い

 

 これで五件目。今度こそお願い!


 そう祈りながら、急ぎ足で駆け込むようにコンビニに入り、まずはレジの方向に視線を飛ばした。


 あ! あるっ! プリンのやつだけじゃない。プチ武田くんだ! それも二色とも!


 レジの後ろの棚に、景品陳列用のディスプレイボックスが置かれていて、そこに目当てのストラップがぶら下がっていた。


「そこにある六角プリン全部キープで! お会計をお願いします!」


 ストラップを目視しながら、店の中で商品を並べていた店員に声をかける。彼女はいきなりでびっくりしたみたいだけど、気遣いする余裕はなかった。二つ前の店では、商品を取りに行く間に、入れ違いに景品を浚われてしまった。もうそんなのはごめんだ。


 店内に他に人はいなさそうだけど、念のため。同じ失敗は繰り返さないんだから!


「専用のスプーンがあるのでお付けしますね」


 電子マネーで会計を済ませる。袋詰めの間がまだるっこしい。どうせ保冷バッグに入れるから、そんなのどうでもいいのに。


 早く電車に乗りたい。プリン6つくらい、秒で詰めてって思う。だけど、ここで店員の機嫌を損ねるわけにもいかない。うまく仕入れ情報を聞き出さなきゃいけないから。


「六角プリンの入荷っていつもこれくらいの時刻ですか?」


「朝一の品出しはそうですね。あと昼過ぎと夜にも入ると思います」


「昼と夜は何時ごろですか?」


「確か1時頃と9時頃です。配送状況により、ずれることもありますけど」


「ありがとう。また来ます」


「ご利用ありがとうございました」


 家を出た頃は薄暗かった空も、陽が高く昇り、もうすっかり明るい。陰陽師姿の武田くん。白バージョンと紫バージョン。目的のものをようやく手に入れた私の気分も同じように晴れやかだ。


 そして、まだギリギリ間に合う。彼に……会いに行かなきゃ。


 *


 来ちゃった♡ 彼の通う栄華秀英学園の最寄り駅に。


 でも、まだ彼が来る時間には早い。だって、まずは場所取りが肝心だから。周囲には既にボチボチ人が増えてきている。楽屋口出待ちならぬ、改札口出待ちの人たちだ。


 彼の姿を一目みたい。できれば笑顔でいて欲しい。


 そのために、みんな粛々と出待ちをする。もちろん、彼の迷惑にならないように、そして気取られないように、何気なく待ち合わせをしている振りをする。


 誰も声は掛けない。ただ、彼の姿をみるだけ。そして、ノータッチの暗黙の原則ルール


 でも、時にそのルールを、厚い面の皮で破ろうとする人もいる。だから、私たち「結☆見守り隊」は、団結して活動を始めたの。


《おはようございます。麻耶隊長、号令をお願いします》


 隊のメンバーが参加するメッセンジャーアプリのルームに着信があった。いけない。副長の友紀に先に言われっちゃった。


《皆さん、おはようございます。では、本日の見守り隊の活動を始めます。最近、ルールブレイカーの動きが活発になってきました。怪しい動きを見つけたら、迅速に報告、協力して対応をお願い致します》


 本日の参加隊員メンバーにより、次々と了解のスタンプが押される。私たちの活動は、あくまで自主的なもの。都合の悪い日や体調の悪い日は、もちろん欠席していい。


 でも、彼の笑顔を見守りたい。その思いで集まった隊員の結束は固く、出席率はとても良い。


 《お☆様は、間もなく定刻通り駅に到着の予定。》


 彼と同じ路線を利用する、先遣隊の隊員から報告が入る。


 《ルールブレイカーを発見しました。識別名"ロングツインテ"。改札内エスカレーター脇です。応援をお願いします》


 やっぱり来たわね。


 最近現れた新手のルールブレイカーは、栄華秀英学園の生徒だ。彼と親しい間柄というわけではなく、アピール目的で、しつこく彼との接触を試みている。


 それを、彼には気付かれないように、彼との間にさりげなく人壁を作る感じで近づくのを妨害する。そのためには、人数が必要だった。


 正直、隊員だけだったら対応しきれない。


 でも幸いなことに、私たちには協力関係にある味方がいる。それは、栄華秀英学園の有志による自警団だ。彼女たちから提供された情報によると、ルールブレイカーは、学校内で複数の男子生徒の気持ちを弄び、色恋の駆け引きをまるでゲームのように楽しむといった、目に余る動きをしているらしい。


 最初は、自然発生的にその動きを抑制する生徒が現れたのだそうだ。それが、いつのまにかクラスを跨ぎ、学年を跨いで大きくなり、自警団という集まりになった。それだけルールブレイカーの動きが派手だということでもある。


《壁作戦成功しました。お☆様は間もなく改札を通過します》


 遠巻きに、改札口を取り巻く面々に緊張が走る。少しでも早く、彼の姿が見たい。彼の姿をこの目に焼き付けたい。その想いはみな同じ。


 来た! 笑ってる。今日も超超超素敵♡


 といっても、長くこの多幸感に浸っているわけにもいかない。私も急いで学校に行かなくちゃ。ルールブレイカーはもう見つけたし、このあとの通学路は、自警団や現地メンバーに任せればOKね。



 *



「……ヤバい」


「お兄ちゃん、どうかした?」


「ううん。大丈夫。なんでもない」


 日記帳に勧められてインストールしてみた【視線チェッカーEX】。試しに今朝、それをONにしてから家を出てみた。


 自宅から最寄り駅は、まあ見られてるなって感じで、電車は男性専用車両に乗ったせいか視線は感じなかった。【視線チェッカーEX】の受信ゲージも穏やかなものだ。


 だから、えっ! こんなもの? 見られている気がするのって、俺の勘違いかな? 自意識過剰ってやつ? そう思って、ちょっと恥ずかしくなっていた。


 ところが、学校の最寄り駅で降りたとたんにキタ。一気に視線受信ゲージが爆上がりだ。


 恐ろしい勢いで伸びている。つまり、見られている。めっちゃ見られている。でも、周りを見回してみても、こちらをジロジロと見ているような人は見当たらない。


 いったい誰にこんなに見られているのかと、不思議なくらいだ。


【感情センサーGL】。こっちもONにしてみようか。日記帳よろしく。


《【感情センサーGL】をONにします》


 その途端、周りの景色がガラッと変わった。


 いや、正確には周りの人たちの頭の上に、何かが見えるようになった。ただし、その数が半端ない。大多数の人の頭上に、マスコットみたいなもの浮かんでいる。


 なんだあれ?


 目を凝らしてよく見ると、どれも俺の好きなものばかり。唐揚げとか、ハンバーグとか。ふと隣にいる結衣を見ると、結衣の頭上にも浮かんでいるものがあった。


 でも、食べ物じゃなくて生き物。リアルよりちょっとモディファイされた可愛らしい黄色いひよこが、小首を傾げながら浮かんでいる。結衣のことだから、てっきりプリンが浮かんでいるんじゃないかと思っていたのに、ひよこなのか。


 食べ物とひよこと、いったいどんな違いがあるんだろう?


 でもこれは困る。朝ごはんをしっかり食べてきたのに、俺の好物が周囲を取り巻いている状況だから、すぐにお腹が空いてしまいそうだ。


 《【感情センサーGL】は一旦OFFで》


 教室についたら、またONにしてみようかな。そうして周りを見てみたら、なにか分かるかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る