2-24 企画スキー旅行③

 

「平野くん、こっちこっち」


「今行く!」


 先行してる俺と結城、そしてモエマドに平野が追いついた。


「ワッキーは?」


「杏さんと一緒にゆっくり来るって。休憩所まで先に行っててくれって伝言な」


「そっか。じゃあ、平野くんがよければもう行っちゃうけど」


「自分は大丈夫っす。今度は遅れないように頑張りまっす!」


 今日はみんなで一日中スノボ。


 そう決めて朝食のときに話をしたところ、


「どうしよう? 私、スノボはあんまり得意じゃないのよね。みんなについて行けるかしら?」


 と凛さん。


「私も超久しぶり。上手く滑れるかな?」


 これは杏さん。


「お姉ちゃんたちは、最近スキー旅行に行ってなかったものね。じゃあどうしよっか?」


「俺もスノボは初心者に毛が生えたくらいしか滑れないんで、凛さん、一緒に滑りませんか?」


 おおっと! ここで片桐が積極的に攻勢に出た。


「いいの? 片桐くんに迷惑かけちゃうかもしれないわ」


「そんなのお互い様ですから、気にしないで下さい!」


 押しの一手だ。今朝の片桐にはもの凄い気迫を感じる。


 片桐はアイドルグループ「戦乙女 華可憐フラワーキューティ」の熱心なファンである。そして、武道着がよく似合う五人組の少女たちの内、片桐の推しメンはセンターの「桜」なんだって。


 凛さんは年齢こそ上だけど、まさにその桜と同じタイプ。黒髪サラサラの清楚系女子だもんな。


 ……片桐って、普段からストレートな物言いをするけど、恋愛方面でも直球で行く性格だったのか。


「杏さん、大丈夫ですよ。僕もスノボは久しぶりなんで、ゆっくり思い出しながら滑りませんか?」


「そっかぁ。なら、私も行っちゃおうかな?」


 脇坂も便乗? いや。片桐が凛さん一人を名指ししちゃったから、そのフォローかもしれない。脇坂は、そういう機微に案外敏感みたいだ。


「じゃあ、そうゆうことで、それぞれのペースに合わせて、無理せず楽しく行きましょっか」


 そして平野が〆。息があってるね、この三人。日頃から仲がいいわけだ。


 ◇


 昨日はそうして、一日中みんなでスノボやソリ滑りをして遊んだ。


 そしてその翌日の夕方に、ようやく社会人のエルダーパートナーの人たちがロッジに到着した。いよいよご対面だ。


六角ろっかく頼子よりこです。コンビニエンスチェーンを全国展開しているエグザグループで、現在は新商品企画と広報に関わる仕事をしています。皆さんも『エグザ』をご利用されたことがあるんじゃないかしら?」


 知ってる。コンビニ「エグザ」って、あちこちで見かけるもんね。ときどきオヤツを買いに行ってる。


筒井つついじゅんです。私は陽春ようしゅんプロモーションという会社で働いています。才能あふれる人たちとエージェント契約をして、企業との間に立ってお仕事を仲介する……まあ、いわゆる芸能事務所ですね」


 へー。芸能事務所か。この世界の芸能界って今だによく分からないんだよね。TVをつけても女性ばかりだから、あまり女優さんの区別もつかない。


「本当はあとお一人参加予定でしたが、急にご都合がつかなくなったということで、今回は残念ながら見送られるそうです」


「ふうん。あの方、あんなに来たがってたのに、一体どうなさったのかしら?」


正親町おおぎまち様でしょ? 若い子との縁談が来たみたいよ。かなりガチの」


「あら。それはめでたいわね。じゃあ、こっちも遠慮なく盛り上がって大丈夫そうね」


 どうやら三人参加する予定が、一人欠席で二人になったみたい。


「さて皆さん。何もとって食おうというわけじゃないので、警戒しないでね。一足早く社会に出ていますが、私も数年前までは学生でした。今回は学生気分に戻って楽しく遊びたいので、是非お付き合い頂けると嬉しいです」


「合コンってことですが、私もどっちかというとスキーがメインなので、年齢を気にせずに和気あいあいとお願いします!」


 ということで、二人の女性の自己紹介が終わり、あとは自由歓談になった。今日も歓迎会ということで、夕食はビュッフェ形式だ。


「お名前を伺ってもいいかしら?」


 早速新しく参加した二人が話しかけてくる。


「武田結星ゆうせいです」


「結城れんだけど」


「結星くんに、廉くんね。男子は全員同じ高校の生徒って聞いてるけど、今どきの高校生ってみんなこんなにカッコイイの?」


「頼子さん、そんなわけないじゃないですか! この二人のレベル、相当に高いですよ。ねえ?」


 いや、ねえ? って言われても。


「やっぱりそうよね。しばらく男子高校生なんて目にしてなかったから、私の世代とは男性の容姿レベルが変わったのかと思って驚いちゃったわ」


「会社には男性社員って少ないんですか?」


「少ないというか、全然いないわね。面白い仕事だと思うんだけど、なぜか男性には人気がなくて」


「コンビニの商品の企画ってどんなものを?」


「あら興味ある?」


「エグザは割とよく行くので」


「それは嬉しいわ。ちなみにどんな商品を購入するのか聞いてもいい?」


「俺は甘いものが好きなので、スイーツ系ですね。あとは炭酸飲料かな」


 俺がそう言うと、頼子さんの様子がなんだか急に変わった。いきなり変なスイッチが入っちゃったような。


「……スイーツ男子。いい。凄くいい。もの凄く絵になるじゃない! 甘いイケメンに甘いお菓子。絶対に商品が映える!」


「こらこら。頼子さん、ここではお仕事は忘れないと」


「……そうだった。ここには息抜きに来たのよね。いけない。つい社畜根性が」


 よかった。元に戻った。それにしても、この世界にも社畜って言葉は存在するんだ。


「でも、そう言いながら私も、名刺を渡しちゃったりして。はい、これ。ねえ君たち、芸能界に興味ない?」


 洒落たデザインの名刺をササッと手渡しながら、そんなことを言ってくる潤さん。でも。


「俺はそういうの全然興味ないんで」


 結城は名刺すら受け取らなかった。


「廉くんは即答か。残念。じゃあ、結星くんは?」


 だからか、潤さんの視線は反射的に名刺を受け取ってしまった俺の方を向いている。


「えっと、興味は特にないですね。っていうか、そういうのはピンとこないかも」


「もったいない。もったいないよ。君、すっごく写真映えしそうなのに。嫌ってわけじゃないのなら、試しにちょっとお仕事してみない?」


 いやー。芸能界とか無理です。


「どうですかね。そういうのは親にも聞いてみないと」


「ちょっと、潤ばっかりズルいわよ。私だってスイーツ男子のイメージが、今、湯水のように湧いてきてるんだから!」


「じゃあ、頼子のところで初仕事ってことでどう?」


「えっ、ちょっと待っ……」


 話を勝手に進めないで欲しいです。


「それならいいわ。結星くん、是非前向きに検討してくれないかしら。エグザのスイーツパラダイスってシリーズを知ってる?」


「はぁ。よく食べてますけど」


「そのシリーズが好評で、今度更に美味しさを追求した贅沢シリーズっていうのを出すことになったの。その第一弾のイメージキャラを探しているところなんだけど、どうかしら?」


 どうかしら? って言われても。


「いやちょっと、話が急過ぎ……」


「贅沢スイーツを食べる極上男子のポスター。あの子は誰? あんな蕩けるような表情で、いったい何を食べているのかしら?」


 あっ、また変なスイッチが。


「……ませんか?」


「知らないの? あれが今話題になってるエグザの贅沢スイーツ。極上男子のお気に入り♡『極上六角プリン』よ! ……イケる。めっちゃイケてるわ! 私なら即買い!」


 ダメじゃん。ちっとも聞こえてない。


 《ポ、ポーン!》


 《プリンクエスト「極上六角プリンを宣伝しちゃおう」が発生しました。参加しますか?》


 はぁ?


 プリンクエスト? 急に慌ててなにを言う? おい、日記帳ダイアリー。この状況にちゃっかり便乗とかしてない?


 《……是非参加しましょう。超オススメです。ポイントを沢山稼げます……よ》


 やっぱりしてるでしょ!

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