3-03 結衣のクラスでは
下校時刻を迎えた1-Cのホームルーム。
終礼は先ほど終わったが、まだ時刻も早いしすぐに帰るのはもったいない。午後の日差しで適度に
1-Cには男子生徒が三人在籍しているため、少なくない人数の女子生徒が、その周りに群がっている。特に高校から入ってきた女子生徒たちは、男子を取り巻く輪に入ろうと一生懸命だ。
でもその一方で、男子がいる席ではちょっと話題にしにくいようなことを、女子生徒同士で固まって話している子たちもいる。
結衣とその友達の
「
「うん。超盛り上がった〜。高三の先輩たち、めっちゃ元気いいんだもん」
「沖田先輩? ノリノリだったよね。ああいうのを見ちゃうと、熱血スポーツマンタイプも案外いいなって思っちゃう」
「やっぱり? 私もそう思った。あの先輩は要チェック」
「ほぇ、要チェック? ってことは、早苗ちゃんは先輩たちにもアタックしていくの?」
「もちろんだよ。高三の女子の先輩たちが大学受験で超〜忙しくなるから、これからは狙い目。男子の先輩たちのガードが緩んでアプローチしやすくなるもの」
「先輩かぁ。私、転入生だから知ってる先輩が少ないんだよね。誰か素敵な人っている?」
「そうねえ。筆頭は結衣のお兄さん。あと、そのクラスメイトの先輩方かな。今の3-Aは全員がめちゃめちゃ格好いい、大当たりクラスだって大評判……なんだけど」
「なんだけど?」
早苗が急に声を潜め、いかにも内緒話をするように顔を寄せてきた。
(「実はその内の一人に、うちのお姉ちゃんが振られちゃったんだよね。ホワイトデーのときに」)
(「ありゃ。それはショックだね。お姉さんって3-Aじゃなかった? 同級生でもダメなことってやっぱりあるんだ?」)
(「それはもちろんあるあるだよ。でも、ダメ元で告白したって言ってたせいか、お姉ちゃんはもう立ち直ってるっぽいけどね」)
(「そっか。ならよかった。でもそういうのを聞くと、告白する相手を決めるのって難しいなって思っちゃう」)
(「結衣はさ、前に坂本くんのことを気にしてたじゃない? 今も彼みたいな男子がいいの?」)
早苗がさらに声を潜めて、このクラスいる男子生徒の一人を名指しした。
(「ううん。一時ちょっとタイプかなって思ったんだけど、実はヘタレなのが分かったから、もう見切っちゃった。これからは違う方向性に行こうと思ってる」)
(「ヘタレか。確かに優柔不断ではあるな。実は、結衣にはもっとぐいぐいと引っ張っていく感じの男性の方がいいんじゃないかなって私も思ってた」)
(「やっぱり、そう見えた? ちょっとこういった感情に慣れなくて、判断をミスったのよね」)
(「坂本くんは一見分かりにくいけど、かなり典型的な受け身男子だよね。だから、世話好き女子には根強い人気がある」)
(「それがすぐには分からなかったのよ」)
(「第一印象は全然違うし、顔もいいから仕方ないよ。 ……といっても、結衣はイケメンには免疫あるか。あのお兄さんと一緒に暮らしているんだものね」)
「うーん。お兄ちゃんは、妹の私から見ても凄く格好いいけど、お兄ちゃんだしなぁ」
ここで兄の話題になったので、声のトーンをやや普通に戻す。朝一緒に登校しているせいで、結星が結衣の兄だという事実は、転入してすぐにバレていた。
そして兄は、この学園の有名人だ。兄を話題にしているときにあまりヒソヒソすると、なぜか却って周囲の関心を集めやすいということを、結衣は経験上分かっていた。
「お兄さんって、家ではどんな感じ?」
「えっと。だいたい見たまんま。優しくて天然で裏表がない。でも、グイグイ引っ張っていくタイプではないな。興味があることに対しては自分から積極的に動くけど、押しにはちょっと弱いかも。でも優柔不断ってほどではない?」
「あの顔面偏差値で、そんな素晴らしい性格。いるとこにはいるんだね、そんな人」
「なかなかお勧めだよ。私のような可愛い
「結衣が小印籠様なら、大勝利かも。問題は……私か。くっ! お兄さんに選ばれるほどの魅力が私にあれば……」
「魅力があればって、早苗ちゃん十分に可愛いじゃん。性格も好き」
「ありがとう、結衣! もう本当に妹にしたい。でも、でもさ、お兄さんの相手に選ばれた人たちを見ちゃうとちょっと、いえだいぶかな。私には無理かなって思っちゃって」
「三人の先輩たち? いい人ばかりだったけど、わりと普通……じゃないか。一人爆烈エロボディの人がいた」
「爆烈……うんうん確かに。あのデカメロン先輩もそうなんだけど、
「そうなんだ? そういうの全然知らなかった」
「マジで? 結衣も結構天然が入ってるもんね。さすが兄妹」
「元カリスマ部長かぁ。私、クッキング部に入るつもりだったけど、やめておいたほうがいい?」
「一応もう引退してるし、恐怖で支配しているわけじゃなくてカリスマ性で引っ張っていたみたいだから、そこまで気にしなくてもいいんじゃない?」
「そっか。なら入部してもいいのかな?」
「きっと大丈夫だよ」
「こらこら二人とも。そんな隅っこで何の内緒話?」
そこで二人に話しかけてきたのは、
「部活、どうしようかなって」
「クッキング部じゃないの?」
「そう思ってたんだけど、元部長さんが兄と交際を始めることになったから、コネっぽくなっちゃわないかなって」
「そんなの気にしなくて大丈夫よ。心配し過ぎだって」
「早苗ちゃんにもそう言われた」
「結衣は可愛いから、どこでもかわいがられるよ、きっと」
「えへっ。なら嬉しいんだけど」
「今日さ、いつもよりちょっと早いし、帰りにどこか寄り道して行かない?」
「それいい! 何を食べに行く?」
「そうだなぁ。少し小腹が空いてる気がするから、モクドバーガーなんてどう?」
「モクド? 行く! 今、期間限定のプリンシェイクがあるんだよね!」
「結衣のプリン好きはブレないね。私もモクドでいいよ」
「じゃあ、決ま……」
そのとき、教室の後ろのドアがガラッと開き、騒めいていた教室内が一瞬でシーンと静まりかえった。
〈誰あれ?〉
〈やだ! やだやだ! あり得ないくらい
そして一気に、教室内にいた新入生たちのテンションが急上昇する。
みんなの視線と関心が集まるドアのところには、人探しをしているかのように教室内を見回す結星の姿が。
「お兄ちゃん!」
結衣は声をかけながら、そんな兄に走り寄る。動き出した結衣に気づいた結星は、すぐに嬉しそうに破顔した。
〈ガタガタガタガタガタッ!〉
「結衣。よかった。まだ帰ってなかったか」
「友達とお喋りしてたの。わざわざ一年の教室に来るなんて何か用?」
「用ってわけじゃないんだけど、俺も今日は下校が早いから、一緒に寄り道でもして帰ろうかなって」
「わぁ。誘いに来てくれたんだ。ちょうど今、友達とモクドに行こうって言ってたところ。期間限定のプリンシェイクを飲みたいなって」
「プリンシェイク? いいねそれ」
「でしょ? じゃあ、せっかくだからお兄ちゃんも一緒に行かない?」
「俺が行ったら邪魔にならない?」
「二人に聞いてくる!」
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