3-12 高坂花蓮の後悔

 

 最近、麻耶の様子がおかしい。


 いつも世話焼きでうるさいくらいだったのに、口数が少なくなって、時々ため息をついたり、宙を見つめてボーっとしたり。心ここにあらずといった感じだ。


 ……もう自分たちは受験生なのに、一体どうしちゃったんだろう?


 俺たちが進学を希望している聖カトリーヌ学院大学は、超難関の総合大学だ。だから、そこへの内部推薦を取るには、成績優秀であることが大前提になる。


 もし推薦基準を満たせなければ、系列の聖マルガリータ学院大学に進学するか外部受験をするかの二択になってしまう。だから気を抜くわけにはいかないのに。


「花蓮様。お口に合いませんか?」


「いや、そんなことない。凄く美味しいよ」


「よかった♡ 好き嫌いはないと仰ってましたけど、味の好みって人それぞれですもの。花蓮様の好みの味を是非教えて頂きたいの。遠慮さらないでね」


 なぜか今、春の日差しが降り注ぐ中庭で、俺はあの皇極さんと一緒にランチをしている。


 高三になって初めて、彼女ーー皇極斉子ーーと同じクラスになった。

 噂ってあてにならないね。

 てっきりもっとお高くとまっている人かと思っていたのに、実際の彼女はとても気配り上手で、フレンドリーかつ親切だった。


 新学期早々にランチに誘ってくれて、陽気が良くなってからは、こうしてピクニックみたいに敷物を広げ、豪華な三段重弁当を振舞ってくれる。


「これだけ品数があると目移りしちゃうな。でも、いつもご馳走になるばかりで申し訳ない気がする」


「うふふ。それはお気になさらなくても大丈夫です。わたくしも助かっていますから。このお弁当は、一人で食べるには多過ぎますもの」


「確かに。これを一人で平らげるのは、さすがにちょっと無理だよね」


「ええ。でも残すのは申し訳なくて」


 三段重には、手間暇と工夫を凝らされた料理がぎっちり詰まっていた。

 これきっと、ちゃんとした板前さんが作ってるんだと思う。そういう上質の味がする。


 去年までは生徒会室でお昼を食べていた。麻耶や他の生徒会役員たちと一緒にだ。いつも購買で買ったサンドイッチや総菜パンなんかで簡単に済ませていた。


 でも生徒会は引退。親しい生徒とはクラスがバラバラに分かれてしまった。


 高一、高二のときのクラスは、比較的庶民的な人の割合が多かったから、超庶民な俺でも気が楽だった。ところが今年のクラスは、なぜか小学校からの内部進学組ばかり。高校から外部入学の俺なんてボッチになってもおかしくなかった。


 だからこうして皇極さんが熱心に誘ってくれて、実はとても助かっている。


「花蓮様。今日も放課後、自習室でご一緒してもよろしいですか?」


「うん、もちろん」


 日本で最高峰と言われるような凄い家柄で、さらに大富豪。将来に薔薇色のレールが敷かれているはずの皇極さんは、感心なことにとても勉強熱心だ。何でも持っているように見えて、実は大変だったりするのかな?


「よかった。花蓮様とご一緒すると、とても勉強がはかどる気がします」


「自分一人じゃない、みんな勉強してるんだって思えると、やる気が出るよね」


「ええ。仰る通りです。一人で勉強していると息が詰まりそうで。……花蓮様はお休みの日に何か息抜きってされてます?」


「息抜きね。んーっとそうだな。普通にのんびりしたり、気分転換に街に出たりとか?」


「街に? ショッピングをなさるの?」


「それもするけど、他に話題のスイーツを食べに行ったり、公園でのんびりしたり、その時によっていろいろだね」


「それは素敵。今話題のスイーツは何かしら?」


「そうだな……皇極さんみたいなお嬢様から見たら庶民的過ぎるかもしれないけど、雑誌で見かけた虹色の大きい綿菓子がちょっと気になってる」


「虹色の綿菓子? そんなのがあるんですか? わたくしも食べてみたいです」


「そう? じゃあ、よければ今週末にでも一緒に行ってみる?」


「是非!」



 *



 ……皇極さん、すっごく嬉しそうだった。


 お嬢様といっても、上品過ぎる以外は普通の女子高生とあまり変わらないのかな。

 成り行きで、週末に皇極さんとお出かけすることになったから、お店情報を下調べしなきゃ。


《JKとラブラブデート。まさにモテモテ》


「デート? そんなんじゃないよ」


 自室で早速ネットをチェック。あったあった。


《綿菓子……綿菓子では加護エネルギーは溜まりません。ショコラデートをお勧めします》


「チョコは2月に大量に食べたばかりだから、しばらくはいいや。あれで、そのエネルギーってやつは結構溜まったんじゃないの?」


《それほどでもありません》


「あんなに食べたのに? ……なあ。それって変じゃない?」


《疑問点は明確に提示して下さい》


「ショコラってつまりチョコレートだよな? めっちゃメジャーなお菓子じゃん。それをあれだけ食べて、なんでエネルギーが少ないの?」


《一個人の消費は微々たるものです。そして、この世界の神々の領域では、ショコラとチョコレートは別物として区別されています。従って、チョコレートを食べてもエネルギーは増えません》


「ええっ! 今更なにそれ? 初耳なんだけど」


《特にここ日本においては、庶民の大衆菓子として莫大な消費量を誇るのはショコラではなくチョコレートです》


「チョコレートとショコラって、英語かフランス語かの違いってだけじゃないの?」


《人々の抱く概念が神々を定義付けしています》


「概念って何よ。じゃあもしかして、ショコラ神のほかに、チョコレート神っていうのもいるってこと?」


《もちろん、存在します》


「なんだよそれ。……あのさ、なんでそんな肝心なことを今まで教えてくれなかったわけ?」


《質問されておりません》


「はぁ?」


 こ、このポンコツが! いくらなんでも使えなさ過ぎる!


「じゃあ、ショコラの概念って何?」


《ショコラは、ここ日本では高級嗜好品に分類されています。大量生産ではなく、専門の職人であるショコラティエにより丹念にデザイン・手作りされ、味だけでなく美観やパッケージにおいても拘りを追求した厳選された商品を指します。価格は一粒数百円以上。単価は高いですが消費量には限度があります》


「えっ? ショコラってそんな狭い範囲のものだけなの?」


《日本における概念はそうです。従って、欧州と比べると、日本ではショコラ神の威光が弱くなりがちです》


「なんでさ、なんでこんな庶民の俺に、そんな【ショコラ神の加護】なんて、高級志向なものがついちゃったわけ?」


《この世界に来るときの経緯によっています》


「経緯って、溺れたときに俺が持ってたのって、ただの義理チョコじゃん」


 会社の後輩の女性社員からもらった、たったひとつの義理チョコ。


 彼女とはちょっといい雰囲気になれたかなって内心期待していた。でも当日「義理チョコです。お家で開けて下さいね」って言われて、超ガッカリしたことを覚えている。


 でもその義理チョコが入った鞄をかっぱらわれそうになって、争っているうちに川に転落したんだよな。


《ただの義理チョコではありません。あのときマスターが守り通したものは、老舗有名工房発売の限定200セット、有名ショコラティエが手がけた「本命ショコラボックス」です》


「へ?」


《定価、本体価格4500円。お洒落な告白メッセージカード付き》


「マジ? ……あれ、本命チョコだったの?」


《違います。本命ショコラです》


「……そのメッセージカードにはなんて?」


《「優しいあなたが好きです。付き合ってもらえますか?」》


 それを聞いて、俺は全身超脱力した。


 幸せがすぐ目の前にあったのに。なんで……なんで俺、こんな世界に来ちゃったんだよ。

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