4-03 結星、表紙になる?
「巻頭グラビアですか?」
「そう、あと表紙も同時に」
「スイーツウォーカーって、俺も時々読んでいますが、巻頭グラビアなんてありましたっけ?」
今回話が来たお仕事は、情報雑誌「スイーツウォーカー」の〈今話題の製品〉という特集コーナーに関するものだ。
スイーツウォーカーは、B級グルメをこよなく愛する以前の俺も愛読していた雑誌で、若干テイストは変わっていたが、この世界にもちゃんと存在していた。でも、巻頭グラビアなんて見たことがない気がする。
「そこは増刊号ならではの特別企画らしいわ。恒例の話題のスイーツや話題のスイーツショップの紹介他に、スイーツに関連するグッズや人物にも焦点を当てちゃおうっていうページがあるんですって」
ふぅん。増刊号の特別企画ね。巻頭ならかなり目立つだろうし、六角プリンのいい宣伝になりそうではある。
「潤さんや頼子さんとしては、この仕事はお勧めなんですか?」
「もちろん。結星くんの意向を汲んで、こちらとしても、無駄な露出や安売りはしない方針なの。実はファッション雑誌系のグラビアやテレビのバラエティ番組の出演、エグザ以外の製品のCMの話なんかも結構きているけど、そういうのはお断りしているわ。あっ、でも。やりたくなったらいつでも言ってね」
俺としては、こうしてあえて人前に身をさらすのは、日記帳が必要とするエネルギーのため。つまり、この世界でプリンを普及し、稼いだエネルギーで健康で快適に暮らすためだ。
だから、潤さんの事務所と契約する際には、新人だけど仕事は選びたいという希望を伝えてあった。現時点では、引き受けるのはエグザ絡みの仕事だけになっている。
「じゃあ、お引き受けします。自分がよく読んでいる雑誌に載るのって不思議な感じがしますね」
「よかった。日程は後でお知らせするわね。この件に関してはこれでOKと」
この件に関しては?
「他にもなにかあるんですか?」
「そう。実はエグザの方で、プリン以外の自社開発製品のCMにも、結星くんを起用できないかって話が出ているの」
「それってどんな製品なんですか?」
「新製品のバスグッズシリーズだそうよ。これから夏に向けて、爽快感のあるクール系の入浴剤やボディーソープなどを売り出すらしいわ。これもパッケージに拘りがあって、イメージ的に男性モデルを使いたいんですって」
入浴剤のCMって、綺麗な女性がお風呂に入っているイメージしかない。男性モデルを使って、売れるのかな?
「それって、購買層は女性なんですか?」
「そうよ。でも、クール感を演出できるような女性モデルが、どうやら見つからないらしくて」
クール感のある女性ねぇ。確かに、自分の周りの女の子を思い浮かべても、可愛らしい魅力をもった子は多いけど、クールって感じの子はーーいや、いた。一人いる。
聖カトリーヌ学院の生徒会長さんなんて、まさにそんな感じかも。でもそれくらいかな。あとは思い当たらないや。
「俺にクールなイメージってあります?」
ちょっとそこが疑問。俺的には斉藤や結城みたいなのがクールキャラのイメージ。
「そうね。男性の中では甘いイメージよね。でも、女性モデルと比較すると十分にクールに見えるかな」
そういうもの? 自分自身ではよくわからないや。
「バスグッズだけあって肌の露出は多くなると思うから、抵抗があるようなら断ってね」
肌の露出かぁ。俺自身は、男だし上半身真っ裸でもどうってことないけど、この世界では男性が少ないせいか、そういうのを気にする人が多いはず。
「返事は一旦保留にしてもいいですか? 家族の意見も聞いてみたいので」
「もちろん。早めに返事は欲しいけど、納得したうえで引き受けるなり断るなりしてくれた方がいいから、ご家族とよく相談して決めてね」
◇
その後、スイーツウォーカーの撮影の方は、あっという間に撮り終わった。六角プリンの宣伝も兼ねていることもあり、前回の六角プリンのスチール撮影と似た感じだったからだ。
出来上がったら、雑誌の見本をくれるって。プリンを含めたプルプル系スイーツの特集号らしいから、今から届くのが楽しみだ。
そして本日は、急ピッチでスケジュールが組まれたバスグッズの撮影日。
あれから母さんや結衣に意見を求めてみたら「是非見てみたい」――そう言われて、じゃあいいかと引き受けることした。でも、男の入浴シーンなんて楽しいのかな?
その撮影は3パートに分かれている。
CMの冒頭は、外からジョギングを終えて家に帰って来たという設定だ。Tシャツにハーフパンツ姿で、室内を歩きながらカメラに背を向けてTシャツを脱ぎ捨てるーーそんな帰宅・脱衣シーンから。
「もうちょい勢いよく脱いで!」
「肩甲骨の動きを意識して!」
腕をクロスさせてTシャツの裾をもち、一気に引き上げてバッと脱ぎ捨てる。
言うのは簡単なんだけど、颯爽とカッコよく見える脱ぎ方なんて、当然これまで意識したことはない。背中の筋肉や肩の動きを意識するなんていうのも初めてだ。モニターを見ながら何度も修正を繰り返し、やっとOKが出た。
その次は、女性受けしそうな洒落たクリアパッケージの入浴剤をおもむろに掴み、浴室に向かうというシーン。ここは掴みながらも商品がよく見えるようにという工夫が必要で、事前に練習をしていたおかげで、すぐにOKが出た。
ということで、いよいよ入浴シーンの撮影になった。浴室セットは相当に費用と手間をかけて作られているそうで、セットとは思えない仕上がり。
「はい、浴槽のヘリに腕をもたれかける!」
「そこで髪をかきあげて!」
撮影スタジオでの撮影だから、服を着ているスタッフの前で、一人だけ水着姿なのは若干恥ずかしい。だから最初は少なからず緊張した。
でも、一旦湯船入ってしまえばそんなこともなく。清涼感のあるスカイブルーの入浴剤が溶けたお湯に入っているシーンは、実際に気持ちがよくて案外楽しめた。
今回の商品のコンセプトは「夏のお風呂タイムを気持ちよく楽しむ!」だ。
普段は烏の行水で、こんなにゆっくり湯船に浸かることなんてないから、どうしたらいいのか分からない。でもどうやら、脚を伸ばして浴槽のヘリに載せたり、浴槽に気持ち良さげにもたれかかったり、そんな感じでいいらしい。
照明のせいで湯冷めすることもなく、気持ちのいい汗が浮かんでくる。慣れてくると次第にリラックスしてきて、自然と表情も緩んでしまう。
「結星くん、もうちょっと沈んで! 見えてるから」
「あれ? 本当だ。すみません」
おっといけない。
なんでも、例え男性であっても、入浴シーンで乳首が映るのはNGという、俺的には不思議な決まりがあるそうで、お湯も深めに張ってある。CMでは思わせぶりな胸のチラ見せが上限で、露骨に見えたら撮り直しになっちゃうそうだから、気をつけなきゃ。
そんな結星は、照明が眩しいせいもあり、周りの撮影スタッフの興奮した様子には、全く気づいていなかった。
「やばい。鼻血出そう。色気ダダ漏れ過ぎ」
「天然? 天然か! 警戒心がなさ過ぎる」
「お湯も滴る超イケメンDKの露わな姿」
「目に刺激が強過ぎる。でもガン見が止められない」
実際に鼻血が出てティッシュを詰めている者数名。
「肩がモロ見えなだけでもエロいのに、お乳首だなんて尊すぎ」
「それにしても際どい。セクシー過ぎてありえん。これ、放送禁止になったりしない?」
「そこは編集でなんとかするでしょ」
何しろ今の社会は別居婚である。自分の父親の裸すら目にしたことのない女性が普通で、若い男性の裸体なんて、それこそ見るチャンスなんてない。
周りのスタッフたちは、表面上は何気ない風を装おうと努力していたが、ムラムラとくる火照りを沈め、冷静さを保つのに相当に苦心していた。
「さっきの脱ぎ脱ぎシーンもメッチャ良かったけど、これはもう永久保存版ですわ」
「放映したら、ウルトラハイビジョンでがっつり録画する予定」
そんな状況ではあったが、撮影自体は予定通り順調に進んで行った。
なんか、めっちゃリラックスしちゃったけど、これからまだ、CM第2弾の全身ボディーソープの撮影もあるんだよね。シャワーブースでの撮影らしいけど、どれくらい時間がかかるんだろう?
そうして、撮影が終わる頃には、頭の天辺から爪先まで、更には毛穴の奥まですっかり綺麗になった。ツルピカである。
「入浴剤って凄いですね。とてもさっぱりして、リラックスできました。夏場はシャワーで済ませていたけど、これからは湯船にも入ってみようかと思います」
そう挨拶して、本日の撮影は無事終了した。
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