3-06 噂のプリン

 

 私服に着替えてリビングに下りていくと、そこには確かに顔見知りである二人の女性の姿があった。


「結星くん、ついこの間ぶり!」


「今日はお邪魔しています」


 企画スキー旅行で一緒になった六角ろっかく頼子よりこさんと筒井つついじゅんさんだ。でもあの時とは違い、今日は二人ともかっちりとしたパンツスーツを着ている。


 俺も同席を促されたので、二人が腰かけているソファの対面の位置にある一人がけの椅子に座った。


「頼子さんに潤さん。今日はどうされたんですか?」


「結星くんは覚えてるかしら? スキーのときにエグザの新製品の話をしたでしょ? 今日はその続きのお話をさせてもらうためにお伺いしたの」


「私もそれに関連した用件です」


 ……ああ。プリンクエストのアレか。


「社内で早速企画を出したら、あっという間にゴーサインが出たのよ。それで近々、極秘オーディションをすることになったの」


「はぁ」


「素人か、あるいは比較的鮮度の高い18歳前後の男性がそのオーディションの対象者。だから結星くんに、是非それに参加して欲しいの」


「各芸能事務所からピックアップされて、もう既に何人かの参加者は決まっているんだけど、私的には結星くんが大本命なのよ。だから、ねっ?」


 いや。「ねっ」って言われても。芸能界? そんなの全く興味ないんだけど。


「他に候補者がいらっしゃるなら、何も俺が……」


 ……出ていく必要はないですよね。そう答えようとしたのに。


「CMっていうのはイメージがとても大切なの。今回売り出す『極上六角プリン』は、エグザとしてもかなりの力を入れた自信作で、大ヒットが期待されてるわ」


「そんなに大切な商品なら、余計に俺みたいな素人が出て行っても……」


「それがイメージにあうタレントがいないの。全然いないの。キャスティング会社から送られてきたプロフィールを見ても、結星くんほど『極上六角プリン』の上品な甘さや、ふわっと口の中に広がる濃厚バニラの香りや、コンビニスイーツの限界を超える新しい美味しさを体現してくれそうな男性が、どこにもいないの!!」


 あ……なんかまたスイッチが入っちゃったような雰囲気。もしもーし。


「でしょうね。仕事柄、今売り出し中の男性タレントやその卵は全てチェックしてるけど、これっていう個性が光る子はいないはず。新人女性タレントは近年当たり年が続いているのに、男性は不作なのよね」


 そう言って、潤さんまで身を乗り出してきた。


「でも俺、芸能活動には興味がないので……」


「みんな最初はそう言うのよ。男性は幼い頃から周りに保護されてきて、活動範囲も狭いし受身な人が多いから。でもそんな人たちも、仕事を始めると口を揃えて『面白い、楽しい、やりがいがある』って言ってるわ」


 いやあ。俺は普通の人生でいいです。可愛いお嫁さんたちがいて、美味しいご飯が食べられれば。もうそれで十分。


「オーディションといっても、簡単な面接と撮影会なの。どれだけ商品イメージと合っているか見るだけだから。だから気負わないで平気」


 そういう問題ではなくてですね……


「もうね、ぶっちゃけ結星くんなら自然体で超カッコいいから、そのまま身体ひとつで来てくれればOK。それでも面倒なら、当日送迎を出そうかしら? それならいい?」


「それはいい考えね。なんなら、うちの事務所から送迎を出してもいいわ。そうする?」


 潤さんまで、スイッチオンとか。


「目を離して変なエージェントにさらわれるより、最初から潤のいる陽春ようしゅんプロモーションに付いていてもらった方が安心かもしれないわね」


 なんか当日拉致されそうな勢い。やばくない、これ?


「あの……」


「そうそう。製品に興味を持ってもらうために、試食を持ってきたのよ。結星くん、味見してみない?」


「試食って、極上六角プリンのですか?」


「もちろん。エグザ・贅沢スイーツ第一弾・極上男子のお気に入り♡みんな笑顔の『極上六角プリン』よ」


 《ポーン!》


 《プリンクエスト「極上六角プリンを宣伝しちゃおう」その①「極上六角プリンを試食しよう」が始まりました。美味しいプリンを食べて、オーディションにも参加しよう!》


 こらこらっ!  なに勝手に始めてるんだよ。保留って言ったじゃん、保留って。


「先ほどお母様からお伺いしたけど、妹さんもプリンがお好きなんですってね。嬉しいわ。プリンはたくさん持ってきているの。お母様にも妹さんにも是非召し上がって頂きたいわ」


 押しがつよーーーい!


 とりあえず返事はハッキリ言わないで、結衣も下に呼んで、みんなで極上六角プリンを食べることになった。


「うわー。オシャレ。でも美味しそう!」


「容器が縦長なんて、コンビニのスイーツでは珍しいですね」


 六角柱のクリアな入れ物に濃いめのカラメルと綺麗な卵色をしたプリンが詰まっている。金色のシールタイプの蓋を外したら、コンビニ商品だって気づかないかも。


「この商品は容器にも拘っているの。そもそも『エグザ』っていう名称は、フランス語で六角形を意味するhexagoneエグザゴーヌから取っていて、このプリンは、いずれ『エグザ』を代表する商品になる……そういった期待の現れね」


「『エグザ』ってそういう意味だったんですか。そういえば、コンビニのロゴにも六角形が入ってますね」


「ああ、あれね。『エグザ』は六角ホールディングスの傘下にある企業だから。カンパニー企業のロゴには、デザインの基本に六角形が使われてるの」


 六角ホールディングスって、確か流通業とかネットバンクやネットスーパーで有名なところだ。


「あれ? 頼子さんの苗字って『六角』ですよね。それってもしかして」


「そう。頼子さんは、六角ホールディングスの前身である六角グループの創業者一族の直系なのよ。だから、将来の大株主で実は超お嬢様なの。意外でしょ?」


「潤! それは言わないでって言ったでしょ」


「ごめん、ごめん。でも嘘つくわけにもいかないし、珍しい苗字だから身バレするのは時間の問題だよ」


「それはそうかもしれないけど……結星くんにはそういう先入観を持って欲しくなかったのに。もう!」

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