3-08 ドキドキオーディション 前編

 

「それにしても、オーディションなんて、ワクワクするね!」


 れたてのホットチョコレートを、ふぅふぅしながら堪能していると、結衣がその話を振ってきた。


 結局あの後、頼子さんと潤さんの猛プッシュに押しに押された。助けを求めて、母さんと結衣をすがる眼差まなざしで見つめたのに……。


「ここまで誘って下さるんだし、オーディションだけでも行ってみたら?」


「この六角プリン、すっごく美味しいね! それにオーディションなんて面白そう!」


 意外なことに、二人ともかなり前向きで。


 そんな肯定的な雰囲気で盛り上がる女性四人に囲まれて「イヤです!」とはとても言えなかった。

 オーディションは早速今週末にあるって。あとで資料を送るって言われたけど、どんなものなの?


 《プリンクエスト「極上六角プリンを宣伝しちゃおう」その②「ドキドキオーディション!」進行中です》


 ドキドキねぇ。正直、オーディションよりもデートしたかったんだけどな。


「お兄ちゃんはプリンの宣伝には乗り気じゃないの?」


 俺のノリが悪いせいか、結衣が心配気に顔を覗き込んできた。


「んーっと。プリンの宣伝がどうのっていう前に、芸能界自体に興味がないっていうか」


「どうして? TVの中の人ってみんな楽しそうだよ」


「あれは仕事だから笑ってるんだと思うよ。華やかな世界みたいだから面白いこともきっと沢山あるんだろうけど。自分の顔が街のあちこちに貼られてるとか想像できない……そういうのって、どう?」


「うーん。結衣的には、コンビニに行くたびにお兄ちゃんの写真が貼ってあったら嬉しいかなぁ」


「そうなの?」


「うん。だってお兄ちゃん、めっちゃカッコいいし。結衣の自慢だし。それにお兄ちゃんならきっと、あのプリンの美味しさをみんなに伝えられると思うから」


「……あのプリンは確かに、コンビニのクオリティを超えてはいたな」


「CMに起用されたら、副賞でプリン一年分をくれるって! ダメでも、オーディション参加者には一カ月分贈呈」


「えっ? そんなこと言ってた?」


「あの場では言ってないよ。頼子さんと潤さんとチャットルームを作ったから、そこで教えてもらったの」


 いつの間に。


「あと、オーディションに合格しなくても、撮影した写真を大きく引き伸ばしてパネルにしてくれるって。楽しみだな。結衣がもらってもいい?」


 ……そうか。そうだよ。


 潤さんは俺が大本命みたいなことを言ってたけど、受かるとは限らない。


 いやそもそも普通に考えたら、合格しない可能性の方が高いはず。だって俺以外は、既にデビューしてる現役のタレントや、その予備軍みたいな人たちなんだから。


 そう思うと、だいぶ気が楽になった。


 プロのカメラマンによる写真撮影なんて、ちょっと珍しい体験をして、そのご褒美にプリンをもらいに行くと思えばいいか。結衣も喜んでくれてるし。おっし! なんかやる気が出てきた。



 ◇



「おはようございます。結星くん、準備はバッチリみたいね。今日は長丁場だけど頑張って!」


 家の前にボックスカーが横付けされて、中から潤さんが降りてきた。


「今日のスケジュールってどんな感じですか?」


「当然だけど、書類審査はもう通過してるから、最初は面接からね。面接ではいくつか質問をされるはず。でも、普段通りに答えてくれればいいわ。これは本人の持ってる雰囲気イメージや喋り方、声質なんかをチェックするものだから」


 俺は今回、潤さんが勤める陽春プロモーションに仮所属してオーディションに参加することになった。


 コンポジットっていう身体のサイズや写真などを載せたいわゆるプロフィールみたいなものの作成を手始めとして、オーディションに関係する諸々のことは、担当者である潤さんが仕切ってくれている。


「事前にお知らせしたように、食品のCMの場合、清潔感が重要なポイントなるの。今日の結星くんなら、もうそれはバッチリだけどね」


 あらかじめ、〈当日の注意〉というプリントをもらって、髪形や身だしなみ、そして当日の服装などについて簡単な指導があった。


 それによると、このCMに求められるキャラクター像は「普通の高校生活を送っている今どきの男子」らしい。


 だから今日は、早朝にシャワーを浴びて、Vネックの白いTシャツに新し目のジーンズ、淡いグレーのパーカーと、こざっぱりとした服装をしている。


「こんな格好で大丈夫ですか?」


 と、潤さんにも確認してみる。


「うん、バッチリ。結星くんは素材がいいから、そういったシンプルな服装だと、よりそれが強調されるわね」


「大丈夫ならよかった。じゃあ今日は、よろしくお願いします」



 *



 運転手をしてくれる人は別にいて、俺は潤さんと一緒に後部座席に座り、移動中の車内でオーディションに臨む心構えを再確認された。


「プリントにも記載があったと思うけど、とにかく『素敵な笑顔』……これが大切ね。特にCMの場合、一枚の静止画や、たった15秒間の動画といったもので製品やその企業のイメージが決まってしまう。だから、より魅力的な笑顔の人が好まれるのよ」


「素敵な笑顔ですか。日頃、意識して笑顔を作るってことがないので、上手くできるかな?」


 ここは正直に自信がないことを話しておく。


「初めてだから緊張しちゃうよね。でも、もっと肩の力を抜いていいよ。結星くんは素の笑顔が飛び切り素敵だから、いつも通りの自然体でいればそれで十分」


「特に飾らなくていいってことですか?」


「そう。要するに、CMでは主役はあくまでも商品でしょ? 出演タレントには強烈な個性じゃなくて、爽やかさや誠実さ、第一印象の良さといった付与イメージ的なものが求められるの。だからシンプル・イズ・ザ・ベスト、自然な笑顔が出せればそれでOKってわけ」


 自然な笑顔、自然な笑顔……むむ。初対面の大人相手にできるかな?


「とりあえず、できる限り頑張ります」


「うんいいね! 乗り気じゃなかったのに、引き受けたことはちゃんとやろうっていう責任感と真面目な性格が。それも美点というかプラスになるわ。気負わずに『落ちて元々』ぐらいな感じで行こう、ねっ!」


 励ましなんだろうな、これ。でも「落ちて元々」、これ大事なキーワードかも。


「そう言ってもらえると、ちょっと気が楽になりました」


「ふふっ。商品を企画した頼子さんが見初みそめたくらいだもの。結星くんはあのプリンのイメージにぴったりなんだと思うよ。それに、私から見ても君には才能がある」


「才能? でも俺はこれといって何も……」


「特質って言いかえてもいいかな? 自覚ないんだ?」


「特質ですか? ……余計に見当がつかないです」


「それはね、生まれ持った『華』よ。こればかりは、持ち得る人だけが持っているものなの。そして、君にはそれが十分過ぎるほどに備わっている。だから、演技はいらない。真っ向勝負で行こう!」

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