3-07 初顔合わせはどうするの?

 

夕子ゆうこ、例の食事会はいつにするの?」


「まだ決めてない。急がないとダメかな?」


「ええ。早い方がいいと思うわ。印籠いんろう関門は幸い上手くいったみたいだし、その良い流れが途切れないうちに、相手の男性との関係を固めちゃいましょう」


 交際男性と女性側の家族との初顔合わせ。それは交際決定・印籠関門に続いて、婚約に移行する過程の中で最初に行われる大事なイベントだ。だから、夕子の母親が気にするのも当然のことだった。


「良い流れか。なるほど。じゃあ早めに計画するとして、場所はどこで?」


「そうね。女性側が一人なら自宅に招くことが多いけど、今回は三家族で人数も多いでしょ。個人宅じゃ狭いかもね」


「えっと、これって三家族まとめてやった方がいいの?」


「そりゃあもちろん。その方が、個々に会うよりも相手の男性とのご縁が続きやすいって言われているわ」


 この発言の根拠は、初顔合わせに伴う男性心理を研究した結果にある。それによれば、仲の良い複数家族が集まって最初の顔合わせを行うと、その中で一人だけ婚姻関係を解消されるリスクを回避し易くなるというものだった。


「じゃあそうする。レストランとかでいいのかな?」


「そうねえ。レストランの個室を借りるようかしら。あるいはホテルの小宴会場? ちょっと他のお二人のお家にも相談みるわ」


「うん。面倒をかけちゃうけど、よろしくお願いします」


「あら。なんかいつになく殊勝じゃない」


「だって……絶対に絶対にうまくいきたいから」


「そんなに彼のこと好きなんだ?」


 ストレートにそう聞かれた夕子は、はにかみながら頬を染める。


「うん。大好き。すっごく好き。だって、夢みたいに素敵な人なんだもの」


「あらあら。実は夕子の超面食いっぷりには、母親としてかなり心配していたのよ。理想を追いかけるあまり、いつまでも相手が見つからないんじゃないかって」


「それは私も内心思ってた」


「あら意外。自覚はあったんだ? でもその夕子が絶賛するほどのイケメンか。お母さんも実物に会うのが今から楽しみ」


「きっと驚くよ。写真でもカッコいいけど、実物はその何倍もキラキラしていて、迫力のあるカッコよさだから」


「でも、素敵なのは外見だけじゃないんでしょ?」


「うんもちろん。性格は……そう、春の木漏れ日のように穏やかで優しくて。ちょっと放って置けないような天然っぽいところがまた魅力的で、ご褒美最高だったりもする。それに加えて、あのこぼれる笑顔ときたら、まるで曇天を割って輝く初夏の太陽みたいにパァーッっ辺りを照らし……」


「わかったわかった。そんな素敵な男性が見つかるなんて、猛勉強してあの高校に入って本当に良かったわね」


「うん。これからも頑張る。料理はもちろん受験も頑張って、いい大学に入って目指せ上級公務員! そうなれるように、目一杯努力するから」


「上級公務員か。やっと進路を決めたのね。その気合いは素晴らしいし応援するけど、あまり無理し過ぎちゃダメよ」


「でも……そうも言ってられないかなぁ。目一杯頑張らないと、私なんかじゃ武田くんに釣り合わないし……」


 その自信のなさを表すかのように、夕子の眉尻とテンションが同時に下がった。


「夕子。あなたの大好きな武田くんは、そう思ってないんじゃないかしら。だって、たくさんの競争相手の中からあなたを選んでくれたんでしょ? 謙虚も過ぎると良くないわ。もっと自分に自信を持って」


「自信。自信かぁ。最初はちょっとくらいあったんだけど、上手くいくに連れてどんどん不安になってきて。この幸せが壊れちゃうんじゃないかって、くすのはヤダって。そんな思いが大きくなり過ぎて」


「ちょっとエンゲージ・ブルーになってるのかもね。でも、自分のことは信じられなくても、彼のことは信じてあげなきゃ。交際を申し込んだ相手の女性がいつも不安そうにしていたら、彼も不安になちゃうわよ」


「彼を信じる……そっか。そうだよね。ちょっと後ろ向き過ぎたかも。ありがとう、お母さん」


「どういたしまして。これでも結婚に関しては大先輩なのよ。これからは、もっと私にも相談してね」



 ◇



「お兄ちゃん、スマホのランプが光ってるよ」


「本当だ。ありがとう、結衣」


 夕飯待ちでリビングでゴロゴロしていた俺は、すぐにスマホを手に取った。チャットアプリに〈メッセージ有り〉のマークが付いてる。


 アプリを開くと、俺の彼女たち(まだそういうのは照れ臭かったりする)との専用ルームに、新しい書き込みがあった。


 なにかな?


 〈武田くんと私たちの家族との初顔合わせの予定を立てたいので、再来週以降で都合の良い日を教えて下さい〉


 そっか。今度は俺が行く番なわけね。


 というのも、俺の留守中に彼女たち三人は家まで挨拶に来てくれている。母さんが呼んだんだって。事後報告でそれを知ったときには、俺の知らないところでそんな大事な話を進めないようにって、母さんには言った。


 でも「それが慣例だから」って、この世界特有のルールを持ち出されてしまい、自信のない俺は上手く言い返せなかった。だいぶこの世界について分かってきたつもりでいた。だけど、物知らずっぷりがこんなときに露呈ろていしてしまう。


 ダメだな俺。もっと自分から動かなきゃ。


 幸いだったのは、彼女たちもその慣例については納得済みだったのと、顔合わせが無事に済んだこと。その日は仲良く料理を作って楽しかったって結衣からは聞いてる。母さんも、皆さん、しっかりしたいいお嬢さんたちねって喜んでた。


 結果オーライだけど、全部後手に回ってる。これじゃいかんでしょ。


「お兄ちゃん、ホットチョコレートを入れるけど飲む?」


「飲む!」


 ……俺もちゃんと挨拶しないと。そのためには何をしたらいい?


 家族の人に嫌われたくない。できれば好かれたい。だって、通い婚だよ。相手の家族とも上手くいきたい。これすっごく大事。そのためには、この初顔合わせがどういった意味を持つものか、今度こそちゃんと調べる。


 よし! まずはそこからだ!

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