3-11 ワクワクCM撮影
「よろしくお願いします」
今回のCM撮影の現場である「松廊スタジオ」へスタジオ入りした。
「へぇ、凄い。本物みたいだ」
眩しい照明に照らされているのは、実際の店舗そっくりに再現されたコンビニ「エグザ」。
ただよく見ると全部同じというわけじゃない。棚に並べてある商品やレジ周りに貼ってある宣伝ポスターなんかは、実際には見たことがない商品やメーカー、そしてタレントのものばかり。なんでだろう?
「他のメーカーさんの商品やアーティストを映すわけにはいかないのよね。だから、代わりにフェイク商品やフェイク広告を置いてあるの」
なるほど。そこまで気を使わなきゃいけないのか。
「コンビニ商品のCMの場合、実際の店舗を借りて撮影することもあるのよ。今回はうちの主力商品なのと、被写体が極秘オーディションで選ばれた男性ということで、特別にセットを組んだんだけど」
今日は、潤さんに加えてクライアント側である頼子さんも現場に来ていて、そう説明してくれた。
「こうやって、お店を丸ごと一軒全部作るなんて大変ですね」
「そうね。でもメリットもあるわ。撮影時刻を好きに設定できるし、商品の入れ替えの手間はない。冷蔵棚や冷凍庫は電源を入れる必要もないから現場も暖かい」
「チラッと画面に映るものや遠目に映るだけのものでも、ロゴや配色なんかは大事なの。セットなら、その自由度も高いしね」
「そこは美術スタッフさんの腕の見せ所ね。よく見ると、細部までかなりこだわりを見せてたりするのよ」
そっか。
日頃なにげなく見てるCMだけど、たった15秒のCMに、こんなにも大勢の人が関わって、時間をかけて準備して作り上げているんだ。ちょっと目から鱗。
*
撮影前にメイクをされて、商品パッケージをイメージした衣装に着替えた。メイク初体験。なんか変な感じ。
「甘いものが好きって聞いているけど、お肌がツルツル。吹き出物ひとつないわね。羨ましいわ」
最初に肌や髪の状態をチェックされて、後はまな板の上の鯉状態。美容院にいったときと同じ、気恥ずかしいというか、ちょっとこそばゆい感じがする。
メイク&ヘアメイクが済むと、続いて監督さんに呼ばれて演出コンテを見ながらの打ち合わせがあった。それからやっとリハーサルに進む。
「カット!」
所々で入る監督さんの声。みんな真剣なのが伝わってくる。モニターをチェックしながら、少しづつ直しを入れ、繰り返しリハーサルが行われる。
撮影スタッフだけでなく、クライアントであるエグザの人たちも交えて「もう少しこんな感じに」「こういうのはどうだろう?」という指示を受けながら、その場で修正を入れ、細かいところを仕上げていく。
今回のCMでは、新製品の特徴である六角形の容器の形を、商品の目印として強く印象づけたいそうだ。
そのための演出が〈両手の人差し指で六角形を描く〉というシーンになる。従って、ここはかなり丁寧に撮影された。
・まず顔の前で人差し指を山型にくっつける。そこが上の頂点。
・それから指を離して左右対称に三辺ずつ描きながら下の頂点で再び指をくっつける。
単純なようで、指文字で綺麗な六角形を描くのって案外難しい。家で練習したときにもそう思った。そしてやっぱり、実際の撮影現場でも、何回も宙に六角形を描くことになった。
「笑って!」
おっといけない。指に集中し過ぎて顔が真剣な表情にになっていた。笑顔笑顔。楽しそうに!
撮影されたものをモニターでチェックすると、自分が見ている光景と人から見えているものが、結構違うのに気づく。真っ直ぐだと思ってたのに傾いてたり、左右の高さがずれていたり。だから、こういった調整が必要になるんだね。
そしていよいよ本番。撮影スタート。
撮影現場には、プロデューサーやディレクターにCMプランナーの人、カメラマンや照明、スタイリストさんといった大勢の撮影スタッフが当然いる。そしてそれ以外にも、広告代理店の担当者やクライアント企業の人も来ている。
そんな人たちが、今、全員俺に注目してるなんて。それもとても真剣な表情で。
普通ならかなり緊張しそうだよね。でもなぜか、不思議なくらいに俺は落ち着いていた。
《プリンクエスト「極上六角プリンを宣伝しちゃおう」その③「ワクワクCM撮影」進行中です。現在のスペックで十分にクリア可能です。オウエンシテイマス》
高級プリンといっても、コンビニ商品だ。だから身近に感じさせる必要がある。
飾らない笑顔、親近感が湧くような自然な笑顔ーーそういうイメージ作りが大事なんだって。俺であって俺でないような「武田結星」の最高の笑顔。それをカメラの前で引き出せたらいいな。
幸いにして、俺はプリンが大好きで、美味しそうなプリン製品を見つけたときの、あの浮き立つような幸せな気持ちに感しては演技なんていらない。
その抑えきれない気持ちのままに、俺らしく振る舞えばいい。
*
「凄い。予想以上だわ」
「目が離せないですね。さすが六角部長が推薦するだけのことはあります」
撮影スタッフの目に映るのは、とても未経験者とは思えないほど落ち着き、理想そのものの自然体で、出された指示を次々と実践していく結星の姿だった。
溢れるほどの照明の光を浴びて、まさに光の中心にいる彼は、人を惹きつける魅力的な笑顔を浮かべていて、周囲の人々はその一挙手一投足から目が離せない。そんな強烈なオーラが彼には備わっていた。
スタジオ内は照明で眩しいほど明るく、そして暑い。それなのに、たいして汗もかかず、涼しげな顔で動き回っている。
「汗かかないね。体質?」
「そういえば、あまり汗が出ないですね。なんでだろう?」
「こっちはメイクが崩れなくて助かるわ。ちょっと髪型だけ手直しするわね」
「はい。よろしくお願いします」
《特殊スキル【煌めきフォトジェニック】を獲得しました》
コンビニセットでの撮影が終わり、別の背景との合成映像用に緑色のバックスクリーンで撮影をしているときに、そんなアナウンスが聞こえた。
フォトジェニック?
写真写りが良いって意味だっけ? 今日はたくさん撮影したし、撮影してくれているのはプロのカメラマンだ。スキルが手に入ったのは、そのせいかな?
スクリーンでの撮影は、プレビュー用のモニターに、背景と合成済みの画像がリアルタイムで写る。
「こんな感じになるんですね。面白いですね」
そして続いて運ばれてきたのが、これまた合成用の等身大の六角柱容器になる。ちゃんと中に人が入れるように、開け閉めができるようになっていた。
入るのは当然、俺。
予め演出コンテで受けた説明では、容器に閉じ込められて、驚き戸惑っている感じを求められた。「ここから出して〜ドンドン!」って奴だ。
「カァァット!」
「いいね。いいよ。じゃあ次は、壁ドンしてみようか」
「壁ドンですか?」
「そう。クライアントさんからの要望で、急遽カットが追加になった」
「なんか、結星くんを見てたら、壁ドンがイケるんじゃないかって気がしてきたの」
「分かりました。やってみます」
壁ドン! って確か、マニュアルみたいなのがインストールされていたはず。
《どんな壁でも最適カスタマイズ。理想の壁ドン! を再現します》
そうそれ! ここは考えるより、流れに任せちゃおう!
その後、休憩を挟んでスチール用の写真を撮り、撮影は全て終了。午前中に来て、午後から撮影が始まって、今は夕方。でも、長く拘束されていたって感じはしない。
「お疲れ様でした」「ありがとうございました」「お疲れ様」
俺はこれでもう帰れるけど、スタッフの人たちは撤収作業もあるし大変そう。
「結星くん、初めてのCM撮影はどうだった?」
「なんていうか、あっという間でした」
「体験して分かったと思うけど、映像制作って、ひとつの目的に向けて大勢の人が各自の能力を発揮して準備して動いて、力を合わせて作りあげていくの。一人では到底できないことでも、みんなで協力すれば、こんな風にあっという間にできちゃう。これってすごいと思わない?」
「思いました。物作りをしている過程が、ひしひしと伝わりましたから」
「でしょ。これからさらに、撮った画像を編集して、いかに効果的に15秒に収めるかってやって行くんだけどね」
「出来上がりを見るのが楽しみです」
「是非、見た感想を聞かせてね」
「はい」
《プリンクエスト「極上六角プリンを宣伝しちゃおう」その③「ワクワクCM撮影」をクリアしました。ワタクシモ、ホウエイヲタノシミニシテイマス。オツカレサマデシタ》
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