3-09 ドキドキオーディション 後編
オーディション会場である本丸スタジオに到着した。
まだ時間にかなり余裕があったせいか、受付が終わると参加者が全員揃うまで、控え室で待機しているように指示された。
「結星くん。ここからは君一人だけど、私も別の部屋でモニター越しにオーディションの様子を見て応援してるからね。もし緊張しそうになったら、カメラの向こうに私がいるってことを思い出して」
そう潤さんに励まされて、控え室に向かう。
このオーディションの参加者は俺を含めてたったの四人。オーディションの選考はグループ面接形式で行われるんだって。その中でズブの素人は俺だけで、あとの三人は既にデビュー済らしい。
うん。落ちて元々だ。俺は俺らしく気負わずにやればいいさ。
……そうおまじないのように繰り返して、控え室のドアをそっと開けた。
*
「おはよう……ございます」
室内には既に二人いたので、挨拶をしながら入室した。
線の細い綺麗め系のイケメンと、それとは対照的なしっかりと鍛えてそうな筋肉系イケメン。綺麗め系の方は、なんとなくどこかで見たことがある顔のような気がする。
「おはようございます」
「おはよう!」
一人は丁寧だけど気だるげに、もう一人は元気よくハキハキと挨拶を返してくれた。
部屋の中は会議室みたいな感じで、四角い大きな机とパイプ椅子がいくつか並べてあるだけ。二人はその対角線上に離れて座っている。だから俺も、二人からほどほどに距離を取った場所にある椅子に腰掛けた。
「あんた初めて見る顔だなぁ。新人? それとも、このCMでデビューを狙ってんの?」
「えっと。まぁ、そんな感じです」
筋肉くんが、元気よく物怖じしない態度で話しかけてきた。
「へぇ。それでよくこのオーディションに参加できたな。どこのプロダクション?」
「……陽春プロモーションです」
「陽春? まあまあ大手か。でもあそこって、女だけだと思ってた。男もエージェント契約を始めたんだ。ふーん」
そういったまま、黙ってしまう筋肉くん。もう一人の綺麗め系イケメンは、おそらくこちらの話は聞いているだろうけど、会話に加わる気はないようだ。
参加者は四人だから、あと一人来るわけか。
居心地が悪い沈黙がしばらく続いた後、ようやく最後の一人が現れた。
「みなさん、おはようございます!」
ドアを開けながらの爽やかな挨拶と、人好きのする笑顔。いわゆるアイドルスマイルってやつだ。
「なにこの雰囲気。暗っ。やだやだ。朝から
うぇっ。顔に似合わぬまさかの毒舌? この人、見かけとギャップが有り過ぎ。
「あれ? 君は見ない顔だね。ふーん」
そう言って、俺を上から下までジロジロと眺める。
「……悪くはないけど、そんなにぽやぽやしてたら、この業界では生き残れないよ。そこの人たちみたいになっちゃったりして。まあ、僕の知ったこっちゃないけどね」
「うるせーぞ、
「おやおや。相変わらず言葉使いがなってないね君は。いつまでもそんな風だと、やっと温情デビューさせてもらえたのに、すぐに干されるよ」
「お前に言われたくねぇ」
「僕が嫌なら、そこの大大大先輩の
「余計なお世話だ!」
うわっ。筋肉くん、すっかり怒っちゃった。それを見た毒舌くんは、してやったりな顔で笑ってる。芸能界
〈コンコン! カチャッ〉
高いノックの音に続いてドアが開き、スタッフらしい人が現れた。
「みなさんお揃いになられたので、まだ予定時刻前ですが、前倒しでオーディションを開始することになりました。これから面接会場に移動して頂くので、よろしくお願いします」
よかった。早めに移動することになって。でもグループ面接なんだよね? この雰囲気でいくのか。なんか心配。
*
面接会場には等間隔に四脚の椅子が並べられていて、正面には面接官用の机と撮影カメラやモニターが設置されていた。
そして、面接官側から見て右手から順に、綺麗め系イケメン、毒舌くん、筋肉くん、俺という順に座るように指示される。
「じゃあ順番に、その場で一人ずつ立って簡単な自己紹介をお願いします」
「吉良
さっきの気だるげな雰囲気など微塵も感じさせない、キラキラスマイルで淀みなく自己PRを行っている。切り替え方がさすがというか、これも演技なのかな。非常に場慣れしている感じがする。
「柳沢
その次の毒舌くんは、どうやら絶賛売り出し中の歌って踊れて演技もできちゃうというマルチタレントらしかった。魅力的なアイドルスマイル全開で、当然だけど毒舌は完全に引っ込めて爽やかにアピールを終了。
そして次は筋肉くん。さっきは怒っちゃってたけど、順番を待っている間にどうやら落ち着いたみたいで、堂々と話し始めた。
「
聞いたことある。
確か四人組のアイドルグループで、それぞれの苗字のイニシャルを取ってAKOH。4はメンバーの人数を現していて……あれ?
「次の人!」
「あ、はい」
いけない。考え事に気をとられ過ぎた。
「武田結星です。こういったオーディションは初めてで、日頃はごく普通の高校生をしています。特技とは言えないかもしれませんが、食べ物の好き嫌いがなく甘いお菓子……特にプリンは大好きで、美味しいプリンを出す喫茶店で、ウェイターのアルバイトをしていたこともあります……」
ふぅ。他の人たちに比べると、これっていうアピールポイントはない。だけど、俺は俺。はなから脚色をするつもりもない。ありのままの自己紹介を、緊張しないで言えたのはよかった。
全員の自己紹介が終わり、引き続いて質疑応答に入った。そして俺にも質問が飛ぶ。
「君、背が高いね。プロフィールには何も書いていないけど、何かスポーツはしてる?」
「いえ。運動は好きな方ですが、特に何もしていません」
「じゃあ、学校では普段どんなことをしてるの?」
「えっと。友達と話したり、あとは勉強……です」
と言えるほど勉強してるか? いや。周りが凄すぎるだけで、俺なりに頑張ってるよ、うんそうだ。
「ああなるほど。有名な進学校に通ってるのか。大変だね。勉強頑張って!」
こんな感じで面接は終わり、一旦退室になった。今度は一人ずつ呼ばれて、撮影会をすることになる。トップバッターの吉良さんがまず呼ばれ、それ以外の三人は先ほどの控え室に戻った。
部屋へ入りスタッフがいなくなると、毒舌くん改め柳沢さんが、クルッと俺の方に向きを変えて話しかけてきた。
「君さあ。いかにも新人ですっていう顔しながら、全く侮れないよね。これ見よがしに普通の高校生アピールしちゃってさ。しっかり事前情報持ってんじゃん」
えっ? 事前情報って?
……あっ、もしかしてあれか! プリントにあった〈このCMに求められるキャラクター像〉。あれって公けのものじゃないの?
「とぼけちゃってヤダね。本当に新人? 経歴誤魔化してない?」
そんな言いがかりをつけられても、困ってしまう。正真正銘、ズブの素人なんだから。
「おい、事前情報ってなんだよ。お前らなんかズルしてんの?」
「ズル? はっ! なに言ってんの。この業界じゃ、情報収集も仕事のうちだよ。クライアントの求めるものを敏感に察知して提供する。そういったセンスも問われるからね。まあ筋肉アイドルにそんなこと求めても無理か」
「なんだと!」
「そんなに怒っちゃっていいの? 控え室だからって油断しすぎじゃない? 暴力反対〜。常に人に見られる商売なのに。君、この業界向いてないよ」
「うるせぇ! なんだよ暴力って。何もしてないだろっ!」
うわっ。煽る煽る。
浅野くん、また怒っちゃった。っていうか、面接前に怒らせたのもわざとだったりする? ライバルの気持ちを揺さぶって、オーディションを失敗させようとしてるとか。なんかそんな気がしてきた。
雰囲気の悪いまま、またみんな無言になってしまい、しばらくすると柳沢くんが撮影に呼ばれて出て行った。
「これで空気がきれいになるぜ。ちょっと顔洗ってくる」
そう言って、浅野くんも部屋を出て行ってしまう。一人になって、撮影前に気持ちをクールダウンしようとしてるのかもしれない。俺もストレッチでもして、リラックスしようっと。
その後の撮影会では、いろんな角度で写真や動画を取られた。ストレッチの効果か、わりとリラックスして受けることができたと思う。
とりあえず、これで一段落だ。あとは結果を待つだけだな。
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